9.終宴
会場に戻ると、さすがに人影も数えるほどとなっており閑散としている。
俺は壁際で青年実業家っぽいハンサムと談笑しているセラを見つけたが、
面白そうなのでしばらく静観する事にしてビンテージの赤ワインをグラスに注ぎ、
セラ達の近くのソファに座って耳を澄ませた。
「セラ、貴女程美しい女性に出逢ったのは本当に初めてなんです。
しつこくて申し訳ないのは重々承知しているが、僕とまずは友人になってくれませんか」
真摯な表情でセラを口説くハンサム。
興味本位や邪念が主成分でないのは俺でも解る。
だからセラもさっさと振る事が出来ないのだろう。
「ありがとうございます。
しかし、私は神崎家の一使用人ですので、とても御好意にお応え出来ません。
兵頭様のお気持ちだけ、有難く頂きます」
セラが、おそらく何度目かのお断りを入れている。
だが、兵頭氏は怯んだ様子が無い。
「セラ!お願いです。なにもお付き合いして欲しいと言ってる訳では有りません。
せっかくここで貴女と会えたのだから、そのご縁を大切にしたいのです。
貴女と友人になりたい…それだけなのですが、それも叶わないのでしょうか…」
じっとセラの瞳を見詰めながら離す兵頭氏。
「…解りました。ありがとうございます。
一緒に出掛けたりとかは出来なくても宜しければ」
兵頭氏がぱあっと笑顔になる。
「もちろん!ありがとうセラ!これは僕の名刺です。
プライベートな電話番号と住所も裏に書いてありますので、いつでもお気軽にご連絡下さい!」
兵頭氏の名刺を受け取るセラ。
「私の連絡先は、実家の番号くらいしかお教えできませんが宜しいですか?」
兵頭氏が首を振る。
「いいえ、僕から連絡してはご迷惑になるでしょうから結構です。
貴女が、愚痴でも面白い話でも僕と話したいと思った時にご連絡下さい。
遅くまで申し訳有りませんでした。それでは、この辺りで失礼いたします」
兵頭氏が右手を差し出す。
それを握り返すセラ。
二人は少しの間見詰めあうと、すっと手を離した。
「それではそろそろ部屋に引き上げます。おやすみなさい、セラ」
「はい、お休みなさいませ、兵頭様」
兵頭氏は右手を上げて去っていった。
「お疲れ、セラ」
俺はセラに水を渡す。
「…なにニヤニヤしてるのよ…」
俺は我慢できずにぷっと吹き出してしまった。
「いや、モテモテだなと思ってな。
しかしさっきの兵頭氏は中々の人物じゃないか?
まだ若そうだし、これから伸びそうだし。
どうだ、嫁に貰ってもらえば。いい暮らし出来そうじゃないか?」
セラが俺のアキレス腱を足刀で蹴りに来る。
ひょいと交わした俺を憎々しげに睨み、
「私はアイシャ様が無事、お嫁ぎになるまでは自分の事なんか二の次三の次なの!」
と呟く。
「そうだな。それでこそセラだ。
で、我らが女神様の件で相談が有る。ちょっといいか?」
俺はセラに俺の計画を話し、その後マスターの所へ二人で伺って相談をした。
「そうだね、それが良いだろう。
では、ベアとセラでアイシャを頼む。
志保とレイラは私と、この屋敷のガードマン二人で見よう。
亜美と教ちゃんは利臣と、同じくガードを二人程付けようか」
マスターは利臣様の奥方の教子様を教ちゃんと呼ぶ。
「明日、いやもう今日だな。
アイシャを美瑛と富良野へ連れて行ってやる約束をしていたのだが、
仕事が入ってしまって行けなくなってしまったが、ある意味好都合だったかもしれないな。
出来れば、せっかくアイシャに懐いて仲良くなったレイラも連れて行って欲しいが
そうするとガードがさらに難しくなるだろうし、志保が承知しないだろうからね」
マスターの言葉に俺とセラが頷く。
「それでは、明日の朝食時に私が志保達に説明しよう。
それまでは君達はゆっくり休んでくれたまえ。
さすがにもう刺客も来ないだろう」
マスターも部屋に戻られ、会場には使用人以外の姿が無くなる。
「セラ、お前も休んで置いた方が良いだろう。
後は俺が警戒してるから、寝て来いよ」
俺の言葉が終わらない内にセラがふああ、と欠伸する。
「珍しいな、お前が欠伸するなんて。やはり疲れてるんだよ」
笑いながら言う俺に、
「貴方以外の男の前で欠伸なんかしないわよ。
じゃあ、お言葉に甘えて一眠りしてくるわ。後よろしくね」
と答え、セラは右手をヒラヒラさせながら自室へと向かった。
さて、明日はアイシャ様と一緒に美瑛・富良野か。
もうラベンダーは終わっているだろうが、きっと爽やかな気持ちの良い旅になるだろう。
但し、少々危険も伴うが俺が食い止めなければな。
明日の車はRRだとして、俺は非常用のバイクを用意しなければならないな。
札幌のバイク屋は、と。
俺は片付けを始めたメイドの一人に電話帳を持ってきてもらい、
札幌市内のバイク屋を数件リストアップした。
登録は会社名義でOKだから、明日の午前中に直接受け取って自分で陸運事務局に行って登録だな。
って事は車検のあるバイクは無理だから、必然的に250ccになるか。
さて、何にするか…?
俺は少しだけワクワクしながら脳裏に候補のバイクをリストアップしていった。