13.《義者》
絨毯を敷いて、日に当たって日向ぼっこ。 それが私の日課にすることに決めてから数日。
相変わらず妙に私に寄ってたかってくる生物達。
運が良かったのか、まだ魔物には出会っていないが、なかなか厄介そうな獣がよってきている。
怪鳥、以上な大きさを誇り、私の体を簡単に持ち上げることが出来る化け物のような存在だ。
下に敷いていた絨毯を掴み、無くさないようにしてから怪鳥に連れ去られる。
「アムルタート」
初めは忘れていて気がつかなかったが、鳥は空を飛ぶためには体を軽くする必要があり、体を軽くするために骨が軽く脳が小さいらしい。
つまりは、私というなかなかの重さを持つ物を持ち運ぶのは見た目よりも苦労をしているということだ。
そこに、生を奪い生物を弱らせることの出来るアムルタートを使えばどうなるか。 すぐに落下とまでは行かないが、羽ばたき高く飛ぶことよりも滑空するように移動することが増え、高度が下がる。 それでも吸い続ければ、離してくれるのだ。
そこまで吸うとかなり弱らせてしまうので、回復するまでの間は、雛に餌を持って行くのが遅れるだろう。 雛のことも少し不憫に思うが仕方ない。 私を襲ったのが運の尽きとでも思うしかない。
今日はあまり遠くに運ばれなかったが、また絨毯を敷いて寝るには興が冷めてしまった。
そろそろ、歩くとするか。
一歩踏み出してみれば、一歩だけ進み、一歩分だけ前の物が見える。
二歩目を踏み出せば、二歩だけ前へと進んで、二歩前の物が見える。
それが普通なのだが、今は少し勝手が違うらしく、一歩踏み出してみると、一歩前に進んで、二歩分前の物がよく見えるようになる。
数歩、歩いてみるとそれは分かりやすく私の目に映る。 倍の数だけ近寄るのは当然である。 その物……いや、その人間も歩いているのだから。
手を挙げて、軽く振ってみると相手も振り替えしてくれる。
友好的であることを確認した後は、少し進む角度を変えて彼、または彼女に向かう。
視認が容易で、目を凝らす必要がなくなった辺りで歩きながら彼女を観察する。
性別は女性だろう。 太っている訳でもなくどちらかと言うと細身であるが、ゆったりとした服に身を包んだ丸みがある柔らかそうな体躯には女性らしさがある。
背は私よりも高そうで、髪は私と同じ程度……肩の辺りにまで伸びている。 尤も、灰色の髪でボサボサの私と、金の髪でさらりと流れる彼女のでは同じ程度の長さでも随分と違う印象だろうが。
歳は、私よりも一つ二つ上の14.15辺りだろうか? まあ一部の種族ならば容姿は当てにならないが。
容姿により判別していると、少女も目が合い、微笑む。
美しいと評しても良いほどに整った顔の少女に微笑まれてはどうも恥ずかしい。 会釈を返して顔を上げるともう簡単に声が届きそうな位置である。
人恋さみしさに少し早歩きになっていたのかもしれない。
「こんにちは」
「こんにちは」
少女が微笑みながら私に話しかける。 旅人同士?そういう風に話もするものなのか。
私が久しぶりの人間との会話で戸惑っていると少女が再び口を開く。
「やあ、一人旅か?」
「あ、ああ。 貴女もなのかな?」
どうも、こんな時になんて会話をすればいいのかが分からずに聞かれたことをそのまま返してしまう。
だが、なんとなく緊張しているのが馬鹿らしくなり肩の力が抜ける。
「ああ、私は世直しの旅をしている。 イリファ=ソーラトヒ=メヘルという」
少女もといイリファは、何かの御伽噺のような自己紹介と共に私に向かい手を伸ばす。
名前の最初の区切り、イリファは個人としての名で、ソーラは家名、そしてメヘルは信仰する神の名で、精人神は精人属達が主に信仰していた筈だが……少女イリファにその種族の特徴は見られない。
「世直し……ね。
