16.【捜索】
アールマティという魔法を使える男を探す。
イリファの目的はそれだ。
一週間で、那由他の災悪は里のすぐそこにまでやってくる。
しかし、里から街に行くのに五日はかかる。 戻ってくるにも五日はかかる。 合計で十日、もしアールマティの魔法使いが街の外で待っていたとしても間に合いはしない。
そのためにライアが足止め、イリファが人探しと別れた。
ライアの再生能力とその再生能力を補助することの出来るアムルタートの魔法の組み合わせは、まさに不死である。
体を一瞬で消し去る「何か」があったとしても、一欠片髪の毛一本でも残れば、次の瞬間には再生し死に近づいたそれもアムルタートの吸収で元に戻る。
勿論、イリファは、ライアがそこまでの不死であることは知らない。
自分が探し出して戻るまでの間、彼が生き残ることが出来るとも思っていない。
ならば何故それを了承したのか。 簡単な計算だ。
重人種全員と多くの猿人種とライア一人、どちらの方が数が多いか。
小さく息を吐き出しながら、イリファは駆ける。
ライアが耐えられる時間も長くはないだろう。 急がなければならない。 イリファはそう考え、足を動かす。
幾ら急ごうと思い行動に移したとしても、猿人種の限界は早い。
魔法使いが生まれやすいなど、他、幾つかの理由により他種族を全て相手取り、圧倒した猿人種ではあるが、個々の地力は、低い。
限界だと感じてから、幾ら気力を振り絞って一歩前に進もうとも、二歩目はより苦しく動かない、それを越えても三歩目は動かない。 誰の目にも明らかだ、彼女には休息の必要がある。
少女は倒れ込む。 そしてそのまま睡眠に入る。
目が覚めたのは疲れが取れる前、月明かりに照らされる時間。
イリファを起こしたのは、月明かりを反射し光る目の持ち主。
「こんな時に……。 いや、幸運か」
もう少し休み、すぐに走り出したいと考えるものの、胃の中に何も入っていないことに気がつく。 このペースでも二日……三日は掛かることを頭に入れれば、この出会いは幸運である。
ーーアシャ。
球形や、放射状などの形状は存在しない。 ただの炎が言葉に反応し、目標物を覆うように着火する。
猫科の生物に見えるそれは、イリファがまともに姿を確認する前に元の姿を失い焼けた肉塊となる。
それを喰らい、腹に入れると、再び眠る。
美味いかまずいか、栄養価はどうかなど現在の状況では大した価値を持ちはしない。
大事の前の小事には興味を抱くことはなく、ただ走り、歩き、喰らい、寝る。
その甲斐もあり、三日で着くという非常な早さで猿人種の街にまで辿り着く。
「ああ、随分早く帰ってくることになったな。 こんな形になるとは」
感慨に耽る時間もなく、それを探す。 頼ることの出来る人間はイリファには存在しない。
故に彼女は、考えるしかない。 虱潰しで探すことは出来ない。
「考えろ。 あいつならどうやる。
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ」
答えは必ず存在するはずだと、イリファは思考を巡らせる。
彼女は本気で世界の全ての間違いを正そうと考えている。 伊達でやっている訳ではない。
それ故に、魔法では補いきれないものも身につけている。 一つは、体力。
もう一つは、知識だ。
知識を蓄えることによって、人探しは上手くいくのか。 それは、少なくともないよりは遥かにいい。
直接的に関係はなくとも、学習をすれば、学習の転移が起きる。
イリファは幾つかのパターンを考える。
アムルタートを見つけるための仲間を見つける。 どうやって? ライアのように都合が良い存在がゴロゴロいるとは思い難い。
虱潰し。 何ヶ月かかることか分かったものではない。
やはり、相手から来てもらうしかない。
アムルタートは、おそらく兵士であるとライアは言っていた。 つまり……大事を起こせばくる。
迷惑かもしれないが、大事の前の小事である。 大事を起こすと言っているのに小事扱いは妙であるが。
家を壊す? 人を殺す? 大暴れする?
アジ・ダハーカが迫る今ではその程度では重要な魔法使いを消費するかは分からない。 もっともっと大きなことで、イリファが可能なこと。
思いつく、そして走り出す。
ここでは効果が薄い、もっと人がいるところで。
数分走った後に、乱れた息を整える。 大きく息を吸い込み、魔法を上空に放つ。 イリファの意思に沿うように爆音を放ってアシャは立ち昇り、多くの人間の注目を集める。
溜めた息を大きく吐き出しながら喉をこれでもかと震わせる。
「私の!!話を!!聴けえええええ!!!!」
稀有な魔法使いの、そのまた珍しい行動は嫌でも目に留まる。
炎に釣られ、野次馬根性を出した人間が集まる。 その集まりもまた人の目につき、人を集める。
「この街に! 魔物がやってくる! 軍でも勝てないような化け物だ!」
必死に声を振り絞る少女の言葉を信じる者は少ない。 皆無と言っても過言ではないが、イリファはそれも気にも留めずに手札を一枚切る。
「その証拠に貴族は逃げる準備をしている! 船を作っているんだ!」
重人種が言っていた言葉を思い出す。 「平民は知らないだろうが」と、ならば知らしめてやればいい。
貴族や豪商のみが逃げのびようとしていることを白日の下に晒せば、騒ぎは起こる。
裏切られることにより起こる、怒り喪失感不快感嫌悪感、強い負の感情は連鎖する。
その事をイリファは嫌なほど知っていた。
戸惑う市民の中に、イリファの味方をするように一人の男が呟いた「そういや親父も、大工なのに……船を作らされたって……」。
その呟きで一気に、イリファの言葉の信頼性が高まる。 イリファは言葉を発する。
「我々も逃げなければならない! 魔物の名は、那由他の災悪……アジ・ダハーカ!!
この島は喰らいつくされる!!」
まだパニックは起こらない。 しかし、話が広まれば先程の男のように「裏付け」となり得る情報を持った人間がその情報を吐き出し、それを民衆は広めるだろう。
そうなれば、貴族や領主は対応せざるや得なくなる。 真っ先に行う対応は「イリファの口止め」に間違いはない。
口止めとはすなわち、抹殺。 イリファは人を集めるために魔法を見せびらかしたので、魔法使いであることぐらいは知れ渡るだろう。
一騎当千の相手をするのは普通の兵士のみだろうか。 それは考えにくいが、アムルタートの魔法使いがこなければ兵士を燃やしてしまえば、いつかはくる。
出来ることは行った。 無闇に移動して伝えていけば、イリファの場所の把握に遅れるかもしれないと、あまり動かずにその場に留まる。
三日も無理を極めた結果だろうか。 イリファは、後は待てばいいと思った瞬間に身体の力が抜け落ちて倒れる。
その姿は計算していた訳ではないが、妙な説得力を持っていた。
面倒見のいい女性が「これはたいへんだ」とイリファを抱きかかえて、近くの家にまで運び布団に寝かせる。
一日も経たない内に、噂は赤子にまで伝わるほど広まり、多くの人間が事の真偽を確かめるために領主の屋敷に押しかけ、そして数人が兵士に切り払われ、パニックが発生した。