12.《一人旅》
鳥の巣というのは、意外と臭い。 結構前に主人が「ライアの掛け布団は高級羽毛で作ったんだぞ」などと言っていたので、羽毛というのはお日様の匂いのようないい香りがするものと思っていたのだが、普通に臭い。 獣臭さと糞の匂いがひどい。
なるほど、これが高級羽毛と安物の羽毛との差なのか。
安物羽毛布団(雛達)に囲まれていると、私を連れてきた親鳥が私の腕を食いちぎり咀嚼する。
その後に口移しで雛に移していく。
雛は飛べないと聞いていて、どうやって餌を得ているのだと思っていたが、なるほど、親鳥が餌をやっていたのか。 親の愛とは素晴らしいものである。
こういう食われ方なら、咀嚼されている間になんとか再生できるので全死することもなさそうだ。
しかしながら、逃げ出すのも難しい。 非常にデカイ木の上に巣を作っているらしく、下を見てみると、数メートル下に普通の木が見える。
飛び降りればミンチになるかもしれない。 死に切ることはないだろうが、無事と呼ぶには多少不恰好なレベルの姿になるだろう。
しかしながら、このまま食われ続けたら……服がヤバイことになるだろう。 今の状態でさえ、右半分だけ腹だしの左側だけノースリーブの妙な状態だ。
ズボンは無傷なのがありがたいが、放って置けば全裸にまで剥かれてしまうだろう。
一応人里を探していることを考えると、これ以上はだけるのは勘弁していただきたい。
歯を食いしばり、これからくるであろう痛みを耐える準備をする。
ーーアルムタート。
巣の、私の真下が朽ちて潰れる。 そのまま垂直に落下し、下にあった木の枝に服を裂かれ、落下速度が減退する。
地面に落ちたと同時に体が飛び散る。
体が潰れているために動くことが出来ずに、空から鳥が来るかと怯えるが、追ってくることはなかった。
雛鳥の腹が満腹にでもなったのか、それとも木が茂っている中には入り込めないためか。
何にせよ、運がいい。 服はやはりボロボロにはなってしまったが……人里を発見するまで寒いのを我慢すればいいだけである。
森の中には獣人属が里を作っていることもあるらしいので、痕跡らしきものを見つければ探すのもいいだろう。
まだ猿人種の街が近いのでない可能性は高いだろうが。
鬱蒼とした森の中はどうも視界が悪く、痕跡を見つけるのは難しいだろう。 ほとんど諦め気味で歩いていると、草の生えていない小さな獣道のようなものが見つかる。
他の生物の通り道かもしれないが、他に何もないのだし、今歩いている場所よりかは歩きやすいこともあるので行ってみる価値はあるだろう。
気になる点は……道の横に生えている草が真っ直ぐ伸びているところか、普通ならば踏まれるなどして、道を避けるようになっているものだろう。
そう考えると、多少不自然ではあるが……まあどうでもいい。 獣道を通り、途切れたところから歩きやすそうな道を歩く。
また見つかった獣道をと、森の中を歩き続けると。獣道とは言い難いほどに歩きやすい場所に出る。
そこから周りを見渡すと、家らしきものが数軒見える。
だが、どうも様子がおかしい。 木製の家はしっかりとした造りのように思えるが、蔓が家に張り付いてしまっている。
少し駆けて近寄ってみると、どうも人が住んでいないようだ。
猿人種の家とは少し造りが違い、鍵はない。 「お邪魔します」と誰にでもなく言ってから中に入り込む。
外と変わらない温度ではあるが、風がないためにほんの少し暖かい。 机や棚などは残っているが、これはここに何者かが住んでいる証拠ではなく嵩張るために置いて行ったからだろう。
その証拠に生活に必須である刃物や薪、食料などの備蓄はない。 猿人の開発が迫ってきたから逃げたのだろう。
主人の話によると、昔は獣人と猿人は仲が良かったらしいので、今の考えは私の勘違いでただ引越しただけかもしれないが。
部屋を探ると、絨毯のような厚手の布が見つかる。 他の家に服が見つからなければ、これを体に巻くでもして暖を取ることにする。
部屋から出て、次の家を見ると台所らしき場所にまな板……というにはボロボロな板を見つける。
持ってみると、下から虫が湧いて出たのですぐに離す。
板の他には、水を入れるための桶と数冊の本、小汚さが残るが、本は珍しい。
まあ、文字が読めない私には無用の長物としか言いようがないけれど。
棚の中には女性物の服が数着。 似合わない事はないだろうが、これは最終手段となるだろう。
次の家には普通に男物の服があった、随分と体格のいい人だったのか、少しどころではなくぶかぶかで不恰好になるが紐か何かで縛れば着れなくもない。
他には、特に何も見つからない。 家自体小さいので大して期待はしていなかったが。
最後の家には、腐った果汁の入った樽があった。 他にも馬に付けるための蔵らしきものと、馬小屋もあった。
残念ながら他には何も見つからない。
獣人属は、あまり大勢で集まって暮らしたりはしない。 狩猟が主な生活基盤となっているので、集まりすぎると森から動物がいなくなる。 農業などもすることはあるらしいが、それらしい道具も場所もないので、この集落はこれで終わりなのだろう。
