人になった死神9
体育もだが、放課後にも球技大会の練習があり、帰ってはゲームと勉強。
明は少しずつやつれてきていた。
ゲ、ゲーム…ゲームがしたい。
「イヤ、あんたゲームしてるっていってたじゃん。なあ、りゅう?」
「そもそもゲームなんかして何が面白いのさ。簡単すぎてつまんないよ。」
「どうして私の考えていることがわかった!?」
「「いや、喋ってたからね?」」
マジか!?…気を付けます。
「それにしてもゲームがつまらないなんてどうかしてるんじゃないの?あんたたちはどうせゲームの表面をさらっとなぞってるだけなんでしょ?ゲームにおいて一番重要なのはストーリーで、その次は声優の声!って聞いてるの?いい?」
王道のRPGはおろか、その他のジャンルも殆んどしない明が何故かゲームについて次々と熱く語り始める。
そして
「進学校において堕落の一歩であるゲームの布教とは…精が出るな進藤明。」
「つまり、ゲームなんて人を狂わせる白い粉と一緒よ!さてと…予習しなくっちゃ。あー忙しい。」
「進藤明……放課後生徒指導室に来るように。」
永見に見咎められ放課後の個人授業が決定した。
バ、バカな…誤魔化せきれなかった…だと。
放課後、明は永見にこってりと搾られ、廊下をフラフラと歩いていた。
ほあぁぁぁ…。宿題が鬼の様に出されたよ。ただでさえゲームする時間が三時間しかなかったのに、これじゃあもう睡眠時間削るしかないか…。
ゲームの時間の三時間は明かりにとっての最低ボーダーらしい。さすがに試験前となるとゲームは泣く泣く我慢しているのだが、今回は初めからゲームをしないという選択はなかった。
これも地球のためなんです……ムフ。
明が荷物を取りに、生徒指導室のある東塔から教室のある西塔へ歩を進めていると渡り廊下に見たことのある金髪の生徒がいた。
距離があるためプロフィール等は見えないが、この学校で金髪はただ一人。北大路光。
周囲には信者がおらず、一人渡り廊下でなにするでもなくボーッと外を眺めているようだった。
うわ…。嫌なのに出会った…。さっさと帰りたいけどしょうがない。遠回りして反対の渡り廊下から渡ろう。
君子危うきに近寄らず。もしくは、触らぬ神に祟りなしと言ったところだろうか。
明は内心嘆息をつきながらその場から離れていった。
そういえばあの人一人でいるなんて珍しいな。
気になって何度か振り返るが、やはりボーッとした様子で、よくよく見ればどこか落ち込んでいるようにも見える。
うーん…どうしたものかな。
あまり関わり合いを持ちたくない人種ではあるが、知り合いではある。
更には、落ち込んでいるように見えれば、明としてはそれを見なかった不利をすることができない。
軽く溜め息一つ吐き、意を決して声を掛けようと近付こうとした時に渡り廊下の反対側から誰かが北大路に近づいていくのが見えた。
特に疚しいことをしたわけでもないのに、明は何故か反射的に職員専用トイレに逃げ込んだ。
偶々渡り廊下の扉を誰かが閉め忘れたのか、トイレに居ながら、近付いていった男達の声が此方まで聞こえてきた。
「おっと…おいおい、そんなとこに突っ立っんてんじゃねえよ!…おろ?北大路くんじゃないの?」
言葉から察するに、男は北大路にわざわざ近付いた挙げ句、恐らくわざとぶつかった上にいちゃもんつけているようだった。
「いつも周りに侍らしている女の子達はどうしたのかなぁぁあ?嫌われちゃったんでちゅかぁ?」
わざとらしく子供のようなしゃべり方をしている男の声も業腹だが、それを煽るように笑っている他の男達に段々と明は腹が立ってきた。
「おい、無視してんじゃねえよ!聞こえてんだろ?」
「おい!何逃げようとしてんだよ!いつもいつもすかした顔しやがって!お前ムカつくんだよ!」
「何か言えよ!おい!」
関わることが心底面倒だった北大路は、無視してさっさとこの場から去ろうとするが、一人が先回りし、もう一人が襟元を掴んできた。
反射的に掴んできた相手の肘のツボを的確に捉え、服に寄った皺を軽く手で伸ばす。
無抵抗だった相手にいきなり反撃されたことで男達はかなり激怒しており、それは今にも爆発しそうなのが見てとれた。
「やれやれ…。いい加」「いい加減にしなさいよ!」
北大路が奇しくも言おうとしていた言葉は一人の乱入してきた女性に奪われた。
「…進藤、明?」
明は腸が煮えくり返りそうな程頭に血が上っていることを自覚し、一度だけ歯を喰い縛りながら深呼吸する。
ああ、もう駄目だ…辛抱できん!は・ら・た・つ!
