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アミズのカフェ迷宮  作者: 朝間 夕太郎


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1/2

アミズのカフェ迷宮《上》

 冒険者、アミズ=テレインは安堵する。

 先ほどまでの朱色の厳しい双眸をゆるめ、左右で結わえた黒髪を揺らした。


「《ガララントビーン》キター!」


 耳を尖らせた獰猛なカンガルー型の魔物――ガララントを相手取ること、およそ二十匹目。アミズは待望のドロップアイテム《ガララントビーン》を入手した。


 アミズの手のひらには、チョコレート色の魔物がポケットに隠していた豆が、こんもりと山をつくっている。腰の巾着袋に、ニマニマした表情で豆を流し込む。今日の収穫のほどに、彼女の機嫌も上々だ。


 アミズは浮足立ちながらも、後方のシュガーラビットを一閃した。


「ったく、油断も隙もないなあ」


 アミズの愛剣ルピアルクにかかれば、大抵の魔物は一振りで片がつく。

 ルピアルクは、豆集めの傍らに集めたアイテムを使い、生成した剣だ。

 剣に執着がない彼女にとってはどうでも良いのだが、業物という部類に入るいわゆる名剣であり、冒険者ならば誰もが羨む逸品である。

 その鋭い切れ味もさることながら、何よりも目を引くのはスキルスロットの数だ。その数、驚異の六個を誇り、冒険者次第では魔剣にすることも可能である。


 アミズは見た目こそ幼いものの、数年来の冒険者である。

 冒険者の慣習に則り、彼女もまたスキルスロットを無駄にせぬよう、ルピアルクを彼女好みの名剣にアレンジしていた。


 【スキル】豆ドロップ✕六

 ビーンズ系のアイテムのドロップ率が大幅に上昇する。


 驚異の魔改造を施した豆製造剣(ビーンメイカー)

 常識的な冒険者が見れば卒倒しそうなスキルが穴埋めされているが、アミズは他人の見解など知ったこっちゃない。


 これは誰の物でもない、彼女の愛剣なのである。


「野蛮な冒険者には、わからないのです」


 今日もお仕事をしてくれた愛剣に頬ずりして、危うく頬を切りかけてから、アミズは剣を鞘へと仕舞う。


 先ほどのシュガーラビットがドロップした砂糖もしっかりと拾い、アミズは仄暗いダンジョンを独り歩いて行く。

 辺りの岩壁が燐光を放つ。冒険者をその腹に収めようと、人喰らいのダンジョンはホタルのように淡い光を瞬かせていた。その頼りない光源を頼りに、アミズはダンジョンの最下層へと続く階段を目指した。


 ぴょこんとシュガーラビットが横切れば、


「砂糖――ッ!」


 どすんとガララントが立ち塞がれば、


「豆――ッ!」


 ジュエルボックスが噛み付いてくれば、


「いらない――ッ!」


 まさしく快刀乱麻。バッサバッサと魔物を斬り捨てる。

 最後の偽宝箱ことジェエルボックスがドロップしたルビーについては、考えた末に腰巾着に入れることにした。


「ふう。今日の収穫はこれぐらいかな」


 最下層が10階と短いこのダンジョンを攻略するのは、アミズにとって何度目のことかわからない。頭のなかには、実地と寸分違わぬ迷宮の地図(ダンジョンマップ)がインプットされている。

 これはもはや冒険でなく、作業であった。そこに未知に胸躍らせる冒険はなく、ただ彼女には《豆》を収集する喜びだけがあった。


 ――なぜ、アミズほどの冒険者がこのダンジョンに執着するのか。


 一般の冒険者から見れば、彼女の行動は理解し難かった。

 冒険者アミズ=テレインは、もっと攻略難度の高いダンジョンに潜って然るべきだ。それが世間一般のアミズに対する評価であり、彼女にとっては耳にタコができるほどに聞き飽きた台詞でもある。


