表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/37

15.《廃里》


 どういうことだ。 無愛想ではあるが、敵意は感じられない。

 熱くなく温い茶など、むしろ私達に気を使っている節さえ感じる。


 おかしな態度と言葉。 何故だ、それの答えは私よりもイリファが早くに気がついた。


「それは……この里の中に女性と子供がいないのと関連があるのか?」


 イリファの目は、アイダではなく、その奥にある壁に描がかれた汚い絵を見つめていた。

 その言葉におかしさの元に気がつく。 私は、女性や子供どころか重人を見つけることすら出来なかったので、彼女ほど早くに辿り着くことが出来なかったが、この家の違和に気がつく。


 四つもある椅子があるということは妻か子供でもいそうなものであるが、畑にもいなかったのに家の中にも彼女らはいない。

 それはつまり、妻などがいるはずなのに里にはいないとも取れる。


「ああ、そうだ」


 アイダは溜息を吐いて、椅子にもたれ掛かる。


「無駄に仰々しく言うつもりはねえが。 あれには誰も勝てない。

化けもんだ」


 その態度と言葉だけで、イリファは答えに辿り着く。


「化けもん、魔物か。 それでその魔物に勝てないから……女子供を逃がした。 といったところか、だが納得のいかない点があるな。

全員で逃げればよかっただろう?」


 勝てないと分かっている相手ならば逃げる。 それが基本だろう。

 戦士の矜恃とやらは知りはしないが、妻子達を捨ててまで死地に赴くのも妙な話である。


「無理……なんだ。 女子供を逃がしたと言えど、それも一時的なものだ。 確実に死ぬ。 あれを殺せなければ」


 あれとは何か。 分かりはしない。 経験の不足か、知識の不足か。

 二杯目の茶を淹れてもらい、すぐに飲み干す。


「あれとはなんだ。 どういう生き物だ。 何故逃げることが出来ない」


 アイダは椅子から立ち上がり、棚から地図を取り出す。

 見覚えがあるので、イリファが持っているものと同じ地図か。 だが、幾つも印と文字が書かれている。


那由他の災悪(アジ・ダハーカ)……」


 イリファの口から、何かの単語が漏れ出す。 どういう意味を持つ言葉なのかは分からない。

 さっきから、着いていくことが出来ないことだらけだ。


「アジ・ダハーカは、現在ここにいる」


 おそらく重人種が「勝てない」魔物のことだろう。 それはこの島の端にいるらしい。

 「ここがこの里だ」と、アイダが言う。 地図の見方は分からないのでどれほどの距離があるのかは分からないが、そう近い訳でもなく逃げ出すことは出来そうだ。


「ここが猿人種の街だ。 妻子は、この端に避難させてもらっている」


 里のすぐ近くの大きな丸を指差す。


「なんで逃げ出す事が出来ないんだ?」


 どうも話が飲み込めず、アイダに尋ねる。 現に今そこまで逃げているではないか。


「アジ・ダハーカは、人を喰らいにくる。 移動は遅いが、この島にいれば確実に喰らいにやってくる」


「なら、島から逃げ出せば」


 アイダは拳を握りしめて、声を発する。


「俺達は……無理だ。 重すぎる。 軽い木材で作れば、壊れる。 俺達が乗っても壊れないような、ここらの木材だと浮かびもしない」


 そんな様子のアイダに、イリファはどうも納得が様子で首を捻る。

 私は逃げる方法があるならとっくに逃げているだろうと尋ねるのを止め、アジ・ダハーカについて考える。


「壊れる……? 大きな船を用意して、それを数人で乗ればいいだろう。 確かに、数人で航海は大変だろうが……」


「そんな船を大量に用意出来るほど、時間も造船技術も、人数も足りない。

そもそも、俺達は船を作ることは出来ない」


「ならば、猿人種に頼めば……」


「交易はあるが、あっちも今大忙しだ、別の人種の前に自分達からだ。 まあ平民の分までは作らないだろうから、知らないだろうがな」


 イリファは押し黙る。 逃げ出すことも出来ないそれに立ち向かう彼に声をかけることが出来ないのだろう。


 三杯目の茶を飲む。

 逃げ出すべきか? それは、俺が生きていると言えるのか。

 この島から逃げ出して故郷を探すのも一つの生き方だ。


 ーー分からない。 分からないときは……死に生きろ。


「よかったな。 戦争は終わる。

猿人種はこれで力を失い、侵略も略奪も出来なくなる」


 イリファの目的は達成される。 何もせずに逃げ出すならば。

 重い椅子を退けて、私は立つ。


「それで、戦争が終わるのか」


「ああ」


 お茶を入れている容器を取って、自分の湯のみに入れる。 そして座る。


「……それで、いい……」


 イリファを見る。 その顔は苦渋の決断をしようとしているようだ。

 このままだと、この島にいる人はアジ・ダハーカに食われる。 どうにかすれば、この島以外にもある人間同士の殺し合いが続く。


「……訳が、ない。 愚問だ! どちらも私が止めればいいだけのこと!