結局、服とデカイ布は見つかったが……大した物は見つからなかったな。
まあ旅を始めて二日目の収穫としては充分以上には恵まれている。
日も暮れはじめているので、今日はここで一泊することにしよう。 最初の家にまで戻り、絨毯を体に巻きつけて目を瞑る。
精神的に疲れが溜まっていたのか、簡単に意識がなくなる。
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夢を見た。 大した夢ではない、昔の夢だ。
初めて逃げ出した時のことをただもう一度体験した気分だ。
なまくらと共に少女を救い、何故か猿人に懐かれた。
奴隷にされた日以外で一番濃いだったのでイメージが強いからだろうか。 どうにも、懐かしい。
軽く伸びをして、早速旅に出ようと思う。 服をボロボロな物から昨日の男物の服を無理矢理着る。
本も持っていったら売れるかもしれないが、荷物が多いのは面倒か。 鞄や袋もないので仕方ない、置いて行こう。
服を着替えて絨毯を背負い、裸足のままで森の中に繰り出す。 少し死により過ぎているが……また襲われた時に吸える許容量が多い方が都合いいだろう。
数十分歩くと、ガサゴソと茂みから音が聞こえる。 何かの人間……ということもないだろう。 あの集落を捨てた人ではないだろうし、それ以外の住人も同じように逃げている可能性は高い。
猿人種の里からは日帰り出来ない場所であることも考えると、猿人の可能性もない。 旅人だとしたらわざわざ森の中に入るなんてこともしない筈。 つまり人間の可能性は低いだろう。
一歩後ろに下がると、昨日見たのと同じような色の狼。
それも、群れだ。 そもそも狼が一匹でいるようなことなんてそうそうあるものでもないだろう。
つまり昨日はラッキーだった。 今日は不運である。
というか、狼に襲われたり鳥に襲われたりと……頻繁に出くわすのは何故だろうか。 そんなことを考えている内にもジリジリと距離を詰められる。
戦闘……武器もなく、アムルタートでは一匹殺すのにも時間がかかる。 一匹殺せば逃げてくれるかもしれないけれど、それまでに殺されそうだ。
結局、逃げるしかない。 太陽の方角が分からなので、逃げ出すためだけに走り出す。
数歩走るだけで、すぐに木の根に足を取られて転けてしまう。
「アムルタート」
木の根の生を奪い、そのまま足を持ち上げる。 根を引きちぎるように、無理矢理に上げた足はバランスが悪いが昔していたアムルタートの使い方をしてバランスを保つ。
転けそうになれば足を地面に固定して、全速力で走り続ける。
いや、正確には走り続けることは出来ていない、捕まったのだ。
狼の牙が首に刺さり、無理矢理体を地面に叩きつけられる。 その時に折れた首の骨が痛む。
このままだと、服が食い破られる……!
その思いでアムルタートの根を伸ばして私に噛み付いた狼から生を奪う。
しかし、昨日もそうだったが、物や植物よりも動物の方が生命力が強くちょっとやそっと吸い取っただけではビクともしない。
完全に首の骨が折られ、体液が出る。 アムルタートだけでは切りが無いと殴り付けるが、ダメージは与えられずに噛む力を強めさせるだけの結果に終わらされる。
骨ごと食いちぎられる。 痛い。 それに生を吸いすぎていたので再生も遅い。 首をアムルタートで取れないように固定してから、這いつくばるように逃げる。 次は腹に食いつかれる。
もう死んだと思われているのか、もう既に食事されている。
そんなに内臓がうまいのは、腹を食い破って私の腸を喰らっている。
不快な感触であるが、それを我慢してひたすら生を吸い取る。 へそだしファッションは私の宿命なのか、やはり腹の部分の布がなくなっていく。
他の狼も寄ってたかって私を食い始める。 服がボロボロになるのを感じて泣きたい気持ちになるが、仕方ない。 しばらくすると、一匹の狼が倒れる。 狼語は分からないので、心配かそれとも警戒かは分からないが、倒れた狼に寄っていく。
「死んではない。 まあ、これから死ぬかもしれないけど」
それだけ言って、立ち上がる。 狼は襲ってこない、満腹にでもなったのだろうか。
体液の付いた絨毯を背負い直し、また走って逃げる。
しばらく走っていると、森を抜けれたらしく空が見える。 もう襲われるのは勘弁願いたいものだ。
歩調を戻して、歩き始めるが丁度太陽が真上のためにどこに向かえばいいのかが分からない。
絨毯を引いて座ってみると、ピクニック気分である。 弁当などはなく、むしろ私が食料だったが。
寝るのは好きだが、下手に寝るとどうもまた食われそうだ。 靴や防寒具が欲しいと思っていたけれど、それよりも先に武器が必要か。
ごろりと転がり休憩をする。 目を瞑ることはできないが。
ぼーっと遠くを見てみるが、何もない。 鳥が数羽見えるだけだ。 随分、平和である。
ぼーっとしていると、いつの間にか意識を失っていた。