私は、ライア=デダストイ=ノーディス。 デカイ鳥に連れ去られてしまって旅をしている」
奴隷という過去は褒められたものではない。 どちらかと言うと恥じるのが一般的であり、人によっては差別されることもあるので、逃げ出してきたことは隠して鳥に連れ去られたことにする。 あながち嘘だけでもないので、連れ去られた時のことを聞かれてもリアリティを持って話すことが出来る。
「ノーディス、死人属か。
ああ、私は種族としては原人属だ。 私の神はメヘルなんだが」
原人属、つまりは猿人種もしくはその近縁種である。 捕まったことの苦手意識から、少し身構えるがそれを否定するように信仰する神の名前を言う。
世直しの旅といい、どうも変わり種のようらしく、多少警戒が揺らぐ。
少なくともイリファから敵意は感じないことも勘定に入れると、最悪の場合でも戦闘にはならないと判断を付けてイリファの目を見る。
「世直しの旅か、どんなことをしているんだ?」
当初の目的、何かを見つけるまで太陽の沈む方向に進むからすると、この少女が適当に放浪しているのではなく近くに街や里、村を知っているのだとすればついて行きたい。 そこで故郷についての情報を集めてみたりするといいだろう。
そのために、イリファの人なりと目的を知り仲良くなるための質問をする。
「この世界は、間違っていることが多い」
イリファは近くにいる私一人に、まるで演説をするように大きな声で話す。
「ーーそれを、直す旅だ!」
予想以上に単純、そして短かった。 もしかしたら阿呆なのかもしれないと感じるところもあるが、なんとなく悪い人間のようには思えない。
猿人種相手に好意的になるのは忌避感もあるけれど、この人物ならば数日ついていく程度なら我慢も出来よう。
しかしながら多少は試してみてもいいか。
「どうやって直すんだ? そもそも、イリファが間違っているかもしれないんじゃないか?」
意地の悪い質問に、イリファは元々答えがあったかのように間を置くこともせずに答える。
「私は正しくあろうとしているんだ、正しくあろうともしない人間よりかは正しいだろう」
「……なるほど。 尤もだ」
イリファの言葉は真を突いているかのような重みがある。 確かに間違ってはいないのだろう。
間違いを正そうとしない人よりかは正しい可能性が高いことも否定出来ない。
何より、単純な答えが気に入った。 一先ずは少女についていくのも一興か。
「だろう?」
自慢気に笑う少女に頷く。
「ところでイリファは、どこに向かっているんだ?」
「ん、この原人属の一種である、重人種達の里に目指している。
この長い異種族間の戦争を終わらせるために、猿人種とも、多種族とも交友のある種に……そうだな、仲介は無理でも、異種族と話をしたいのだ。
そういうことならば、今ライアと出会えたことで達成はしたのだがな」
異種族との対話を求めるのは正義を見極めるために、だろうか。
「重人種……だったか。 原人属の一種か……。 私が着いていっても大丈夫であれば、そこまで連れていってもらいたいのだけれど。
見た目通り絨毯しか持っていなくてね。 どうも参っているんだ。
勿論迷惑というのならば、無理は言わないが」
原人属は傲慢な性質があると聞いたことがあり、実感としてもあるが、異種族との交流があるのならば、猿人種のように奴隷にしたり見世物するなどの暴挙を行っていないと考えられる。
そもそも、イリファの考えは正しい。 話したこともない異種族を決めつけ冒涜するのも間違っているだろう。
まずは目で確かめてから、逃げ出すなりそこでしばらく情報を集めるなりすれば良いだけだ。
イリファは少しの沈黙の後、私の目を見て頭を下げる。
「すまないライア。 今、私は君が物盗りではないかと疑ってしまった」
