14.《重人》
数メートル離れても、暑さではなく、熱さを感じる。
それだけの熱量を持った炎は、怪鳥を容易く殺した。
魔法の名は、アシャ。 イリファはその光景を当然のようにして受け入れる。 それも当然ながら、少女が起こしたものなのだから。
「これは……すごいな」
武器を持っていないのも納得出来る。 そこらの剣や槍など、これだけの力を持った少女には邪魔な重しにしかならないか。
私でも、燃やし尽くされるかもしれないと考えると……イリファの近くはどうも恐ろしい。
「ふふ、そうだろう。 じゃあ、せっかくお昼ご飯が出来た事だ。 一緒に食べようか。
ライアも、腹が減ってるだろ?」
そう言われて、もう一週間も何も口にしていないことに気がつく。 アムルタートによる吸収で生きることはそう難しくなかったが、調理は刃物や炎がなかったがために諦めたんだ。
確かに空腹ではある。 が、しかし、宗教上の都合というものがある。 こんがり焼けたとしてもそれは避ける方がいいだろう。
「……ありがたいんだけど、私は死んでから一日置いたのじゃないとな……」
「あぁ、すまない……そういうのがあるのか」
イリファは特に気にした様子もなく、鳥の解体を始める。 やはりナイフは持っていたらしい。
刃物は刃人種の生態を真似て生み出された、しかし刃物はどれも刃人種のものより性能はよくない。
現在の技術の限界なのか、どうしても刃の鋭さは半端で人ならばともかく獣を捌くのには性能が不足している。
それはイリファが如何に優れた魔法を持っていたとしても不変であり、素人目から見ても手こずっているように思える。
「手伝うよ。 多分君よりかは力もあるだろう」
絨毯を置いて、イリファの横に行く。燃えてボロボロになった毛を払うと、なんとなく美味しそうにみえる。
「悪いな。 ちょっとそっち抑えていてくれ」
「おうよ」
私が抑えることで両手が使えるようになったイリファは解体というには無駄を多く作りながら食べれる場所を切り出していく。
中まで焼けてはいない上に、血抜きもしていないそれから変な赤黒い液体が溢れ出てくるが、素人の仕事にしては許容範囲だろう。
解体が終わり、相当に無駄を生み出したそれの食えない部分は一箇所に集められる。
「アシャ」
疫病予防だろうか? いやこの程度の死骸では発生しないだろう。 弔いの意味でもあるのだろうか。
精人神の教えは知らないので、分かりはしないが。
「えーっと、ライアは食わないのか? 半分置いておこうか」
「いや、食えるのなら全部食べたらいい。
イリファは今みたいに運良く動物が来ないと、食事にもありつけないだろ?」
そう言ってから、地面の草を引き抜いてイリファに見せつける。
「私は、食わなくてもこれがあるから大丈夫だ。
アムルタート」
草が萎び、枯れ、朽ちる。 その一連に驚いたようにイリファは口を開ける。
「これは……魔法か。私以外の 魔法使いに出会ったのは初めてだ。
いや、異種族も初めてだが」
私の魔法に驚き動きを止めたイリファに付け加えるように説明をする。
「魔法名はアムルタート。 転けにくくすることと、生を吸収することが出来る魔法だ。
当然、吸収したのは私のものになるから、物を喰らう必要はない」
絨毯を地面に敷き、そこに座る。
イリファはへらりと笑って、絨毯の上にやってくる。
「なるほど。 私とライアには、何か運命のようなものがありそうだな」
「別嬪さんにそんなことを言われるとは光栄だな」
口の横から鳥の血が溢れていなければ、絵になっていただろうにと少し残念に思う。
昔は、主人の友人のように女の子に囲まれて過ごしたいと思っていたが、実際に美しい少女を見たのに、イリファにはどうもそういう気分にならない。
私が見たことある女の子は、主人の友人の奴隷達と、奴隷商のところの奴隷を数人、アドラだったか龍人種の女の子に、名前も知らない……あの時の女の子ぐらいか。
うーむ、イリファは何と無く理想と違うからだろうか。 もっとおしとやかというか……こう、弱い女の子がいい。
「ん? ライアは……もしかして、女ではないのか?」
「おう。 私は男だぞ」
隣に座る少女から肉の匂いがする。 正直私も食べたい。口から出そうになるヨダレを飲み込む。
女の子よりも今は肉が欲しい。 主人のところの肉が懐かしい。
人里に着いたら、アムルタートを使って猟師でもしてみよう。 半分渡す代わりに、料理してもらうとかで。
「そう……なのか。 異種族はそういうものなのか……」
半生種が私のような容姿の人ばかりなのかは分からないのでとりあえず黙っておこう。
しばらく、イリファが食べ終わるのを待っていると、食べきれなかった肉を袋で包む。
私はその袋を掴み。 「絨毯以外何も持ってないから、私が持つよ」。
無駄にした部分が多いとはいえ、元々が大きな怪鳥だ、かなり重い。
「大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ。 半生種には疲れがないからな」
正確には疲れる前に回復するのだが、まあそれはどうでもいい。
時々歩きながら下の地面をアムルタートで吸収して回復しながら歩いていると、遠くに大きな鳥が見える。
いつも見る怪鳥とは羽の色が違う白色で、姿もずんぐりとして太っているように思える。