 ええい、うるさいと。

 アミズは結わえた左右の黒髪をぶんぶん振り回しながら、軽く地を蹴る。木の葉が舞うような軽い動きから放たれたのは、乱れない軌跡を描く回転斬り。重なる悲鳴は、彼女が三匹同時にガララントを仕留めた証拠だった。


「うっひょう。《ガララントビーン》またキター!」


 倒したガララントの一匹が《豆》に変わると、アミズは歓喜の声を上げた。

 彼女の腰の巾着袋は、パンパンに膨れ上がる。アイテムの取捨選択を求められると、アミズは迷うことなく「ルビーいらねえ」と投げ捨てた。

 そうして空いた袋のなかに、アミズは愛おしそうに《豆》を流し込む。巾着袋は幸せで膨らんでいくと思うと、つい彼女はニマニマしてしまう。


 アミズにとって、《豆》は金銀財宝より輝く物質だ。たとえそれが他人には理解し難い考えであろうと、彼女は一向にかまわない。


 これはもはや理屈ではない。

 豆がドロップする瞬間、アミズの心は躍るのだ。

 そして何より、幾度足を踏み入れようと色褪せない。この豆を持って最下層に降りる瞬間、この胸は堪らなく跳ねるのだ。


「店長、今日も来たよー!」


 最下層に続く階段を降りると、そこには風変わりな憩いの場がある。岩造りのダンジョンの内部とはうって変わり、木造の部屋が広がっている。

 クルクル回る四枚羽の換気扇や天井から垂れる小さな電灯の下には、丸っこい椅子とテーブルが並ぶ。およそ三十人は収容可能なこの小洒落た空間が、アミズは大好きだった。


「やあ、ただいま。いやお帰りと言うべきかな」


 そう言って出迎えたのは、地下10階に店を構える小柄な店長だ。

 広げた新聞をカウンター席に置くと、蒼いガラス玉のような瞳がアミズを捉えた。口に咥えた煙草を灰皿に落とし、ぴょんと飛び跳ねるように椅子から降りた。


 ホビットという小柄な種族である彼は、その小さな歩幅でなめらかな金髪を揺らし、アミズに近寄る。


 相変わらずちっこ可愛いと、アミズがほのぼの見惚れている間。彼は壁にかけられた白いタオルを引き抜き、彼女の汚れた顔を拭き始めた。


「ああもう、今日もこんなに汚れちゃって」

「ちょ、くすぐったいよ店長」


 身長130cmのホビットに世話を焼かれると、アミズとしては嬉しいやら恥ずかしいやらで反応に困る。そんなもどかしさに、彼女はくすぐったくなる。決して嫌ではない、幸せなくすぐったさを覚えるのだ。


 やがて、犬のように一頻り拭き終えられると、アミズは今日の成果をドンとカウンター席に誇らしげに置いた。店長は「おー」と感心したような声を上げながら、巾着袋のなかをのぞいた。


「《レバットビーン》に、それに今日は《ガララントビーン》も多い。大収穫じゃないか」

「でしょう、店長。もっと褒めても良いよ。具体的には私の頭を撫でてみてはいかが」

「よーしよし。よく頑張ったぞ、テレイン」


 犬であれば尻尾を振りそうなほど、ご満悦そうなアミズ。そんな彼女の顔を見て、店長はためらい気味に伝えた。


「ただ、できれば《豆》は混ぜないで欲しいなー、……なんてね」

「はっ、私またやっちゃいました!」


 《豆》獲得の喜びに浮かれ、アミズは忘れていた。

 拾った《豆》は混ぜないで欲しいとお願いされていたにもかかわらず、巾着のなかの《レバットビーン》と《ガララントビーン》はごちゃまぜ状態だった。


 ズウンと目に見えて落ち込むアミズを、店長はなだめる。気遣いの言葉を二言三言かけてから、彼はアミズの戦利品を振る舞うことにした。それが彼女に対する何よりの労いだった。


