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11.《五年》

 始めて逃げ出そうとしてから、もう既に五年。

 日に日に堅く強靭になっていく屋敷の私拘束システム、それなのに私の動きは屋敷内では基本的に自由ということに、主人の私に対する異常な愛を感じて吐き気がする。

 この五年間は毎日、朝っぱらにメイドに起こされて主人と飯を食って二度寝して、メイドに起こされて昼飯を主人と共に食べて、三度寝して、メイドに起こされて夕食を腹に詰め込んで、暇すぎて屋敷の中を走り回ってメイドに殴られて、主人の書斎でメイドに小難しい本を読んでもらい、朝日から逃げるようにベッドの中に入り混んで……ということの繰り返しだった。


 夜行性種族っぽい行動ではあるが、半生種は立派な昼行性であることをここに記しておこう。


 無駄に美味い肉を腹に詰め終わり、主人から逃げるように部屋に向かう。


「ライア、今晩、私の部屋に来い」


 ついに、といったところか。 変態に変態的な目線を日に数度も送られていたのでいつ来てもおかしくないと思っていた。 野郎相手に夜伽なんぞしてやるつもりはないので、今日逃げ出さなければならない。

 肉は恋しいが、そんなものは私の尻よりは遥かに守る価値は低い。


 そうだな。 多少面倒くさいが、今から逃げることにするか。 主人の書物で生きるため程度の知識はあるはずだし、問題はない。


 自室に戻り、壁に手を付ける。

 五年前に行った魔法群(・・・):アムルタートの使い方の一つ。 地面をしっかり踏む時と同じ感覚で壁に根を張る(・・・・)、深く深くカビが侵食するように。


「……アムルタート」


 根を張った壁から生気が私に吸収され、ボロボロと崩れる。 それと同時に、私の灰の髪が燃え尽きたような白色へと変色して、その色とは逆に生命を強く感じさせる。

 半生種であるのに、九分は生きているのが腹立たしくも、逃げ出すために生を吸収することは止められない。

 私がなんとか通れる程度の穴が空いたところで吸収を止めて、外に脱出する。


 そのまま屋敷の敷地から逃げ出るために、息を切らせながら次の壁に向かって走る。 荒くなる息を押さえながら壁に手を付き生を吸収する。


 真昼間、それも決して人通りがない道でないために目立つ。 突然壁が崩れて子供が現れたのだから当然ではあるが。

 だが、それでも問題ではない。 子供の頃(現在も子供ではあるが)の私の脚でも、長距離の移動においては猿人種……彼等は人王種と自称している種族では追いつくことは出来なかった。

 屋敷の中で走り回る練習もしていたのに加えて身体も大きくとは言い難いが成長もしている。 つまり、力業で走り去ることは容易であるのだ。 おそらくという単語を外すことは出来ないけれど。


 口の中に仕込んで置いた刃物の破片で舌を切り裂いて身体を()に少しでも近づける。 壁二枚に大穴を開けるほど生を吸収したのだからこの程度では半々まではもっていけないが、裸足で走りそれにより足が傷ついていけば多少は半々に近寄るだろう。

 少し息が辛そうであると感じながら、二度目の逃走を開始する。


 生に近寄り過ぎた私は、再生能力の低さのせいで同年代の猿人種の少年と同じ程度、いや発育はよくないので少女と同じ程度だろう。 当然、何の工夫もしなければ大人の猿人種には簡単に捕まるだろう。

 一定以上は生を吸収できないので魔法で逃げ出すのも難しい。


 前と違うところは今が朝であり人通りがあることと、魔法:アムルタートの使い方を覚えたこと、それと単純に体が成長したことか。 早急に死に近づけることが出来たのならばいいのだが、再生能力が低いために大きく体を傷つければ動けなくなる。


