人になった死神1
私は曾て死神だった。
こう言うと頭が可笑しいと思われるかもしれない。
だからこの事を誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりもない。
寿命が尽きる人を見守り、死して肉体から離れた魂の導き手。
それが曾ての私の仕事。
悪人だろうと善人だろうと等しく、酷く無機質に、機械のようにその仕事を行ってきた。
千年という時は、人の身で考えれば悠久の時のように感じるかもしれない。
だが、老いも病も、死すらもないその身体には、千年という時はあっという間であった。
私たち死神にはおおよそ感情のようなものはない。
必要がないからだ。
死んで裁きを受ける人間も、輪廻の輪に再び戻る人間も、判断を下すのは私たちではなく神々の仕事。
故に、死に行く運命の人間が死を目前にどのような行動を取っていても、どんなに苦しんでいても、どんなに幸せを享受していても、どんな性格をしていようとも、どんな性癖を持っていたとしても気にすることはなかった。
そう、なかった…。過去形だ。
何故なら今の私には命が与えられ、それに伴い感情も生まれた。育んだといった方が正しいかもしれない。
所謂転生というやつをしたのだ。
仕事中に不慮の事故で死んだとか、運命の輪をねじ曲げたせいで罰としてとかではない。というかそもそも死神は命がないので死ぬという概念がない。
あえて言うなら消失だろうか。
と、話しは逸れたがそんなどうでもいいことは心底どうでもいいのだ。
改めて言うが、私は転生した。
神によって命を受け、その任務を遂行するため必要だったのだ。
曰く、ある世界の文明が発展し過ぎたことで、本来滅びる筈の時間軸と大幅なズレが生じ始めているため、その歪みを直してきてほしいのだとか。
神の力、面倒なので神力とでも名付けようか…。
え?安直?なにそれ美味しいの?
ゴホン…まあ、その神力が文明の発達に大幅に使われたせいで、せっかくの世界が壊れてしまう。
その時間軸を戻すために、私の力をその世界に還元することで本来あった滅びの時間まで戻すことができる…らしい。
死神といえども、こなした仕事の数や、過ごした年数によって力の差が大なり小なりある。
私の力はまさにすり減った部分を補うのにちょうどよかった。
欠けたパズルのピースを填めるようにピッタリだったの。
その為数多くいる死神のなかで私が選ばれた。
これだけ見るとまるで生け贄のように感じるかもしれないが、誤解しないでほしい。
間違いなく生け贄だ!
転生して十五年…私は神の指令を唯々諾々と請けた当時の自分をぶん殴ってやりたいわ。
今はすごく後悔してるので、出来るだけ、可及的速やかに誰か他の人に押し付けたい。
あんな性格破綻者達の内の一人を伴侶と選び……………子をなさなければならないなんて。
「御呼びに与り、参上致しました。…御命令を。」
「おお、来たか。話しというのも他ではない、そなたにある世界へと転生を命じる。」
「拝命つか奉りました。私は賎しくもあなたの僕。この存在を如何様に使われるかは、畏れ多くも神々、貴殿方の権利で御座います。」
「うむ。そなたが今から転生する世界だが、地球といってな。文明が発展させたはいいが、あ、いや、先に言っておくけどワシじゃないよ?ワシがしたんじゃないからね?…どうも余計な入れ知恵をした神が居たみたいでな、そのせいで本来滅びる筈の時間軸が前倒しになってしまったのだ。科学だけでここまで育った文明は他にはない。このまま滅ぼすにはちと惜しくての…。そなたの力を地球に還元することでちょうど定めた時間軸に戻るのだ。よろしく頼む。」
「はい。私は彼の世界に行って存在を同化させてくればよろしいのですね。」
「いや、なぁに。難しく考えることはいらん。そなたそのものを同化させるには異質すぎるて、到底あの世界と同化することは罷り通らん。」
「では…?」
「うむ。彼の世界でまず転生することで彼方の世界に魂を馴染ませる。その後、子を成して出産するだけでいい。まあ、相手は限られておるが、それについてはちゃんと一目で見分けがつくようにしておこう。言わば運命の相手、と言う奴じゃな。よいな、その者達から必ず選ぶのだぞ。」
