人になった死神3
四月も半ばを過ぎ、後半に差し掛かっていた。
そんな私は現在五月の遠足の冊子作りを永見に言いつけられ、放課後の教室で秋雨柳と二人きり……と言う訳もなく、秋雨柳、流の三人で用紙を纏めてはホッチキスでとめる作業に没頭していた。
と言うより、一人でやっていた。
「ふぅ…暇だね流。」
「本当に…退屈すぎて死にそうだよ。」
一辺ドタマかち割ってやろうかこのクソ兄弟…。
「暇なら口を動かすんじゃなくって手を動かしてよ!私一人でやってちゃ早く終わるものも終わらないじゃない。」
「「なんで僕達がそんなことしなくちゃいけないの?」」
「ながれ君はともかく、りゅう君は同じクラス委員なんだから先生に言われたら手伝うのが普通でしょ?」
「「普通ってそんなに大切?折角神様が個々を作ってるっていうのに、ほんと日本人は嫌だね~。」」
お前らも日本人だろうが!?ほんとこのホモホモ兄弟は…氷雨様を見倣え!!一文字名前が違うだけでなんたる人格差か。待っててね氷雨様!こんな雑務直ぐに終わらせて直ぐに会いに行きます。ムフ。
明は家に帰った後の氷雨との密会に夢を馳せてテキパキと仕事を終わらせていく。
「進藤さんさぁ…気持ち悪い顔してるけど」「さてはあの王子のこと思ってるんでしょ?」
気持ち悪い…だと!?乙女に対してなんたる暴言を…許すマジ。お前らに配るプリントだけ最初に裏表逆にしてしまった、ミスったやつを配布してやる。
「「ねえ、どうなのさ?」」
「王子って誰のこと?」
「そりゃあ」「勿論」「「二年一組の北大路光先輩のことだよ。」」
二人は面白いオモチャを見つけたかのようにニヤニヤと笑みを浮かべながら明に詰め寄る。
「ない…。それだけは絶対に、ない。あれのために脳細胞を使う余白は私には一切残っていません。」
酷く冷めた表情でそう返す明の背後に、二人は何故か死神を見た気がした。
おもちゃ同然のように思っていた相手からの突然のプレッシャーに、冷や水を浴びせられたような気分になり、明を囲んで周囲を回ったり、二人で腕を組み合っていきなりダンスを始めたりと明をからかって遊んでいた二人は、ばつの悪そうな表情で明の前に座りプリントを綴じる作業を手伝い始めた。
何?さっきまでうろちょろしてたのに、いきなり手伝いだすなんて気味が悪い…。
「あ、ながれ君それプリント二枚つかんでる。きちんと一枚ずつ綴じてね。二度手間になるから。」
「なっ!?手、手伝ってやってるってのになにさその言い方!?」
流はむっ、とした表情で怒りを露にするが、柳は明の発言に全身が心臓になったようにあらゆる所で自分の脈を感じ取った。それだけ先程の明の発言が柳にとって衝撃的だったのだ。
自分達は互いの名前を呼ぶ度に、無意識に相手を撹乱する癖がある。流は気付いてないが、柳は意識的にやっていた。
今回席についてから、柳も流もお互い名前を呼んだり、どちらがどちらかと特定できる言葉、仕草共にしていない。
流はまだその事に気付いていない。いつも無意識にやっていることだから。そう…まだ気付いていない。
「あのね…。プリントはちょうど人数分しかないの。だから一枚でもダブって綴じちゃってると、全部を確認しなくちゃいけなくなるのよ?」
そんなことしてたらまたチケット逃すだろうが!?