「な」
「いい男が、寄って集って一人になんっっっってくだらないことしてるの!あんた達がやったのは立派な苛め!弱いもの苛めよ!この残念王子が一人なのをいいことに好き放題言ってるみたいだけど、女々し過ぎて聞いちゃいられないわよ!」
男の中の一人がなにやら言おうとしたらしいが、完全に被せる形で明は打ち消しそのまま怒りに任せて男達を罵倒した。
あまりの剣幕に一瞬呆然と固まったが、取り囲んでいた一人の男が逸早く立ち直り明を睨み付け、怒鳴り付けた。
「お前には関係ないだろ!すっこんでろ!?」
「そうだ!進藤!貴様には関係のないことだ!」
そして、何故か北大路も便乗して明に怒鳴り付けていた。
「ばっかじゃないの!関係ないわけないでしょ!」
「なに…じゃあやっぱりお前は僕に惚れ」「てる分けないでしょうが!」
「性格悪い!自意識過剰!ナルシスト!パッと思い付くだけでこれだけ最悪の男をどうやって好きになればいいのよ!」
「じゃあやっぱり関係ないじゃないか!」
「お、おい。」
「あるに決まってんでしょ!」
「なんだよ!何に関係があるんだ!」
「そこの男達のあまりに小さい器にイライラしたからに決まってるじゃないの!そんなこともわからないから残念王子なんてあだ名をつけられるのよ!」
「そ、そんなあだ名を皆に…?」「おいっ!?」
「勘違いしないでよ!付けてるのは私だけよ!」
「なっ…さ、最低だなお前!」
「人格最低なあんたにだけは言われたくないわよ!」
「お前らさっきから俺たちを無視して」
「「うるさい!ちょっと黙ってろ!」」
「……。」
二人が白熱して口喧嘩を繰り広げていた間に、男達は争うことがいかに醜いのかを悟り、二人に声を掛けずいつの間にか消えていた。
「ま…全く……お前のせいで不要な体力を使って…しまった。」
「わ、わるかったわよ…。なんか、気がついたら…。」
「……。お前には関係なかったのに、わざわざ関わるな。いいな!次からは絶対に関わるなよ!」
「あんな胸くその悪いのを見逃せる分けないでしょ!」
「お前は女なんだぞ!ちょっとは考えろ馬鹿!」
「あんな状況で男も女も関係ないでしょ!」
「話にならん!もういい!兎に角、関わられたら迷惑だと言っている!いいな!今後ああいうときは一切関わるな!」
北大路は言いたいことを言い終わると明を置いて走って逃げていった。
「と、言うことがあったのよ!どう思うゆかちゃん!?」
次の日の昼休憩。クラブ棟の裏で食事を摂っていた。
「「いやぁ…それはちょっと北大路先輩に同意するわ…。」」
何故か双子も一緒に。
遠足が終わってからは、何故かこの双子昼食時に常にくっついてくるようになったのだ。
「ちょ、ちょっと!話聞いてた?」
「そう、ね。明には悪いけど私も秋雨君達と同意見よ。」
なん…だと!?
「なんとかとなんとかの話しの、ほら、えーと、あいつとあいつが敵対してて、ぐるっと囲んでるやつ。という状況に陥ろうとは…。」
「「いや、さっぱりわからないから。脳内補完だけやって伝える意思が感じられ」」
「それを言うなら項羽と劉邦の四面楚歌ね。」
「あ、そうそうそれ!」
「「……なんで今のでわかったの?」」
え?逆に何でわからないの?