「はっ!我が主の命ずるがまま、見事この役目果たして参ります。」
「うむうむ。期待しておるぞ。ではな。」
「ではな。……………じゃないわよ!?あぁぁ~!思い出すだけで腹が立つ!!人の事なんだと思ってるわけ?何様のつもりよ!?……まあ、神様なんだけどね。て言うか思い返してみれば余計なことやったのってあいつじゃないの!?」
はぁ。と、いつもの如く深い溜め息を漏らしながら、新しく通うことになった高校へと一人通学路を歩く。
「初めから好きにならなきゃいけない人間がある程度絞られてるなんて最っっ低!そもそも、一目で分かるようにしとくんじゃなかったの?15年生きてきてまだ一人も見つからないってどういうことよ!?乙女に恋をするなってこと…。」
「コラー!進藤明!」
気分も体も項垂れた様子で、トボトボと歩いていると、後ろから一際大きな声が掛かってきた。
「乙女が外でそんなはしたない歩き方しないの!何時も言ってるでしょ。」
「ゆかちゃん!もう、ビックリさせないでよ。」
私こと、進藤明に声を掛けてきたのは藤堂縁。
ゆかちゃんとは所謂幼馴染みと言うやつだ。
生まれた日、生まれた病院が同じで、似かよった名前、そして家はお隣で、とどめにこの度進学する高校まで同じとくれば、同性でさえなければ間違いなく運命の人だったのではないだろうか。
「あかり~…。せっかく美人なんだからもっとシャキッとしなさいシャキッと。」
「ゆかちゃんに言われるとなんか無駄に傷つくからやめて。」
「うん?何で?」
「あのねぇ…。いや、もういいけど。」
「なぁに?気になるじゃない?」
「もういいってば。行こう。入学式遅れちゃう。」
「時間はまだまだ余裕だと思うけど?」
「もぉ~。いいから早く早く。ゆかちゃんは新入生代表で答辞を読むんでしょ?早く行かなきゃ学校に迷惑かかるじゃない。」
縁の背中を押すようにして明は学校への道を急いだ。
もうすでにお分かりかもしれないが、藤堂縁はおおよそ嫉妬するのが馬鹿らしくなるほどの絶世の美女だ。
よく肌が白い女性は、丹念に化粧水や日焼け止めなどを使って気を付けつつも「え~、なんにもつけてないよ~。私元から白いんだぁ~。」とのたまう奴がいるが、ゆかは別格だ。
本当に何も付けてないのに、赤子の肌と言うべきか、卵肌と言うべきか、兎に角艶々してて、健康的に白い。
髪はうっすらと茶色がかっているが、染めているわけでもなく、地毛。
眼はパッチリとしつつも切れ長で、胸の辺りまで伸ばしている髪はどんなに湿気った気候の時もサラサラで、おまけに秀才ときている。
私も世間一般からすると一般的な水準ではあるとは思うが、髪は伸ばすと自然とウェーブがかかってしまうので精々肩口手前までしか伸ばしていない。
と言うか、今の長さでもたまにウェーブがかかってしまうので始末におけない。本当にボサボサッと見た目が汚くなるのだ。
肌は、普通だ。白く透き通った、ということもなく一般的な白さに透明度。
このスペックで狙った相手を落とせとか、普通逆じゃね!?と、正直神の考えを三日三晩は問い質したい気分だ。
「はぁ…。そうは言っても神様が采配されたのだから、運命の赤い糸みたいなもので結ばれてるんだろうな。どうせならもっと美人に産んでくれればよかったのに。」
私はこの時自分の未来を楽観視していた。
今世に生まれてから、恋愛シミュレーションゲームというものに片っ端から手を出し、既に余念はない。
だが、万が一と言うこともある。
今日発売される最新シリーズを予約しているので帰りに受け取りに行こう。
ムフ。
そんなことを考えながらクラス割りが書かれているボードの前に来たとき、私には青天の霹靂が如く衝撃が走った。
いや、まあ、単純にビックリした。
「なにあかり?理知的な言葉を発してみたはいいけど、あまりに似合わなすぎて言い直した。みたいな顔してるわよ。」
「エスパーかおのれは!?」
「ふふ。あかりは直ぐに顔に出るんだもの。分かりやすくて好きよ。」
「ゆかちゃんそれ褒めてないでしょ?」
「ううん。とっても可愛いってこと。」
クスクスと笑う縁は恐ろしく綺麗で、見慣れた私ですらたまに見蕩れてしまう。
