人になった死神11
双子が明に突っ込みをいれる少し前。
縁は凍えるような笑顔を貼り付け、目の前の獲物をどう調理するべきか考えていた。
「あれだったら私が友達になったげるし!」
「それお前が藤堂さんにお近づきになりてえだけじゃん。」
「もぉお、違うもん!」
男達が冗談混じりに合いの手をいれると、少女はあざとく頬を膨らまし側に来ていた男子をポカポカと叩く。
非常に庇護欲をそそる表情と行為に、周りの男子は微笑ましくそれを見守り、女子達は内心舌打ちをしていたが、空気をしっかりと察知している故に空気を壊すような発言は決してしなかった。
「それよりさあ、その進藤とか言う女子ってそんなに藤堂さんに媚びてんの?性格悪いなぁ。」
「そうなの!もう藤堂さんがかわいそうでさあ。」
「本当に許せないよね。」
「そんなのと一緒に居たら藤堂さんも……。」
話はどんどん本人をおいて進んでいたが、不意に男子が鼻の下を伸ばして縁の方に視線を向けると、笑顔ながらまるで目が笑っていないその表情に言葉を失った。
回りもそんな男子の空気を察知し、縁に視線を移して、辺りはまるで通夜のように突然静寂に包まれた。
こいつらは、社会的に、殺す。
そんな物騒なことを考えていた縁だったが、静かになったことで明達の声がわずかに耳に届きプランを瞬時に変えた。
そう、彼、彼女等を人知れず明は救ったのだ。
窮地に追い込んだのも明とも言えるのでマッチポンプと言えなくもないが。
「…私が何か?」
圧力を最後に発言した男にのみ、一点に集めることで思わず視線をそらしてしまう。
「い、いや…その。」
「藤堂さんが可哀想って言いたかったのよ。騙されてたなんていきなり言われて困惑してるのかもだけど、私がいるから大丈夫大丈夫!今度から一緒にお昼御飯食べよ!」
誰であれ、いきなり信じていたものを批判され、一方的に否定されれば腹もたつ。
それが原因で縁が不機嫌になっていると踏んだ少女は、ここからが勝負と明がどんな理由で藤堂に近づいているのかをつらつらと語っていく。
「おかしいと思ったことない?藤堂さんと友達になったことで王子と知り合いになってるしさ。あわよくば卒業後とかも藤堂さんと親しければ就職もーとか考えてるかもよ?心当たりない?」
「ふふふ。」
「な、何が面白いの。」
「ごめんなさい。貴女があまりにも滑稽だから…つい。」
「あのさぁ、藤堂さんもいきなりこんなこと言われて頭に来るのもわかるけどぉ、そういう態度よくないよ?何て言うの?お嬢様としての格が知れるって感じ?キャハハ!」
「…それで?」
「はぁ?何なのあんた?さっきから人が下手に出てたら調子に乗っちゃってさ。何よ…何なのよその目は!?」
冷めた視線を送り続けられる事で、神経を逆撫でされた少女は顔を真っ赤に染めて耳障りな声を叫ぶ。
「ダメよ?薄野さん。女性がそんな声をあげては…格が知れると言うものよ?フフ。」
「なっ……。馬鹿にしてるの!?」
あからさまな意図返しに更に声を荒らげ、詰め寄らんばかりに縁に近づいていくが、さすがに回りも不味いと思ったのか止めに入る。
「離してよ!なんで私だけがこんな目に遭わなきゃいけないの!?悪いのはあっちじゃない!?人が親切で忠告してやってんのにあんな態度とって…最っっっっ低!お金があるから。ちょっと頭が良いからって人を見下してるんじゃないわよ!」
どちらが悪いかは当初は皆分かっていた筈だが、薄野と呼ばれた少女が泣きながら叫ぶ姿をみて、自分達とは違う立場である、産まれながらの勝ち組に与する縁に対して徐々に責めるような視線がポツポツと生まれ始めた。
「あかりが私を利用しているって言ったわね。検討違いもいいところよ?私は今まで欲に塗れた人達を貴女が想像するより見てきているし、相手にしてきているの。まあ、そんな人たちでも最低限自分を良く見せようと立ち振る舞っていたわ。…貴女みたいに杜撰な演技と違ってね。フフフ。」
「なっ…。」
顔を真っ赤にし絶句する薄野に縁は妖艶な笑みを浮かべる。
「あかりは自分に対してとても正直な子なの。貴女みたいに誰彼構わず媚を売らないし、将来のことだってあの子はあの子なりに色々考えてるの。それを…。それを、あなた程度の人間が何も知らないあの子を語らないでくれる?」
縁はゆっくりと薄野に近づき、それまで浮かべていた余裕を感じさせないほど切ない表情をしていた。
完全に場の空気を支配した縁は、少し離れた場所でやや心配そうに此方を伺っている明に視線を移す。
縁には分かっていた。
それが強者たる自分ではなく、弱者である薄野を心配してのことだと。
その優しさが嬉しくもあり、悲しくもあった。
だからなのか、この場の結末を当初描いていたエンディングとは少し離れた終わり方をすることにしたのは。
「あの子はね…。あなたたちが考えてる斜め上嬉々として後ろを向きながらあえて全速力で走る様な子なの。」
発言の意図が読めない為か、辺りの者達はそれぞれ思案顔に変わる。
「理解できない?そうでしょうね。私も未だにあかりの事を完全には理解しきれない。………あの子はね、普通と違ってどこかおかしいのよ。」
「おおっとぉ。予想だにしない変化球が飛んできたよ、これ。」
自分のせいで薄野が孤立するような状況に、極端な言い方をすれば、原因である自分が何て声を掛けていいのか分からずにいた明は予想していなかった縁からのバックアタックに思わず突っ込みをいれてしまう。
「あら?そんなとこに居たのね親友のあかり!」
「わざとらしいわ!?って、そんなことより酷いよゆかちゃん!私の事をそんな風に思ってたの!?」
「「いや、あながち間違ってはないと思うよ。と言うか、オブラートな表現の仕方はそのくらいしか思い付かない。」」
「オブラートって言葉に謝れ!?」
「ところであかり、オブラートって意味わかってる?」
「え…。いや、ほら、ね?あれでしょあれ。こう、直接的にじゃなくって…ほわっとした感じの。」
「そう…ね。」
「グフッ…。」
縁は明に聖母の様な微笑みを送った。
明に30のダメージを与えた。
「時間稼ぎしながら、精一杯考えてあれなのは流石に涙が堪えれそうにないよ、流。」
「馬鹿だな柳。直接的まで思い付いて間接的って言葉が出ないところが進藤さんのいいところだろ?」
「そんな長所消えてなくなればいい!?」
「…唯一の長所を要らないなんて」「その双子漫才はのオチはよめるから!よめてるから!?」
「秋雨君達とばっかり仲良くされると少し妬けちゃうんだけどな…。」
「デレた!妙なタイミングでデレたよこの子!?」
周囲の空気ガン無視で突如始まった漫才に、つられて笑う者で出始める。
場の空気が薄野を一人置いてけぼりに弛緩し始めた。
呆然とその光景を一人取り残される薄野は眺めていたが、心配そうに此方をたまに窺う明の視線にふと気が付いた。
一度目は気のせいかと思ったが、時折自分の視線と明の視線がぶつかる事でそれに気が付く。
と、同時に頭の中が真っ白になった。
重い話は筆が進まない…