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18.《災悪》

 那由他の災悪、アジ・ダハーカは遠い。 遥かに遠くにいるが目の前にもいる。


 個ではなく群れとしての生命。 目の前の小さな毒蛇もアジ・ダハーカではあるが、遠くの空や地を埋め尽くすそれもアジ・ダハーカである。


 見れば無限に見える。 アールマティの魔法使いの性能が低ければそれで私以外は終わりだ。

 それは私の責任でもないのでそれはそれでいい。 諦めて逃げればいいだけだ。


 私の仕事はあの化け物の足止めであり、それ以上ではない。


「アムルタート」


 一匹の毒蛇に噛まれ、魔物の毒特有のものなのか、「身体が融解」する毒らしく右足が溶けていくがアムルタートでその蛇から生を吸収して回復する。


 魔物は執拗に人を襲うらしいが、私のような短小な存在の相手をするのかと不安に思いながらアジ・ダハーカの霧の中に入る。


 一瞬で、目が見えなくなる。 身体が溶けて全身に痛みが現れてしまう。私に集るアジ・ダハーカが多すぎるせいか、一歩動くことすら、指一本すら動かせずに肉の団子によって固められる。


 ーーアムルタート。


 気持ちよく技名を叫ぶことも出来ずに、私の周りの空間に根を張る。 身体が無くなる前に吸収し、再生の補助と周りのアジ・ダハーカを朽ちさせる。


 弱い。 少なくとも一体一体は普通の子供よりも遥かに弱い。 群れとして一個だからなのか、一体一体の生命力は低い。

 アムルタートの根に生命力を奪わせただけで簡単に死んでしまうのは、小さいからだけではないだろう。


 しかし、アジ・ダハーカが朽ちて無くなるよりも遥かに前に新たなアジ・ダハーカがやってくる。 一秒間にどれだけ私の身体が溶けて回復しているのだろうか、分からない。

 一秒間に、アジ・ダハーカが何匹死んだかで分かりそうなものだが、何匹どころか……ダース単位、いや、kg単位、それよりも遥かに多いだろう。

 強過ぎる毒により、身体が常に傷つき続けていて、そのために死に近付き、無限に吸収出来る。


 その上、ここにきてアムルタートの性能が大きく伸びていることに気がつく。

 傷ついて、回復して、溶けて、再生して、死んで、生きて。 それによって、私の魔法は性能を増していく。


 イリファのアシャが「正義」により強化されるのと同じように、私のアムルタートは「死二生キル」ことにより強くなるらしい。


 第一に感じたのは、範囲が広がったことだろう。 ひたすらに根を伸ばし続けれる。 流石にアジ・ダハーカすべてを覆えるとまでは行かないが、数mしか届かなかった根は毒を打ち込まれる毎に増していく。

 精密になった、遠くのアジ・ダハーカすべてを捉え吸収していく。


 身体が、全能感に満たされていく。


 私は猿人共でさえどうにも出来なかった化け物相手に戦えているのだ。

 それだけではない、どんどんと成長しているのだ、加速度的に倒せるアジ・ダハーカは増えていく。


 那由他であろうが、なんであろうが間違いなく削り切れる。 それだけの実力が私にはある。 あるんだ。


 島ごと私の根の範囲に収めようと、伸ばす、伸ばす、伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす伸ばす。


 ひたすらに伸び続けるそれが、止まった。 決して私の意思ではない。 アジ・ダハーカを覆えたわけでも、島を覆えたわけでもない。



 もう一度、思い出す。 アムルタートは成長している。 範囲は伸びて精密性も大きく向上した。 けれど、それだけか? 数えられる数を遥かに超えて、那由他に近寄るほどまでに死に生きて、ただ……根が伸びただけなのか?


 それは違った。 アムルタートは成長している。

 ただ、生を奪うだけの魔法ではない。 成長したアムルタートは、アジ・ダハーカの生命よりも、もっと根源のようなものを吸い取っていた。


 それは、毒。

 アジ・ダハーカはあらゆる毒を持った生物の群体であり、生命力が低かったのはアジ・ダハーカが弱い生命だったからではない。

 那由他の生命を内包するアジ・ダハーカにとって生命というのは必要性は薄く、生命よりも優先させたものがある。


 それは、毒。

 生というあらゆる生命の根源を吸い取るアムルタートという魔法が成長したためか、アジ・ダハーカの根源は生命力ではなく他者を害する毒だったがためか、アムルタートは毒を吸い取り続けた。