それが、まだ縁を見たことがないものならどうだろうか。
「うわっ!なにあの子、超綺麗じゃない?」
「おいおいおい。あの子だれだよ?新入生?」
とまあ、大体が似たような感じだ。
「それで?何にビックリしたの?」
「だから心を読まないでよ!?」
「ふふふ。私が読んでるんじゃなくて、どちらかと言うとあかりが差し出してくれてるんだと思うけど?」
言い合いで勝てる気がまるでしないので私は素直に何に驚いたのかを白状した。
「あそこのクラス割りを張り出しているボードの近くに、先生らしき人が居るでしょ?」
「ええ。」
「怖いなぁと思って…。」
私は怖かった。その人の恐ろしく鋭い眼光。まだ子供と大人の中間である高校生ではあり得ないガッシリとした体付き。加えて明らかに人一人は殺っていそうな雰囲気。
「確かに、教職についてるとは思えないほどの雰囲気を持った人ね。あかりの担任にはならないように祈っててあげるわ。」
それは多分無理だ。
「うん。ありがと。」
そして、まるで怒気の籠った様な目でこちらを捉えるとその男は近づいてくる。
私は観念した様に改めてその先生が近付いてくる方へと向き直り、気後れしないようにギュッとカバンを握る手に力を籠める。
突然だが、その男の名前は永見優、27歳。教職歴5年。当然独身。
なぜ当然かと言うと、私にはその男を見ただけで簡易の履歴書のようなものが頭の中に浮かんで知ったのだ。
そうこの男、私の運命の相手の一人だったのだ。
それゆえ私は恐怖した。初めて運命の相手と対峙したのだから。
「お、おはようございます。」
私の直ぐ側まで来た永見にそう声を掛けると、彼はチラッと流し見をしながら「ああ、おはよう。」とだけ声を掛け、私を抜き去っていった。
あれぇ~?
神よ…なんかこう、奇跡の御技みたいなもので、少しは間を取り持ってくれてるんじゃないの?
そうじゃないと私この人と親しくなれる気がまるでしないんだけど…。
そう私が考えていると、永見は縁に声を掛けた。
「藤堂縁だな。」
「はい。おはようございます。」
「入学式の答辞の準備がある。私と一緒に来い。」
「はい。それじゃああかり、また後でね。」
「う、うん。頑張ってね。」
「ありがとう。頑張るわ。」
「行くぞ。」と永見に促され縁は雑多の中を消えていった。
あ、あれぇ~…。
取り合えず、教室行こ…。
この学校ミヨシ高校は一から九までのクラスで分けられており、一つのクラスに25人。
このクラス分けだが、進学校ということもあり頭が良い順にクラスを割り振られる。
私?ふふ~ん。実は一組。
席順すらも点数にて割り振られる私の出席番号は当然…25。
ギリギリ…。もう一度言うがギリギリだ。
縁が同じクラスになりたいが為に、一年間みっちりと個人授業を受けた結果がやっとここ。
私の頭の中身の程度が知れるというものだ。
だが、こんなことで落ち込んでいられない。
何故ならこの教室に…運命の相手が二人もいたのだ。
出席番号は2と3だったのだが、点数が全く同じだったらしく、好きな方が好きな方を選べと先生に言われた結果、何故か2と7番になった…。
理解不能である。
上の出席番号の者に席の交換を申し入れられたら、席を交換出来ると生徒手帳に書いてあるらしい。
それを用いて隣同士に座りたかったらしい。
二人の名前は秋雨柳出席番号2番と秋雨流出席番号7番。
一卵性双生児の双子。正直見分けが全くつかない。
声帯まで一緒とか正直驚きだ。少し位違いがないと見分けが付きそうもない…筈なのだが、また例の神の御技がなす技か、名前や簡単な生い立ちまでわかるので問題ない。
双子は両親以外に自分達を真に見分けられる者がいないことから、他人を拒絶するようになったらしい。
同一に見られるのが心底嫌気が指すらしいが、だったら何故髪形等で分かるようにしないのか心底理解不能だ。もはや別の宇宙。
と言うか、二人の内どちらでも良いとか、二人の本来の気持ちをガン無視にした所業だ。
神に代わってマジ謝ります。
ほんとごめん。
入学式は何事もなく終わった…はず。
はず。と言うのは、ほとんど意識がなかったからだ。
ああいうのほんとダメ。
何で前の私は神々の恐ろしくつまらない話に一言一句逃さないようにと傾聴していられたのだろうか。