アジ・ダハーカを仕留める! そして私の名を知らしめ、戦争を止めるための組織を作る!」


 馬鹿馬鹿しい話だ。

 アイダ達、重人種は倒すことを諦めていた。 それほどの相手に一個人が、倒すことによって起こる利益と不利益だけで迷っていたのだ。

 倒せるのは当たり前。 その上でどちらの方がいいかを考えていた。 一人の少女がだ。


「何を……言っている」


 アイダが表情を強張らせる。


「私が倒す。 人の不幸を見逃せる正義があるものか。 私はーー間違いを直す!」


 思わずヘラヘラと笑いそうになるが、口を閉じる。


「勝てないと、言っている」


「私なら勝てる。 私の炎は全てに勝つ」


 全てのお茶を飲み干して、私は外に出ることをお勧めする。

 とりあえず、炎を見せるだけ見せればいいだろう。


 外に出る。 イリファは空に向かって、火を出す。

 紅い火は、熱量をこちらに伝えるほどの勢いを見せつける。

 自信のありそうなイリファにアイダは言う。




「無理だ。 通用しない」




■■■■■■■■■■■


「アムルタート」


 狼から生を奪う。 修行の成果……というよりかは毎日の狩りに使っているためにか、根を伸ばせる距離は速さ精密性が上がってきている。

 尤も、アイダや他の重人種曰く「何の足しにもならない」らしいけれど。


 すぐに生き耐えた狼を里にまで運ぶ。 里までは結構な距離があるが、里の近くの場所では動物を仕留めても運べないので仕方ない。


 里まで帰ると、お通夜のように暗い人達が剣を磨いたりなどのことをしている。

 負けることが分かっていても、存在しない可能性を信じることで戦うらしい。 私のように、死なないのならば分からなくもないが。


 どれほど強くとも、吸い取り続ければ勝てるだろう。

 そんな余裕が私にはあり、生きるための食物などを運んだりしているのだ。


「いつも悪いな。 ライア」


 イリファも他の人と同じように武器を磨いている。 武器というのは魔法のことであり、魔法の修行をしているらしい。

 魔法の修行とは、イリファの場合は「正義であること。」らしい。


 魔法とは精神などに密接に関係しているらしく、その魔法に向いている精神であれば強くなるとか。

 私の魔法も強くなっているので何かしらの条件を満たしているはずなのだが、どうなれば私の魔法に向いている精神なのかが分からないために、毎日上がっていくので同じような行動を重ねる。


 狩りが終われば、イリファとの作戦会議の時間だ。


 アイダの家に邪魔して、与えられた情報を元にああでもこうでもないと、相談を重ねるが、策は完成しない。


 敵は、那由他の災悪。 那由他とは1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000

 アジ・ダハーカはそれぐらいの数の害虫、毒虫、毒蛇、蜥蜴などの集団の塊である一個体であるらしい。

 那由他の生物が敵とあってはどうしようもない。一秒で一億体倒しても倒し切るには1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000秒かかる、それだけあれば寿命が尽きてしまう。


 幾ら私といえどもそんなのを倒し切る方法はない。 そう思っていたが、思いつく。


「イリファは、一箇所に集ま(・・・・・・)っていたら(・・・・・)殺せるか?」


「だが、あいつらはバラバラの場所にいるだろ?」


「知り合い……とは違うが、あいつらを集めれる奴がいる」


 猿人種の魔法兵。 名前も分からないが……彼の魔法は、相性がいいだろう。


「呼んできてくれ。 私は猿人種の街には入れないが、イリファならば入れるだろう。

五年も前だから生きているかは分からないが……」


「分かった。 呼んでこよう。 名前は? どこにいる?」


「分からない」


「分からないって、もう……一週間もすればやってくるんだぞ?」


 もう、ほとんどタイムリミットだ。 一週間で、名前も居場所も分からない人を探して連れてくるのは不可能に近いだろう。


「私が、足止めをしよう」


「……死ぬ気か?」


「いや、私は死なんだろう。 服はボロボロになるだろうから、きた時は変えの服も頼む」


 それだけ言って、立ち上がる。 アイダのおっさんに挨拶は……いらないか。

 善は急げという、足止めするには早く行くべきだろう。


「……分かった」


「イリファは【アールマティ】という魔法が使える奴を探してきてくれ。

五年前は警備だか兵隊だか、分からないことをしていた」


 イリファは頷く。 それから、椅子から立ち上がった私の元まできて、覆い被さるように抱きしめる。


「足止め、頼んだ」


 いい匂いがする。 女の子の匂いだ。

 これで足止めに成功すれば、一躍英雄かもしれない。 そうすれば、かわいい女の子を侍らせて美味いもの食って寝るだけの仕事に着くことが出来る。


 悪くない。 英雄になったら、好みの弱い女の子を侍らせよう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