突然の謝罪に「どういうことだ」と一瞬戸惑うが、なんとなくではあるが理解する。
「いや、こんな軽装で歩いている奴を警戒するのは当然だろう」
「私は当然とされている間違いを正そうとしているのだ。 それなのに、当然の過ちは看過すべきものではない」
なるほど、そういうことか。
納得とは違うが、イリファという少女の表層を理解する。
「……自衛の一つだ。 自衛は悪ではないだろう」
「いや。 ん……それもそうか?」
少し納得もいっていないように思えるが、質問も反論もない。
これから共にイリファと過ごすとしたら、反撃すら出来なくなる。 私の魔法と生態ならば、生き残ることは容易でもあるが、それはさすがに避けたい。
身体の方向を変えて、絨毯を背負いなおす。
「当然だろ。 生きていることには必須だし、生きていることを悪と呼ぶのはおかしい」
そんなものかと納得してくれたイリファの横に立って、歩く。
私に釣られて歩き始めたイリファをもう一度観察する。
当然、先程と何ら変わらないけれど、何か違和感が彼女にはある。
旅人らしい服装は似合っていないが、それではない。
大きな鞄も少し不釣り合いだが違和感ほどでもない。
そしてすぐに気が付く。 とても分かりやすく違和感だ。
彼女は武器を携帯していない。 ナイフ程度ならば鞄の中に入っているかもしれないけれど、動物や魔物……不幸なパターンとしては、人間の物盗りも考えられる。
こんな人がいないところにまでいるとは考え難いけれど。
尋ねるべきか否かを考えているとイリファも私をチラチラと観察しているようだ。
時々、方位磁石のようなものと地図を見比べてから周りをキョロキョロし出しているが、頻繁に私の方を見ている。
「ライア、失礼かもしれないのだが、なんで絨毯しか持っていないんだ?」
正直に答えるべきか、嘘を吐いてみるか。
変に間を置くと疑れてしまうかもしれない、まあ彼女ならおそらく信じるだろうが。
一瞬の間を置く。
彼女の性格からすると、奴隷であったことを明かしたとしても敵意的になりはしないだろう。
「私は奴隷でな。 まあ逃げ出してきたんだ。 それで、草原に出たと思ったら、デカイ鳥に巣運ばれて……そこから何とか逃げた森の中にあった廃墟に敷いてあった」
「なるほど……?」
「寝る時に身体に巻きつけると暖も取れて意外と快適なんだ」
イリファは少し笑う。
信頼の証拠としてその笑顔を受け取り、武器について尋ねることも忘れる。
しばらく歩いていると、前から鳥がやってくる。
遠くにいるのにその獣がよく見えるのは、私の目がよくなったわけではない。
その証拠として隣の金髪の少女も止まり前を見据える。
「あの鳥か? さっきの話のやつは」
「あ、ああそうだ」
また連れ去られるのか、人里は遠い夢だったなと諦めて傍観していると、少女が鞄を置いて、右手を鳥に向けて、左手で私の頭を撫でる。
「安心しろ、ライア。
君の横にいる私は、絶対負けない正義の味方だ」
鳥が迫る。 絨毯を握り締めて、連れ去られても大丈夫なようにする。
しかしその行動は意味がなかった。
ーーアシャ。
凛と澄ませたイリファの声が耳を通り抜ける。 たった二つの発音のみであるのに、それは歌のようである。
歌と評したそれの伴奏は、歌とは対象的にあまりに荒々しい。
怪鳥の肉が焼け盛る音と、怪鳥の断末魔。 美しい声にはあまりに差が酷い。
「魔法……」
いつかの魔法兵の【大地化】や、私の【吸収】に比べても随分と直接的な攻撃能力。 なるほど、武器を持っていないのはこのためか。
肌が数メートル離れても焼けてしまいそうなほど大きな火炎を眺めながら、一人で納得する。
隣の少女は、私を守れたのがよっぽど嬉しかったのか、綺麗に笑っている。 赤色の光に照らされたその横顔は、見惚れてしまうほどに美しい。