「もう、重人種の里に近いな」
あれはなんか美味そうだなと思っていると、イリファがそんな言葉を口に出す。
生息地が限られているような生物なのか、太っちょ鳥は。
「あの鳥って飛べそうにないな」
太鳥を指差して言うと、イリファは頷く。
「ああ、あれは飛ばない」
その説明に、飛ばない鳥って……ただの餌ではないかと思っていると鳥が走り出した。
一歩地面に着くたびに大きな音を踏み鳴らした鳥は、その容姿からは分からないほどに早い。
「マジかよ。 何あれ、怖。 魔物?」
随分と大きな音を出しているのを見ると、見た目よりも……重たそうだ。
「いや、ここら辺に生息する動物で。
……あれは重鳥と言って、見た目では分からないだろうが、1tほどあるらしい」
私の三十倍程度の重さか……あの速さでタックルでもされたらバラバラになりそうだな、怖い。
初めて見る生物に恐れそうになるが、こちらには興味がなさそうなので問題はないとイリファについていく。
「ここらの生き物は全て、重いらしいぞ」
そういう場所なのか。 そう言えば、故郷の動物は皆しぶとかったな。
場所により強い生物や弱い生物がいるのも、少しずつではないが差があるのも当然だろう。
それでもまた歩いていると、いつもと景色が違うことに気がつく。
「鳥が、飛んでないな」
「ああ、鳥も重いから、あの鳥のようにならないとまともに動けないからな」
「ダイエットしろよ……。 ここに飛べる鳥とか離したら無双しそうだよな」
私のその言葉に、イリファは笑って答える。
「昔はいたらしいんだがな、飛ぶ鳥も。
簡単に仕留めれるとかで重人に食われまくったらしい」
重人が食って絶滅したのかよ。
そんな会話のせいで、まだ見ぬ重人種に軽い恐れを感じていると、畑らしきものが見えてくる。
「やっと着いた……」
彼女がどれほど旅をしてきたのかは分からないが、その顔は達成感と喜びで溢れていた。
この地域のこともよく知っていたようなので、思いつきや何かできた訳では無く、しっかりと調べた上できたのだろう。
心の中で賞賛していると、どんどん畑や家などが見えてくる。
「ここが、重人種の里か。 立派だ」
イリファの言葉に、頭の中で同意する。
猿人種の街のように新しく華美な街並みとは違うが、ただのそこらの家でさえ頑強な造りであることが見える。
立派なのは家一件一件だけでなく、並びも考えられているのか乱雑に建てられてはいない。
木製の家だが、美しいとさえ感じる。
「これから、どうするんだ?」
「とりあえず話してみるさ。 聞いていた通りの人達とは限らない」
そんなものか。 まあ何をするにしても話してからでないと意味もないか。
私達ら少し大きめの道を通っている。 人里のはずなのに、人気は少ない。
余所者への警戒というのならば違和はないが、女と子供の二人を相手にここまで警戒するものか?
警戒と仮定するにはどうにも理由付けが薄くなる。
「人がいないわけでもないな。 視線を感じる」
視線を感じる。 イリファの言葉を信じるとしたら、私達を観察しているらしい。
やはり警戒か? 考えていると、後ろから足音が聞こえる。
「こんなところまで何の用だ?」
赤黒い髪に紅い眼の男。 浅黒い肌からは力強さを感じられる。 背は私よりも頭二つ分は高く、身体は筋肉質だ。
原人属の重人種……。 今日初めて知った種族だが、多少の前知識はある。 重い。 それだけしかない。
「間違いを……止めにきた!」
そう宣言するイリファに溜息を吐く。 それでは重人種が間違いを犯しているかのようだ。
「えーっと、イリファは……いや、私達は戦争を止めようと思っていて、それの協力を頼みたくて」
一応、デカイ鳥から救ってもらった恩返しに代わりに説明する。
その説明に納得いったのか、いかなかったのかは分からないが重人種の男は後ろを向く。
「こちらに来い」
隣のイリファを見ようとすると、もうそこにイリファの金の髪は目に入らない。
男の方を向くと、既にイリファが付いていっていた。 彼女の行動の早さには関心するしかない。
里の中はそう広くなく、男の家なのか、立派な家の中に男は入っていく。 その後ろにイリファが付いていったので、私も続く。
四つある椅子があるテーブルにまで男に案内され、「座れ」と命じられる。
椅子を引こうとするが、重い、10kg近くありそうだ。
そういえば、イリファが来る前に「全ての生き物が重い」と言っていた。 動物だけでなく、木などの植物も重く、それから作られた椅子も重い……といったところか。
ただ椅子に座るだけでも一苦労だなと思っていると、私とイリファの前に茶が置かれる。
そう言えば、水分を口にするのは久しぶりである。
遠慮なくいただこうと湯呑みを掴むが、持ち上げるのも多少苦しい。
数日ぶりの水分が喉を潤す。 男の好感度が上がりまくりだ。
「私はイリファ=ソーラトヒ=メヘル。 間違ったものの際たる例である戦争を止めようとしている」
「あっ、私も言う感じか。
ライア=デダストイ=ノーディス。 縁有って、イリファに着いてきた」
椅子に座っても私よりも遥かに大きな男も口を開く。
「俺はアイダ=キセウゴコ=イラルフだ。
時間がないので、初めに結論かは言っておこう。 帰れ」
辛辣な言葉を発した男からは、敵意を感じることは出来なかった。