心底不思議そうな表情を浮かべる双子と明。それと対照的にゆかりは何処か誇らしげだった。
「明は頭の中には鮮明なイメージがあるみたいだけど、それらを筋道立てて話すのは苦手だし、固有名詞が浮かんでこない上に、思い付く端から話すからよっぽと親しくないと理解は難しいと思うわ。」
端から聞くとどうも誉めている気がしないのだが、あかり本人がウンウンと激しく同意を示していたことから双子は敢えて突っ込まなかった。
「ふーん…。」
「なるほど…。」
縁の発言が双子の何かに触れたのだろう。双子は闘志を瞳に宿し、何処か上から目線で言ってきた縁に対して闘志を隠すことなく縁に視線を送る。
「「じゃあさあ…あかりちゃんの好きな漫画って何かな?」」
「あかりの好きな漫画?そうねえ…」
「「いやいや、そこはあかりさんに説明してもらって我々が当てるべきじゃありませんかねえ?藤堂さん?」」
「ヘエ、面白そうねえ。いいわ。やりましょう。」
「じゃあさあ」「何を賭けよっか?」
双子がしたり顔でニヤリとほくそ笑み、賭けを提案するのには訳があった。
藤堂縁は藤堂家の唯一の子供であり、子供の頃から神童と呼ばれるほどの英才教育を受けていたことは一部のトップ筋には有名な話で、いくらあかりが親友といえどもあの語彙力である。
幼稚園児よりは説明力がある程度の、あの話し方を普段から聞いていたところで間違いなく記憶には残っていないだろうし、恐らくもう一度説明を求めたところで今度は全く別の物語のような説明をするであろうと予測をたて、縁の明の唯一の親友という自信を壊すと面白そうだと思い至ったのだ。
更には、秋雨兄弟は漫画やアニメ、有名なゲームについてはほぼ網羅している。負ける気がしなかった。
さあ、喰い付いてこい!
双子が今か今かとてぐすねを引いているとき、明は右拳で左の手のひらを叩いた。
「それ面白そう!じゃあさあ、あれとかどうかな?えーと、ほら、あれ!尻尾があって、漫画がアニメになったやつで、ハッ!ってやったらバーンッ!てなってさ、こう帽子みたいなのを被ってるやつ!」
双子は正直言って明の説明力の低さに唖然としていた。
先程の話しは、話した時間と比べてあまりにもヒントの数が少なすぎる。
分かった事といえば、帽子・尻尾・手から何やら不思議な力が出る、だけだ。
縁はまだ完全になんの話しか分かっていないようで、顎に手を当て思案しているようだった。
双子も今の説明で2つ程候補がでたのだが、それが何かまではまだ思い至っていない。
「それってさあ」「セルみたいな感じ?」
「セル?…ああ、そうそう!惜しい!」
「「分かった!ド○ゴンボール!」」
どうだ!と言わんばかりの顔で双子は明の答えを待つが、明の顔は既に不正解と言わんばかりに曇っていた。
「ブブー…。全然違います。」
「「何でだよ!?セルで惜しいんなら間違いなくドラゴン○ール一択だろ!?」」
「分かったわ。」
「「っ!?」」
「○ンターハンターね?」
「正解!」
「だから何でだよ!?尻尾は百歩譲ったとしても帽…子、ってまさか」
「ふふ…あかり?あの尻尾のある敵は頭の形こそ帽子を被っているようだけど、あれは実際にそういう形なのであって帽子じゃないのよ?」
「へぇ~、そうなんだ。」
「「………。」」
「それで……賭けだったかしら?」
「「いや、僕たち勝てない賭けはしない方だからやめとく。」」
「そう?…残念ね。面白そうだったのだけれど。」
その後は賭けなどはなしで、色々となんの漫画かを当てるゲームをしたのだが、双子は全敗だった。
「「いや…これ地上で最も無理ゲーなゲームだから、負けても悔しくないよ。」」
寧ろ聞いてて何でそういう説明になったのか考察することが意外におもしろく、昼休憩が終わるまで双子と縁は明の問題に挑戦するのであった。