「りゅう君もアホ面浮かべてないで手伝うんなら手伝ってよ。本来あなたの仕事でもあるのよ?ながれ君だけに手伝わせるのは良くないと思うの。」
早く氷雨様とプールや海でデートしたいの!あんた達とこんなことしてる暇ないんだから。
本来攻略すべき対象の二人を余所に、帰ってからのゲームのキャラクターとの逢瀬を重要視している明。完全に本来の目的の事を忘れているのだがその事に本人は気付いていない。
「ア、アホ面…。りゅうに向かって何てこと言うんだこの女!?りゅうも何か言ってやりなよ!」
「あ、ああ。…うん。ごめん。聞いてなかった。」
「え…りゅう?大丈夫?」
「え、りゅう君もしかして体調悪いの?ご、ごめんね気付かなくて。後少しで終わるしもう先に帰っていいよ。」
「いや、だ、いじょうぶ。さっさと終わらせて帰ろう…。」
「「…………。」」
明らかに大丈夫そうではなかったのだが、本人へ何を言っても聞きそうにないのと、確かに直ぐに終わりそうということもあって、三人は残るプリントを黙々と綴じていき、三人ということもあり作業はあっという間に終わった。
「お疲れ様でした!さぁ、帰ろ帰ろ!りゅう君は体調が悪いみたいだし私がこのプリント提出しとくから先に帰ってていいよ。」
そう言いつつプリントを綺麗に整理して手に掲げたところで流が不満そうに明を呼び止める。
「手柄を独り占めにするつもりなんだ。」
はぁ?なに言ってんのこいつ?ほんとこいつらの頭は宇宙過ぎてついていけない。
「あのね。ちゃんと先生には秋雨君たちが手伝ってくれたって伝えるし、りゅう君が体調悪そうなので私だけで届けに来ましたって報告するに決まってるでしょ?」
「ふーん…。一つ聞いていい?」
「急いでるからお手短にお願いします。」
氷雨様が私を待ってるんだよ!?あんたらにかかずらわってる暇は一秒でも惜しいんの!…超噛んだ。かかずらわってる、はうまく言えたのに…。心の声で噛む私って一体…。
酷く落ち込んでいるところに、もとい、油断してるときに声を掛けられたら人はどうなるだろうか?
一般的には答えが沢山あるだろう。人によって、千差万別だろうから。つまり、何が言いたいかというと
「なんで俺たちを下の名前で呼ぶの?」
明の場合はこうなる。
「はぁ?だって兄弟なんだから当然名字一緒でしょ?だったら呼ぶ度に二人のどちらに用があるのか言い直すなんてバカみたいじゃない。」
二度手間…ダメ、絶対。
「「っ!?」」
あ…あれぇ?今、私心の声を思いっきり口にしなかった?…したよね?ものすごく失礼なこと言ったよね…。や、ば、い。
「ご、ごめんね!用事があるからもういくから、じゃあまた明日ぁぁぁぁ!」
走り去りながらそう声を掛ける明は、今日が週末で本当によかったと内心心底安堵しつつ、さっき明日とか言っちゃったよ!?と自分の残念さを再確認していた。
週明けには私の失言もさすがに忘れてる…よね?………忘れてますように。
明がプリントを提出し、帰路に付いてる頃、双子は迎えの車に乗り、先程の明の態度について思い出していた。
「ほんっっとに失礼な女だったね!僕達にあんなこと言った奴今まで居ないよ!?ねえ、りゅうもそう思わない?」
「そう…だね。確かに、あんなこと言われたのは初めてだった…。」
何処か、心此処にあらずといった様子の表情の柳に、流は心配そうに顔を覗きこむ。
「りゅう…本当に大丈夫?なんかしんどそうだけど…。」
「ああ…。大丈夫だよ。」
「なら…いいんだけど。」
あいつは明日と言った……。きっとあれは僕に対するメッセージだ。明日……。明日になれば全部わかる。……明日。
突然だが、戦士の休日と言う言葉があるのをご存知だろうか?
次の戦いに備えての準備期間。骨休み。
謂わばスイッチをオフにすると言えば分かりやすいだろう。
だが、地球の命運が一人の双肩にのし掛かった場合、その者にそのような時間が訪れるのだろうか。
…答えは否である。
「いよっしゃぁぁぁああ!!やっと氷雨様のムービーコンプリートォォ!完・全・攻・略、完了!うぅぅ…長かった…。まさかあそこで氷雨様を拒絶しないとこのムービーが見られないなんて思いもしないじゃない。でもこのゲーム…じゃなかった、参考資料ももう完全にやりきったし、また新しいの何本か買ってこないと。」
よっこらしょ、とやや年寄り臭い掛け声をあげながら立ち上がる明。
だが、それもそのはずで、彼女は昨日学校から帰宅してから現在土曜の午前10時まで一睡もしていないのだから。
それも一重に重大な試練のための予行練習。とは明の常の言葉だ。
「日頃から(主に食費を)節約してるお陰でお金は十分すぎるほど余ってるし、奮発して三本か四本くらい買っちゃうかな~。…参ったなぁ~。ほんとはお金をゲームなんかのために使いたくないんだけど、これも試練のため…止むなしよね!!」
ムフ。
さーってと、服は何来ていこっかな~。やっぱり変装は必須よね…。大人しく清楚なイメージの私が、地球の命運を背負わされたまさに悲劇のヒロインみたいな……何それ!?凄く…いい。ムフフ。
響きが、もしくは設定が、自分で言ってて気に入ったらしく顔をニヤつかせる。
いかんいかん。こんなことしてる場合じゃなかった。一刻も早く新しい王子様達に会いに行かなきゃ!
