7.不夜城
俺はマスターと二人で別室へと移動し、自白剤により得た情報を伝える。
奴等から聞き出した情報には黒幕の名前もあり、満足出来る物だった。
「ご苦労、ベア。そうか、まさか彼が黒幕とは…」
マスターが少し考え込む。
「標的はマスター、アイシャ様、レイラ様、利臣様、亜美様です。
また、標的抹消の為なら何人殺しても良い、と指令されたようです」
俺の体が怒りに震える。
アイシャ様も主標的となっているとはな…
つまり、敵は神崎家の主な血筋を一気にやるつもりだったワケだ。
奥方が主標的では無いのは、神崎家の血は入ってないからだろう。
「よし、ベア。私は警備隊に連絡を取り彼を拘束させる。
君とセラは警備隊の到着までこの屋敷のガードとメイドをまとめて警戒してくれ。
警備隊は私用機で寄越させるから、明日には交代できるだろう。
あと、アイシャ、レイラ、そして教子と亜美は君とセラの目が遠く所でガードを頼む。
私は各方面に手を廻して騒ぎにならないようにする」
おっと、神崎家警備隊さんの出番か。
マスターはかなりご立腹の様だ。
「彼にも困ったものだ。しかし、この代償は高く付く事を覚悟してもらおう」
さて、まあ一応聞いておくか。
「マスター。貴方と利臣様のガードはいかがいたしましょう?」
マスターがにやりと笑う。
「ベア、一応お約束だね?」
俺も微笑を返す。
「まあ、自分は一応マスターのガードでも有りますから…」
解っている。最前線に商談に行くのでもない限りこの兄弟にガードなど要らない事は。
兄、神崎正臣氏は八極拳を始め、各種の中国武術の達人であり、
三年間の外人部隊経験、それも最前線での戦闘経験もある。
弟、神崎利臣氏は戦争での実戦経験こそ無いものの、
ボクシング元世界ランカーでもあり、また地下闘技で一名を馳せた事も有る男だ。
今回程度の甘い襲撃しか出来ない様な連中ならば、大して心配は無い。
大富豪の家に生まれたといっても決して楽をしているワケではないという事を
俺に教えてくれた強烈なバトルブラザーズである。
ははは、と愉快そうに笑うマスター。
「ああ、私と利臣は心配ない。自分でなんとかするから。
それよりも、我々の家族を頼む。
ま、君とセラのコンビならば私も心配など全くしてないがね。
ただ、こうなるとモンキーも呼んで置かなかった事が少し悔やまれるな」
確かに。奴が居ればこちらから撃って出る事も可能だったな…
「まあ、済んでしまった事は仕方が無い。
君とモンキーの最強コンビには及ばないが、日本の警備隊も捨てたものではない。
とりあえず、彼らの到着まではここの警戒を最大限にしておこう。
さ、パーティーはまだこれからだ。君も気を配りながらで悪いが楽しんでくれたまえ」
パーティー会場に戻り、セラを壁際に引っ張って行き簡潔に経緯を伝える。
詳細は後程ということにして、俺はガード達を半分ずつ集めて説明と指示をする。
一度に全員を集めないのは、警戒の隙を作らない為だ。
その後、再び会場に戻ると、すーすーと寝息を立てるレイラ様の頭を膝に乗せ、
自分もこっくりこっくりとしながらソファに座るアイシャ様の姿を見付けた。
その隣には、やはり寝息を立てている亜美様を抱いて微笑んでいる教子様と、
彼女付きのナチュラルメイドであるリズの姿がある。
俺は教子様に一礼し、リズにセラの行方を尋ねた。
リズに拠れば、セラはメイド達に指示を与える為に会場から出ているとの事だ。
まあ、直ぐに帰ってくるだろう。
「ベア、大体の所はセラから聞いていますが、大丈夫なのでしょうか?」
リスがそっと耳打ちしてくる。
「ああ、大丈夫だから心配ない。キミは普通に教子様と亜美様のお世話を頼む。
あ、それとセラの手が廻らなくなるからアイシャ様とレイラ様の事もよろしく頼む」
俺の言葉に頷くリズ。
「はい、解りました」
その時、ホールの柱時計が十一時の鐘を鳴らし始めた。
「さて、そろそろお疲れの方は別室に移動してお休みになって下さい。
ご案内は各メイドにお尋ね下さいませ。
まだ元気の有る方は、明日の朝まででもお楽しみ下さい。
私も出来る限りお付き合いさせて頂きます」
マスターが朗々たる声で言う。
この屋敷は客室だけで数十部屋有る。
今夜の来客ほぼ全てをカバーできるキャパだろう。
奥様がやって来て、レイラ様を抱き上げる。
「アイシャ、レイラの面倒を見てくれてありがとう。
貴女も無理をせずもうお休みなさい」
奥様が珍しく優しい言葉をアイシャ様に掛け、教子さんに挨拶をして部屋へと向かった。
入れ替わりにセラがやってきた。
「ベア、各メイドには通達と指示を完了しました。
ハウスメイドは危険なので早々に下がらせて、キャッスルメイドの中でも
体術が得意な者のみ、数人を残しました。
パーティー自体も飽和状態ですので、十人も必要ないでしょう。
もし良ければ、貴方も今のうちに仮眠取って下さい」
む、そうだな…
俺は少し考えてから、セラの言葉に従う事にした。
「ちょっとでも気になる事が有ったら直ぐに起こしてくれ。
二時には交代するから、よろしく」
セラに任せれば安心ではあるが、こういう時にはやはりモンキーの手が欲しいな。
セラの戦闘能力はそこらの格闘家なぞ物の数ではないが、
それは飽くまでもいざと言う時の能力である。
俺やモンキーの様にそれが仕事、と言う訳ではないから
あまりやらせたくは無いのが本音だ。
まあ、マスターの言われるとおり無い者ねだりしても仕方ない。
俺は、与えられた自室に入るとシャワーを浴び、
ベッドに突っ伏すと十秒で深い眠りに落ちていった。