「よーし、それじゃあ今日も淹れるから待っててね」

「はい、ゆったりまったりしてますね」


 お楽しみの時間を前にして、アミズはカウンター席で行儀よく待つ。新聞紙をブラインド代わりに、働く子供店長をニマニマと眺めた。

 はあ、とアミズは至福のため息を落とす。


 店長はアミズの視線に苦笑しつつ、手挽きミルを取り出す。銅製の楕円球の頭頂にハンドルが付く蓋。その下には、一段だけの木箱の引き出しが連結していた。


「いつ見ても不思議なアイテムですねえ」

「ドワーフお手製の道楽品だからね」


 店長は機器の楕円を半分に割り、受け皿の半球に《豆》を投入した。

 二つの半球を重ね合わせて元の位置に戻すと、頭のハンドルを回して《豆》を挽く。アミズはその音に合わせて、身体を右へ左へとゆっくりと揺らした。


 ハンドルを回す手を止め、店長は一段の引き出しを開けた。

 なかには風味立つ茶色い粉末の小山がある。挽いた《豆》が完成品に近づく経過を眺め、アミズはワクワクする。


 挽いた《豆》は小さな網、ネルへと入れられた。

 小さな虫あみだ、とアミズは心中でつぶやく。昔、ネルのことをそう表現したら店長には渋い顔をされたので、口には出さなかった。


 ネルの下にガラス製の壺状容器をセットすると、店長は火の魔法石で適温まで温めたお湯を注いだ。水を吸った茶色い粉末がぷくーっと膨らむ様を、アミズは食い入るように見詰めていた。


「なんで、ああなるのかなあ」

「直ぐに真似されたら、僕がショックだよ」


 アミズも一度挑戦したことがあるが、こうはならなかった。茶色い粉末がうまく膨らまず、むしろアミズが頬を膨らませる結果となった。

 一見簡単そうな作業の節々にも、店長の技量が光っている。

 その何気ない技術の凄さは、他の誰よりもアミズが知っている。やっぱり店長は凄いお人だなあ、と彼女はしみじみ心中でこぼした。


「よっと」


 数十秒の蒸らしを終え、店長はお湯を投入した。

 蒸らしとお湯の投入。この手順を根気よく繰り返す度に、ネルから茶色い水柱が落ちていった。ガラス容器にその魔法の雫が満たされるのを、今か今かとアミズは待ちわびる。


 お預けをくらった犬のような彼女に、店長が薄く微笑む。蒸らすたびに膨らむ茶色い山を見つめている内に、容器は十分な量まで満たされた。


「そろそろ良いかな」

「カップ持ってきました、店長!」

「そこまで、やらなくても良いのに」


 びしっと敬礼するアミズ。彼女が差し出す純白のカップに、魔法の飲み物が注がれていく。待ちに待った一杯を、アミズはすっと鼻梁の通った鼻に近づける。


 まずは鼻でその甘い香りを楽しむ。

 気体となって止めどなく流れる匂いを存分に堪能した後は、いよいよ喫する。カップを瑞々しい唇へと運び、口内へと流し込んだ。


 ダンジョン探索の疲れが、癒やされていくかのようだ。その優しくマイルドな味わいに、アミズは心も体も満たされた。


「ああ、マスターが淹れるコーフィーは魔法の飲み物です」

「ありがとう。本当はブレンドじゃない方が、良いかもだけど」

「いえ本当に美味しいです。《レバットビーン》も《ガララントビーン》も甘みが強い豆なので、そこまで喧嘩しません」


 照れ隠しに頬をかく店長に、アミズはピシャリと言い放った。

 店長は素直に驚いた。この店の一ファンだったアミズが、いつの間にここまで味がわかる客になったのかと。


「ああ、今日もこの一杯のために生きているのです」

「なんだか酒場みたいだなあ」


 目の前の客のとろける笑顔。それが店長には何より嬉しかった。心底救われた気持ちになるのだ。


「君には助けられぱっなしだなあ」


 小さな店長は、ため息をついて思い返す。

 あの日起きた唐突な出来事を。

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