言っていることはまんまビッチだったが、明はその事には気付かず着替えを終わらせてそそくさと家を出ていった。
明がいつも利用する本屋はゲーム売り場も別の階に併設されており、尚且つ自宅から自転車、電車と乗り継いで15分と割りと近い上に、11時前後はレジに割りと年配の、しかも男性と言うよりおじいちゃんと言っても差し支えない人が担当している。
その事を把握しているため、明はゲームを買う、予約する、と言う場合はいつもこの店を利用する。
さてと、なんにしよっかな~。
書店に入ってから、一直線にゲーム売り場に直行した明はいつもの場所に来て新しく発売されたゲームを物色していた。
『戦場の乙女』とな!?…なんとタイムリーな。いつもならこういうの全然興味ないんだけど。そもそも恋愛をするのか戦いをするのかどっちかにしろって話よね。どれどれ…。
背表紙だけでは判断がつかないと、明は棚からそのゲームを引っ張り出す。
全体を透明ビニールで覆われているが、内容を軽く確認する分には全く問題がないし、何より、書店の人間が表にシールを張り、そこにゲームについてが一言二言記入されている。
これがまた馬鹿に出来ないほど参考になるのだが、このゲームについては表にデカデカと載っている、やや筋肉質な目付きの悪い男の事が端的に書かれていた。
『この男30にして未だ女を知らず、初めての感情に慌てふためくその姿……ご飯三杯は余裕でいけました』
………買おうかな。いや、あくまで永見先生の時のため、参考にと言うわけだけどね。べ、別に表紙のメモの内容に惹かれた訳じゃないんだからね!……でもなぁ~。私RPGって苦手なんだよね…。闘いとかの指示出すの下手だしやっぱりなぁ~。
そんなことを思いながら明は裏面に目を走らせる。
なん…だと!?完全な小説形式で、プレイヤーは選択肢を選ぶだけ。尚且つ分岐が複数あり一人につき十のエンディングがあり、攻略可能人数は四人も……つまり40人分!?
コクリ、と明は頷くと、あまりに自然な動作で脇にそのゲームを挟み次のゲームを物色し始めた。
次はやっぱり王道の学園ものかな。どれどれ…っと。
『恋のスイートピー』『愛を籠めて薔薇の花束を』『愛の時限爆弾』『素敵に無敵』『君に夢中になりたい』
…ないなぁ~。こうビビッと来るものがない…。うん?
『俺様の美しさに酔いな』
ブハッ!?なにこれ超ウケる!題名読んだだけであの残念王子が頭をよぎったんだけど。
そう思いゲームを手に取りくるっと表面を覗くとやはりメモがあり
『自分一番の男、そんな男が自分を省みず主人公を思う瞬間のトキメキ…病み付きになりました』
さて、と…何にしようかな。
やはり明はゆっくり頷くと、新たに追加のゲームを脇に挟み、何事もなかったように次を探し始める。
ここまでいくと双子のホモホモ兄弟の類似品もありそうね…。と言うか、その系統がさっきから当たりを引いてる…っ!?神!じゃなかった、リテイクリテイク…。神様!まさか貴方の思し召しか!?ありがとうございます!私きっとこのゲームをやりとげて見せます!
意気揚々と明はゲームを漁るように探っていき、双子がメインの恋愛シミュレーションゲームを探し当て会計へといそいそと並ぶ。
そこにはいつものように眼鏡の似合う白髪頭の穏和な男性がレジ打ちをしていた。
「お願いします。」
「はい。お預かりします。おや、あかりちゃん。今日は三本も買うのかい?」
「うん!今からスッゴク楽しみで楽しみで。」
ムフ。
「そうかそうか。趣味があるっていうのはいいことだね。あんまり寝不足にならないように気を付けるんだよ?」
「はーい。」
「はい、これお釣り。それと…いつもよく来てくれるからこれをあげよう。」
優しく微笑む男性は撫でるようにポンッと明の頭に手を乗せると、明はくすぐったいような、面映ゆい表情を浮かべる。
お祖父ちゃんが居たら…こんな感じなのかな?なんか、くすぐったい。フフ。
顔を赤らめる明に男は優しい笑みを浮かべながらチケットを渡す。
「…これ……福引券?」
「ほんとはポイント溜まってからじゃないといけないんだけど、秘密だよ?」
「ありがとうおじいちゃん!じゃない!じゃなかった!間違えた、間違えました…。おじさん、ありがとうございました。」
先程とは別の意味で顔を赤くする明は逃げるようにその場を後にし、走り去った後
「うぅぅ…すいません。福引きの会場はどこでしょうか?」
また戻ってきた。
福引きの会場に来た明は、少し違和感を感じていた。
人が居ない…。なんで?そろそろお昼時とは言え、全く居ないのはなんか変じゃない?うーん…。ま、いっか!