 伸びて、伸びて、伸びて、生命と同時に毒を吸い取り続ける。



 アムルタートは、枯れた。



 那由他の毒に無限に成長する魔法の植物は屈した。


「う、あ……」


 声すらではしない。 怖い。


 再生と破壊の繰り返しにより、自身が強くなったことは理解できた。 超再生と呼ばれるそれにより、他の半生種の比ではないほどに生は深くなり、死の高みへと達した。

 おそらく生半可な化け物よりも生きている、どんな死にかけの者よりも死に近い。

 どんな傷でも一瞬で再生するだろうし、どんなに死んでも死に切れないだろう。


 しかし、敵は那由他の毒だ。 アムルタートは枯れ落ちた、もうアジ・ダハーカから生命を吸収出来ない。

 もう私は有限の生命しか持っていないのだ、死んでしまう。 死んでしまう。


 恐れ逃げ出そうと駆け出す。

 そこでやっと気がつくが、ほとんどのアジ・ダハーカは死に絶えていた。 黒い霧と大地は朽ちたアジ・ダハーカで埋まっており、残りはほとんど存在していない。

 アムルタートとアジ・ダハーカはほとんど相打ちだったのだと分かるが、それでも残っている。 那由他の災悪は億の災悪と大幅に縮小したが、それでも有限の私を殺すには一瞬だろう。

 アジ・ダハーカはほとんど死んだのに、人を襲う本能はなくならないらしく、私へと向かってくる。


 怖い。 怖い。 怖い。


「アムルタート! アムルタート! アムルタート! 出てよ!」


 毒に蝕まれたアムルタートは枯れ落ちた。 もう戻りはしない。 那由他の屍を越えて走り続ける。


 もうほとんど倒したのに、それでもまだ終わらない。


「アールマティ!!」


 イリファがやっときたのか、昔に聞いたことのある声が聞こえて、身体が、空高くにある石に引き寄せられる。  いくら生と死が広がり成長したとしても、この魔法からは逃げられない。

 大地と石ころが逆転し、私を空へと引き寄せる。


 億のアジ・ダハーカとともに小さな石ころに拘束された私の目の前には……炎。 イリファの炎が私ごとアジ・ダハーカを呑み込んだ。


 目の前が真っ暗になる。


■■■■■■■■■■■



 ライアが気を失う少し前の時刻。 ライアがアジ・ダハーカと相対してから約一週間。

 遠くから見えた黒い雲が消えた。


 那由他がなくなったのはすぐに分かった。 ライアがやったのだろうとイリファは理解し、安堵する。


 捨てていた友が生きていた、その場で小躍りしたいほどに喜ばしいことで、実際に声を上げてライアのための服を抱きしめる。


 それも束の間、イリファ達一行の耳に少女のような悲鳴と、億の毒虫の羽音が聞こえる。


「ライアだ! ライアが死にそうなんだ! 早くしろ!」


 イリファが叫ぶが、ほぼ休みなく走り続けていた馬車馬には酷な言葉だ。

 イリファは馬車から飛び降り、それと同時にノールを引きずり下ろした。


 前に見えるのは、ライアの姿と毒虫の群体。 まるで竜のように列を成すそれを発見したノールは石を上空へ投げ、魔法を発動させる。


「アールマティ!!」


 億に減ったが、おびただしいほどの毒虫の魔物。 今ここで殺さなければ多くの被害が出るだろう。

 だが、殺し切れる火力ならば、ライアすら殺してしまうかもしれない。


 イリファは迷う。 迷ってしまった。


 正義であればあるほど、強く、熱くなる火炎は、イリファの、たった一人と大勢の人間を天秤にかけてしまった心情に反映され、急激に力を落とす。


 迷いを断ち切り、力を振り絞るように発動されたアシャの炎は、弱い。


 毒虫を焼くが、焼き尽くせるほどの火力はない。


「燃えろ! 燃えろ!!

なんでこの程度しか燃えないんだあああ!!」


 彼女の炎は、すべての毒虫の蛋白質を凝固させて殺すには充分な熱量を発揮していたが、アールマティに固められているのでそれは分からない。


 燃やし尽くしたかとアシャの炎を解くが、ほとんどの虫の原型は残っている。 イリファの炎は、見掛け倒しでしかなかったようで、ライアもまだ生きているように見える。


「なんで……燃えないんだ」


 自分を戒めるように首を絞めて炎を出すが、焼ける音も匂いももうしない。




 イリファは、ライアが焼けずに残ったことを喜んでしまったのだ。

 一人と大勢を天秤に掛けただけならば、まだ虫を蒸し殺す程度の火力はあった。


 だが、虫が生きていると考えたはずであるのに……それよりもライアの生命を優先してしまったことで完全に力を失った。




 アシャの炎は、正義無き者に力を寄越すことはない。





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