 自身の生態と、アムルタートという魔法は噛み合っていない。 生を吐き出すことが出来るのならば、もう少し使い勝手はいいのだろうが、それも無い物ねだりだ。


 息を整える間も無く走り続けていると、生に近寄り過ぎた身体が悲鳴を挙げ始める。

 普段なら瞬時に治る傷も全く治ることはなく、素足からほんの少し流れる体液が地面を汚す。

 ひたすら前に走り続けて、地面に途切れ途切れの線を引く。


 日が少し傾くまで猿人の街を走っていると、徐々に息苦しさがなくなっていく。

 まだ街の中にいるが、徐々に家と家の感覚が広がっていっているのが分かる。 そろそろ街の末端辺りだろうか。

 余った木材を組み合わせて作られたような簡素な……いや、簡素というよりも出来の悪い小屋が見えてきたのとほとんど同時に、世界が広がるような草原が目に入る。


 前に目にした街の外と違うのは、違う方角に走ったからか、開発が進んだからか。

 猿人臭い嫌な匂いが漂う街から逃げ出せた祝勝会でも行いたいが、それを挙げる友人も場所も食物もない。


 主人に触られるのが嫌で逃げ出してきたが、やるべきことも目的もないことに気がついてしまった。

 どうするべきか。 足を止め、目を閉じて考えてみると、瞼に浮かぶのは故郷の父母となまくらと龍人種の少女と……よくわからない猿人種の少女。


 ほとんど知らない三人を思い浮かべてしまうのは、何故だろうかと考えてみると、父母を除くと敵以外の知り合いの人間は彼等しかいないことに気が付く。


 私は、随分と狭い交友しか持っていないのだな。 そう少し落ち込み、とりあえず故郷に帰ろうと目標を決める。


「……父や母の顔、覚えてないけど。 どうにかなるか」


 それどころか、故郷の土地の名も場所も知りはしない。 連れ去られたのは、十も昔の頃だから仕方ない。

 特に帰りたい訳でもないが、目的がなければ生きていくことは難しいものだ。 何か別の目的が見つかるまではそれを目的として、旅でもしようか。


 人の街に背を向けると、丁度日が前に出る。 街の場所など分からぬのだし、ただひたすら日の沈む方に進もう。



 一先ず、最終的な目目的は故郷への帰還。 帰還だけだとさみしいか……そうだな、故郷に帰って墓参りにしよう。

 目先の目標は、何か見つかるまでは沈む日に向かって進む。


 うん。 悪くない。


 再び足を動かす。

 素足で土や草を踏む不快さがあるが、それも自由である証拠と思うと何度も踏みつけ動かすのも楽しくある。

 靴を作る技術もないので、人里に着いたらなんとかしてもらおう。


 だだっ広い草原を、歩いて進む。 夕は沈みかけて、薄い月が登り始める。

 うざったい灰の髪を、風が撫で上げて私の体温を奪う。

 今は肌寒い程度で済んでいるけれど、しばらく経てば日も完全に落ちてしまう。 寒いのは嫌いなのだが……。

 なんとかするのは難しいがなんとかしないとまともに寝ることさえ困難だ。 勿論走れば暖かくなるけれど、走りながらだと、寝ることは出来ない。


 今、早急に必要なものは服、特に防寒具。 流石に女奴隷用の薄い服では寒い。

 食料も嗜好品として欲しいけれど、無くともアムルタートで生命を吸収すればいいだけなので価値は薄い。

 後は、靴も欲しい。 土や草が気持ち悪いのもあるがそれよりも防寒具としての機能が欲しい。


 まあ、服を手に入れる方法なんてないので、とりあえず……見つけた魔物か動物を狩って毛皮を手に入れる作戦がいいか。


 周りを見渡して、そこらにいないかを探すけれど、だだっ広い草原の中に毛皮に出来るほどの魔物がいたならばとっくの昔に見つけているか、見つかっているかだろう。


 ただただ周り見渡しながら歩くが、小さな動物や鳥程度は見つかるものの、剥ぎ取るほどの毛皮はない。 そもそも、すばしこいそれらを捕まえることは出来ない。

 もう、日も暮れてしまっている。 昼夜逆転生活のせいでほぼ24時間起きっぱなしだ。

 諦めて、寒いながら体を縮こませて寝ることにするか。


 寒いが、体が壊れるほどの寒さにまていくとすぐに治るので安心して草むらの上に寝転がる。

 若干の青臭さと、夜露の冷たさに顔を顰めそうになるが、それよりも眠気が優先される。

