17.【仲間】
「嬢ちゃん、大丈夫かい?」
面倒見のよい女性が目が覚めたらしいイリファに声をかけるが、その質問にはイリファは答えない。
キョロキョロと周りを見渡すと猿人の女性に、質問を返す。
「ここは……。 いや、違うな。 それはどうでもいい。何だ。
何を聞けばいい……」
ここがどこかなど、見れば分かる。 今知るべきことはそれではないだろう。
必要な情報は、アムルタートの魔法使いの居場所のみ。
「どうなった。 この街は」
まともなものがないのか、イリファの前に出されたのは白湯で、イリファは礼を言いそれをちびりちびりと飲む。
「おかげで……大騒ぎだよ。 兵隊も出てきてさ……切られた人もいるって。 逃げるための船も燃えた」
恨み言を言うつもりもないのだろうが、その言葉にイリファの気は沈む。
正しいことをしたつもりではあるが、自分のしでかしたことで人が死んだ。 アールマティを呼んでも倒せなければ、島ごと全滅だ。
この島を拠点にしている猿人種は大打撃を受けるので、結果としては死人は減るかもしれないが。
「そうか、ならば行かねばならないな」
イリファは軽くため息を吐いて、立ち上がる。
「礼を言う。
私は行かなければならない」
「止めるのは、無理だよ。危ないから家に帰った方が……」
「私が行くのは、この騒ぎを止めにではない。 那由他の災悪を、アジ・ダハーカを殺しに。 その仲間を見つけに」
ありがとう。 そう言って出ていく少女の言葉は、女性の耳に残る。 アジ・ダハーカを倒すと言う言葉は、魔物を見たこともない女性には、現実的なそれとは感じられなかったが、イリファの覚悟だけは伝わる。
「止める……べきなのかね」
一人きりになった部屋で、女性は呟くがそれを行動に移すことは出来なかった。
イリファが向かった先は、騒ぎの中心。 街の中心である。街の中心には、戦場とまでは行かないものの、刀傷沙汰がいくつも起こり、死人も多くはないが存在している。
ただ騒ぎを起こしたかっただけのイリファには誤算である。
そちらの騒ぎが大きすぎてイリファの元にまでまわってきていない。 イリファが倒れてしまい女性に匿われたからでもあるだろう。 もう夕空となっており、半日近く寝ていたことにイリファは舌打ちをする
「雨が、降りそうだな」
遠くの空には黒い雲が見える。
イリファは、あの雲が火消しでもしてくれればいいのだがと考える。
筋肉の過度の使用による痛みで足が痛むが、走らない訳にもいかない。 一秒遅れる毎に人が一人死ぬとすれば、足が使えなくなろうとも走るしかない。
だだっ広い街は、性に合わないと常々思っていたイリファである、その嫌味たらしい広い街並みに舌打ちをするのは仕方が無い。
イリファの土や草や血で薄汚れた服は、辿り着いた場所での違和感はなかった。 似たような赤い汚れがそこらに散っている。
ごろりと転がる人間が、イリファの目と合う。 視線などないだろう。
彼には意識どころか代謝すら存在しない。 なのに、彼はイリファを見ている。 少なくとも彼女にはそう感じる。
私のすべきことは、彼を追悼することではない。 イリファは情に揺れることはなく、人の波を掻き分けて行く。
抗議をする者と、それを押さえつける兵。
イリファはそれを目にし、お偉いさんが行っている間違いに対し、「間違いを直す」をしたくなるがそれは自分がやることではないと、息を整えて押さえつける。
魔法使いは、いない。
「私の言葉を聞けえええ! 私は朝にこのことを広めた物だ!!」
大騒ぎの中では、火が空を舞おうとそこまで目立つことは出来ずにいる。 だが、それでも見るものはいる。
「私は見ての通り魔法使いだ! この街にいるアールマティという魔法を使えるものがいれば、アジ・ダハーカは殺せる!」
火に怯えた人により、イリファの周りだけ人がいなくなり、際立って見える。
イリファが火を発しながら歩くと、人が割れて道が生まれる。
「聞いていただろう。 ここは私が止めておいてやる。 一時間だ。一時間以内にアールマティを連れてこい」
脅しに近いそれだが、騒ぎを鎮めるにはそれ以外の方法はないだろう。
いくら武器が兵の方が多く持っていたとしても、人数の差は大きい。 その気になれば瞬く間に蹂躙することができるだろう。
人は止まる。 動けない。
「連れてこい! 生きたいのならば! 人を、街を生かしたいのならば!」
アシャの炎が猛る。
使用者が、正義であればあるほど力を蓄えるアシャの炎は、大義のために友を捨て多くの人を捨てたイリファの正義を認めるように勢いを増す。
イリファの正義は研ぎ澄まされる。 刃のように無駄を削った正義感は、地を焼き尽くすようにイリファを囲う。
炎に触れるまでもなく、人は熱に呻きイリファから離れる。 地面の土が融けるほどの炎はイリファに従うように焼け広がらずにその場に留まる。
「騒ぎは終わりだ、アールマティがくれば、アジ・ダハーカを殺せる。 この騒ぎに意味はなくなる。
来なければ私が出てくるまで彼らを焼き尽くす。 それで終わりだ」
声は荒げなくともよく通る。 恐れか、それとも英雄に対する崇拝か……。
少なくともこの場において、彼女に物を言える者はいなかった。
彼女の元にまで人が来たのは、三十分ほどの時が流れた時間。
「お待たせしました……。 お嬢さん」
イリファの前にきたのは、小汚い男だ。 いや、小汚いと呼ぶには服は煌びやかに着飾り、服に汚れはない。
そうではあるがその印象は拭うことは出来ない。
「私が魔法使いの、ノール=クエイク=イラルフです」
にやりと笑う姿は、本人は気にしていないのだろうが、見ていて不快に感じる者は多いだろう。
華美に着飾られた服は、中から押し上げられて飾りや模様を歪め、口の周りには剃り残しが目立つ。
かなりの巨体であるのに、足だけは華奢で細さが目立つ。 果物に細い脚が生えているかのようなアンバランスな体型はお世辞にも健康的とは言い難い。
イリファは少し顔を歪めそうになるが、彼は来たという事実に第一印象の不快さを無理やり改める。
「来てくれてありがとう。 貴方のおかげで助かる命がたくさんあるだろう」
笑顔を作り、好意的に見えるように手を伸ばして握手を求める。
魔法使い同士の握手を見て、喜ぶものがいる。
「私達はこれからアジ・ダハーカの討伐に向かう! 抗議は終わりだ!
これから英雄ノール=クエイク=イラルフが帰ってくるまでに祭りの準備でもしておけ!」
イリファはノールに向き直る。
「では、行こう。 友に足止めしてもらっているんだ。 早く行かなければ死んでしまうだろう」
「……僕が死ぬことは、ないんですよね」
「知らん。 だが、やらねば確実に死ぬだけだ」
保身のために出てきたノールが、まだ見ぬアジ・ダハーカに恐れをなすのは当然であった。
イリファは、逃げもせずにやってきたノールを評価するが、同時にライアの言う「なんとか出来る奴」が本当に彼なのか、心配しながら街の外に向かおうとする。
「待ってください。 馬車と……兵を用意します。僕の魔法 は、人がいた方が効果的ですから」
イリファは上手く行き過ぎているようにも思うが、船を焼かれ、もう逃げ出すことすら出来なければこうもなるかと納得し、ノールの言葉通りに、馬車と兵を待つ。