羨まし…くはない。
唯一覚えているのは、縁がしゃべっている内容が難しすぎて三割くらいしかわからなかったということくらいだ。
そして、その縁はというと
「ふ、ふふ…ふくくくく。」
「もー!いつまで笑ってるの。」
「だって、私が答辞に立ったときあかり寝てるからショックだったのに、喋り出すと途端に起きたかと思うと…ふふ。ほけーっとした顔して…ふふふ。」
「どうせ理解できませんでした!頭が悪いのはゆかちゃんも知ってるでしょ。」
「そこじゃないわよ。とっても可愛いかったからつい、ね?ごめんなさい。」
可愛い…ねえ。まぁ良いんだけどさ。
私達二人は帰路についていた。
縁は母親が入学式に来ていたのだが、明の両親は職業柄外国を飛び回っているので残念ながらこれなかった。
それを縁が知っていたため一緒に歩いて帰っているのだ。
「そう言えば一組のクラスの担任、残念だったわね。永見先生。」
縁が言うように、一組の担任は見事永見が担当していた。
他の部分ではまるで運命の欠片も感じさせなかったのに、こういう嫌がらせのような部分ではキッチリ仕事をしてくる神が憎い。
一組は元々秀才ばかりが集められたクラスだったので、永見が持っている特有の雰囲気に呑まれていたが、縁と双子はまるでどこ吹く風といった様子で平然としていた。
それどころか、双子は永見に恥をかかせようと柳が英語、流が中国語で質問をしたが、永見はしれっと二つに日本語でもって通訳を兼ねて質問に答えた。
それにより、クラス全員の憧憬を一瞬で掴み取った永見だったが、あかりは一人恐怖に震えていた。
幼少時代の傭兵経験で得た言語能力。
あかりはそれを簡単なプロフィール閲覧によって知っていたからだ。
知らぬが仏と言うが、この場合は知ってしまったので知ってしまったがダイバダッタとでも言えばいいんだろうか。
そんな風に現実逃避していたら縁が明の顔を覗きこむように頭を下げていた。
その表情は不安に染まっている。
「大丈夫?なんなら私の家の力で担任変えてもらう?」
「い、いや、いいよそんな事までしてもらわなくても!ゆかちゃんのお父さんにこれ以上嫌われたくないし、永見先生の将来にも関わってきちゃう大問題に発展しそうだし。」
「あかりがそこまで言うならいいんだけど…。何かあったら言ってね?何時でも辞めさせれる準備だけはしとくから。」
え?それは担任を?教師を?
それを聞いてしまうと後者の方を述べられそうなので、敢えて触れないあかりだった。
「人間をよ。」
「何する気なの!?恐いよ!?って言うかほんと実は心の声聞こえてるんじゃないの!?」
「だーかーらー、あかりの顔に書いてあるんだってば。ふふふ。冗談よ。」
「当たり前でしょ!もぉ、心臓に悪いからやめてよ本当に…。」
明がここまで狼狽するには理由がある。
藤堂。藤堂縁。それは日本のみならず世界に名だたる財閥の一人娘。
父親と母親ともに娘を溺愛しているが、父親の方は明の事を酷く嫌っている。
何故なら、本来完璧な経歴を持たせるはずだった娘が明という小娘に唆され…たと本人は本気で思っているらしい…たかが県内の県立の学校に通ったのだ。
母親の方は将来のためにも一般人の気持ちが分かるようにと、明の事は気に入ってるし、娘を単身で明の家に泊まりに行かせたこともある。
無論家の外はボディーガードが見えないところで犇めいていたわけだが。
とまあ、それだけの金と権力を持っているため、人一人の存在など過去から抹消しようと思えば可能なのだそうだ。
明自身、縁の父親に直接言われたことがあるので恐らく本当なのだろう。
その後、縁にその脅しがバレて、口を利いてもらえなくなり、泣きながら明に土下座してきたのは今となっても良い思いで…では決してなく、あのときの縁の父親の屈辱に染まった瞳が頭に焼き付いて離れない、最悪の思い出だ。
「ゆかちゃんはこれから高校入学祝の祝賀パーティーでしょ?楽しんできてね!私はちょっと本屋さんに用事があるからここまででいいよ。…黒塗りの車が後ろからつけてくるのは正直辛いし。」
「ごめんね。後で父さんにはキッチリ――」
「言わなくていいから!?本当に!」