考えても答えが出そうにないとの結論に至った明は、福引券を受付のお婆さんに渡す。
よくよく考えたら、私最近はこういうの当たったことがないんだよね…。ちっちゃい頃はよく一等を当ててた記憶があるんだけどな…。そう言えばこれは何が当たるんだろ?
「すいません、これって一等は何が当たるんですか?」
「いらっしゃい、お嬢さん。福引きに来たのかしら?」
「え、はい…そうですけど。」
「そう…じゃあ、あなたが。」
「………?」
「ああ、ごめんなさい…えっと、賞品だったわね。これはね、外れはないの。絶対に何か当たるようになってるから気軽に引いてね。」
「っ!?そうなんですか!」
おじいちゃん…何て好い人。こんなに良いものを私にくれるなんて。ムフフ。何が当たるのかな~っと。
明はハズレが無いと聞いた瞬間、先程抱いた僅かな疑問を忘れて、表情を緩ませる。
そして促されるままに取っ手に手をかけ勢いよく回す。
カランカラン。
乾いた音が二回響き渡り、明と目の前の女性は固まる。
出てきた玉に数字が書いてあったのだが、二つとも47と記入されていたのだ。
「い…嫌だわ。不思議ね。47番が二つ紛れ込んでたみたい。」
逸早く女性はフリーズから復帰すると、明にそう微笑みかける。
「よかったわ、騒ぎになる前にミスが見つかって。ありがとねあかりちゃん。」
「ふあぁぁ、ビックリした~…。二個出てきたこともビックリしたけど、まさか同じ数字が出るなんて…。でもよかったです。お力になれたみたいで!」
明の純真な笑みを見て、やや引き攣る様な表情を見せる女性。
だが、僅かな変化に明は気付くことなく47番の景品を受け取った。
「ありがとうございました。」
「いえ、そんな…ミスを未然に防いでくれたのだからお礼はこっちが言わなくちゃ。ありがとうあかりちゃん。」
「えへへ…。それじゃあまた福引きがあったら来ますね。」
上機嫌を隠すこともせず、スキップでもしそうな勢いでその場を後にしようとした明は、ふと、歩みを止める。
…あれぇ?あのおばあちゃん…何で私の名前知ってたんだろう?
不思議に思い後ろを振り替えると、まさに字の如く、唯一の友達である藤堂縁が目の前に立っていた。
「おわああぁぁぁぁぁぁ!?」
「っ!?…もー、ビックリするじゃない!」
「私の台詞だよ!?それ、まんま私の台詞!?」
「どうでもいいけど、さっきの叫び声…うら若き乙女があげていいものではなかったわよ。普通は『きゃぁ』とか、か弱い叫びが妥当じゃないかしら。」
「触れてはなりませんよ…お嬢さん。それはたった今から私の黒歴史になりましたゆえ…。」
自分でも思い当たる節が、と言うより、余りある程の正論に、ショボンと形容するに相応しい落ち込み方をする明。
そんな明を見て縁は少し頬を赤らめた。
「それにしてもビックリした…。本当に…」
なんだっけ?…うーん、ここまで出かかってるのにどわすれしちゃった。まあいいや。
「ビックリしたよ。」
「胆が冷えたって言いたかったのよね?」
「おー、そうそう!それそれ!…って、別にわからなかった訳じゃないんだからね!?」
「ド忘れしただけなのよね?」
「ちょいちょい人の心を読むのはやめて…。」
「読んでる訳じゃないのよ?あかりの」
「顔に書いてあるんだよね?」
「っ!?凄い!よくわかったわね!」
「何度も何度も言われればさすがの私でもわかるよ!?私はアホ子か!?ゆかちゃん私の知能指数を園児や児童と同レベルに捉えてない?」
「そ、そんなことないわ!?私はあかりの事凄く頭が良いと思ってるもの!ただ、少し要領や察しがが悪いだけで、あかりは本当に頭が良いのよ?」
上げて……落とした、だと!?しかもゆかちゃん本人本心から私が頭良いと思ってる辺り、藤堂家の跡継ぎとして大丈夫なのかな?悪い男にコロッと騙されそうでなんか不安…。
なんにせよ、これ以上この話題を続けては私が惨めになる一方だからなにか話題変えないと…あ!