 瞼が上がらなくなると、意識が途切れる。


■■■■■■■■■■■■


 びちゃり、そんな耳に小気味良い音が聞こえる。 それから、腹部への痛みとその部位から感じる生温かい感触、そして半生種故に鈍くしか感じない痛み。

 まだ朝早いためか、瞼の重みは取れず、薄く開いた目へとほとんど真横から入り込む朝日は嫌に眩しく健康的である。


 「んぁー……」と少し伸びをして体の関節をほぐすとまだまだ寝足りないけれど意識が覚醒している。


 まだ寝ぼけながらのせいか、腹部への痛みには頓着していないが気になったのでそちらを視界へと入れる。


 私の腹に顔を押し付けている物。 茶色い毛は少しばかり太いがせっかく私の元にまで自分から来てくれたのでリリースしてやる必要もないだろう。


「朝っぱらから運がいい」


 動き出しているのに、私の皮膚を牙で千切り、内蔵を咀嚼する間抜けな生き物に手を当てる。

 長い間気がついていなかったのか、少しばかり死に寄っているようなので、倒すついでに生命も吸収しておこう。


「アムルタート」


 見えない、触れれない根っこが獣の胴に巻きつき、そこから生命を吸収する。 体が満たされていく。 満腹感もあり気持ちがよい朝食だ。

 せっかくならば、味も楽しみたいところなのだが、ノーディスという神を信仰している手前、自分の欲に負けて死んでから一日も経っていないようなものを口にするわけにもいかない。

 踊り食いなんてもってのほかである。


 異変にやっと気がついた獣を拘束する。 ちゅーちゅーと吸い上げるのは踊り食いに近いような気もするが、これは食事というよりも戦闘行為なのでオッケーだろう。

 ノーディスの教えなんぞ大して詳しくないからわからないが。


 弱ってきた獣、恐らく狼らしきものにトドメを刺したいが、刃物を持っていないことに気がついた。 生によりすぎるのは嫌だが、死ぬ直前まで生を吸い取り続け、最後は何度か頭を蹴って殺す。


 服もボロボロになってしまったので、防寒具に向いていそうだし毛皮を剥ぐか。 そう思い狼のような獣に手を伸ばすが、そもそも私には刃物がない。

 なんとかして剥ごうとしてみるが、非力な私の筋力では毛皮を千切るなんてことが出来ずに、数本の毛を抜くだけだ。


 無益な殺生をしてしまった。 意味のない死は虚しい、なんて思うけれど、内蔵を食われまくったのだし仕返しってことにしておこう。

 刃物を見つけた時のために背負って歩くべきか。 それとも捨て置くべきか。


 刃人種でもいれば楽なんだけど。 そんな無い物ねだりを考えてから狼を背負う。 確か血抜き?をしなければすぐに傷むらしいが、刃物もないとそれも出来ない。

 刃物があっても多分出来ないけれど。 まあ明日の朝までならギリギリ大丈夫だろうとたかをくくる。


 目も冴えてしまったので眠くなるまでまた歩く。 今度は日が昇る時間なので、日を背に歩けばいいか。


 ほんの時々、遠くに見える木に近づいてから見てみると、たくさんの蕾とポツポツと小さな花が咲いている。

 もう少し後の季節ならば実でも食えたのだろうが、今はまだ無理である。

 小さくため息を吐いてから、再び歩く。


 すぐ後ろから鳥の鳴き声を聞こえ、振り向くと私の体よりも数倍は大きな怪鳥。

 魔物だろうか? それともただデカイだけの獣か。 どちらにせよ、私が本気で戦ったとしても勝てるかどうか分からない。

 アムルタートの根によって生を吸収しても、私の生を受け入れきれる許容量に達するまでに殺し切れるかは、経験不足のせいで予測がしきれず、体が止まる。


 とりあえず狼を鳥に差し出してみるが、それには見向きもせずに鳥は羽ばたく。 風により打ち上げられた土に目をやられ、目を抑えてしまったと思えば両肩に鈍い痛みが走る。

 何の痛みだ? 考える必要もない。 鳥に掴まれたのだ。


 半生種の再生能力ですぐに治った目を開けると、木が下に見える。


 私、初めて空を飛んだよ。 心地よい風が、ありとあらゆる不安を消してくれるように感じる。

 今私は風に、風になっている!






 なんか巣に連れて行かれた。



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