「そう…早い内父さんには隠居させてさっさと権力を手中に入れとくから、その時には遠慮なく家にも遊びに来てね!」
「あ、はははは~…。うん、その時は、そうだね。」
普段はすごく良い子なのに何でたまにこんなに怖くなるんだろう。
間違いなくゆかちゃん本心から言ってるし…。
「ほんと!?約束よ!絶対だからね!」
「もういいから、わかった。だから早く車に乗ってあげて。」
チッ…いつもいつも邪魔なやつらね。
ボソッと縁は呟くが、明には当然気取られないようにしていたため気づかれることはなかった。
「それじゃああかり。また明日!」
「うん、ゆかちゃん。またね!」
黒塗りの車が見えなくなるまで見送った後、明は書店へと全力で走る。
親友には決して見せられない自身の趣味、もとい、策略のためのバイブル。
恋愛シミュレーションゲームを一刻も早く手に入れるために。
「ムフ。早くお家へ帰って~、ご飯は…カップ麺でいっか。」
新作新作~。と鼻唄を歌いながら家に帰る明だった。
学校に通い初めて早いもので一週間。
この学校には王子がいるらしいことがわかった。
王子と言っても、生粋のというわけではなく、女子の間でそう持て囃されているとの事。
恋愛ゲームには外せない要素ということでドキドキしながら私も見に行ってみたが、凄まじい人混みで、近付くことが出来なかった。
遠目で見た感じでは、まあかっこいいかなーと感想を抱いただけで、特に期待した以上のものは得られなかったのでさっさと興味をなくして縁と共に教室に帰ったその日の放課後。
「今日はクラスの委員長と副委員長を決める。立候補、推薦とあれば受け付ける。」
永見がそう告げると、親友の白魚のような手がスッと挙がる。
「ほう、藤堂。立候補してくれるか。」
「まさか。申し訳ありませんが、私には時間がなくてそういった事はできません。」
「では…推薦か?」
「はい。私は…」
え、ゆかちゃん誰を推薦するんだろ?と言うか、いつの間にそんな親しい間柄の人が…ちょっと妬けちゃうなぁ。
それにしても光の奴全然靡かないってのはどういう事なの?
やっぱり攻略サイトを見るべきか…いやいや、そんな邪道なことはできん!
どちらにせよ卒業まで後半年!!まだクリスマスやバレンタインデーといった大きなイベントもある。
みてなさいよ~。その傲慢稚気で鼻高々な態度をへし折ってやるんだから。
ムフフフ。
「……り。…進藤明。…進藤!」
「は、はいぃぃ!」
少し不機嫌そうな声音で永見から突然名前を呼ばれたことで、明はガバッと擬音語が聞こえてきそうな勢いで立ち上がる。
「進藤明…まさか話を聞いてなかったのか。」
「いいいいえ、まさか!?その様なことは一切なく。一言一句逃すまいと集中しておりました次第です。ええ、本当に。」
「そうか…。で、いいのか?」
「ええ、もちろんです。」
うん?なんの事?
「そうか、じゃあ任せていいな。」
「はい。命に替えても。」
待て待て、落ち着け私。
流されるのはダメ、絶対。
ここは恥を忍んで……無理、かな。
恥や外聞は捨てれても、命は捨てられないもんね…。
いまだ永見の鋭い眼光に見据えられており、今さら意見を翻すとガチで殺られそうだとの事であっさり意思を投げ棄てた。
完全にゲームの事で頭が一杯になっており、さっぱり話を聞いていなかったのだが、縁は明が意識を別の空間に飛ばしていることに気付いていたのか、肩が小刻みに震えていた。
お、おのれぇ~。赦すまじ…。今度お昼ご飯のときにゆかちゃんのおかずを何個か奪い取らねばならぬようだ。
ムフフ。
ゆかちゃん家のお弁当美味しいんだよねぇ。
何貰おっかなぁ~。
「進藤明。」
「ふぁい!?」
「顔が気持ち悪いことになっているが大丈夫か?」
言うに事欠いて気持ち悪いとな!?
乙女に対してなんたる暴言!
ここは一度ガツンと言ってやらねば…。
「永見先生!」
「…なんだ?」
「大丈夫です。心配してくださってありがとうごぎゃいました。」
噛んだ…。
乙女の怒りがあの眼に負けただけのみならず、クラスメイトの視線を集めていた中で盛大に噛んだ。
もう帰りたい。
明は赤くなった顔を伏せがちにしながら席に座る。
そして気が付けば、クラス委員長に任命されていた。
いつの間に!?