「話はずばっと変わるんだけど」
「ズバッと…。ふくく…。」
うん?なんか変なこと言ったかな?……言ってないな。よし、大丈夫。ゆかちゃんほんと笑い上戸なんだから。
「うん、ずばっと。で、ゆかちゃんは何で此処にいるの?」
「フフフフ…。え?ここ?本を買ったらポイントたまってたから福引券もらったのよ。だから福引きに来たんだけど、誰もいないのね?あかりしかいないからビックリしちゃった。」
「あー、そうだよね。私も最初場所間違えたのかと思った。」
「あかりは何を買ったの?」
縁の視線が明の買い物袋に注がれて初めて自分の不注意に気付く明。
い、いかん…。こんなゲームを三本も買っただなんてゆかちゃんに知られたら、男日照りの寂しい女だと思われちゃう!?
「さ、参考書!ほら!授業難しいじゃない?だから勉強…しよう、かなと、思って。」
自分で言っていて、あまりにも嘘臭い発言に自分自身がいたたまれなくなり、思わず声が尻すぼみしていった。
うぅ…死にたい。誰か私を殺して!
「そうなんだ。週明け小テストだし、あかりも頑張ってるのね。」
「…え?」
「え?って…昨日先生言ってたわよね?それで参考書買ったんでしょ?」
何ですと!?超初耳なんですけど!?ヤバイ…徹夜でゲームしてる場合じゃないよ私!?
「そうそう!そうなんだ…うん。だから早く帰って勉強しなきゃ…。」
「大丈夫あかり?なんなら勉強…手伝おうか?」
「大丈夫…。取敢えずもう帰るね!帰って勉強しなきゃ!!」
マジで!
「そっか、頑張ってね。」
「うん、それじゃあ!」
脱兎のごとく姿を消した明を見送った後、縁は挙げていた手を下ろし手に滲んでいた汗を拭う。
それにしても、名前を言った時もだけど、福引きで玉が二個出たときはあかりじゃないけど胆が冷えたわ…。さすがの悪運ね。こっちの企みをまるで分かっているんじゃないかと思わせて、その実まるで分かってない所なんか……可愛いのよね。
フフッ、と微笑みを浮かべながら縁は福引きの受け付けにいる女性に近づいていく。
「例の物はちゃんとあかりに渡せた?」
「は、はい、お嬢様!」
「そう…。」
「それにしても、お嬢様本人が来られるとは思ってもいなかったので驚きました。」
フゥ…。と軽く溜め息を吐くと一瞬ずらした視線を再び女性へと向ける。
「柿本さん、取敢えずありがとうと言っておくわ。でも、気を付けてね。あかりに危うく感づかれるところだったから。事前に情報を教えすぎた私のミスでもあるから強くは言えないんだけど…あの子を呼ぶときに名前を次からは呼ばないよう気を付けてね…って言ってももう手遅れでしょうから、何か聞かれたら、売り場を担当してもらってる旦那さんから話を聞いていてって言う設定にしておいて。」
「も、申し訳ありませんでした!」
顔面蒼白にして恐縮する柿本に、縁は優しく笑い掛けると鞄からチケットを取り出し手渡す。
「え、あ…お嬢様も、福引きを?」
「フフフ…。そうじゃないわ。よくチケットを見て。」
そう言われ柿本は初めてチケットに視線を落とし、ギョッと体を硬直させる。
福引きのチケットと思って受け取ったものが、航空チケットだったのだ。無理もないだろう。
「今回は本当に感謝してるわ。旦那さんとゆっくり休暇を取ってきてちょうだい。いつもあかりが買い物に来そうな時期に無理言ってレジ係として入ってもらってるんだし、今回はあなたまで駆り出しちゃって…ごめんなさいね。」
「勿体ない御言葉です…。私は」
「ミスは誰にでもあるし、今回は私も責任があるし、お相子ってことで見逃してくれると嬉しいんたけど。」
縁の気遣いに、柿本は無言で頭を下げて答えた。
さてと…あのゲーム、あかりが少しでも気に入ってくれるといいんだけど。フフフ…。
いつもの神々しい笑みではなく、どこか寒気を感じさせる微笑みを浮かべる縁の顔は誰も見ることはなかった。