6.家族
「余計な事は喋るな!あと一分だ、そろそろ回答をまとめて貰おう」
俺は苛立ちを覚えながら鋭く言い放つ。
「いいな、みんな…解った、そちらの条件を飲もう」
リーダーが答える。
「ちょっと待ってよ!私は認めないわ!」
女が叫ぶ。
「リンダ!いい加減にしろ!
リーダーである俺が決めたんだ。反抗は許さない」
女は一瞬たじろいだが、更に食い下がる。
「私は認めないわ!私しか知らない秘密も在るのよ!
それは殺されたって喋らないから!!」
…なんだこのバカ女は?
俺とマスターはつい失笑してしまう。
「バカ!何を言い出すんだよ!」
スコーピオンが青ざめながら叫ぶ。
同情するぜ、毒蠍ちゃん。
「さて、時間だ。リンダ嬢以外は条件を飲んでくれるそうだが、
リンダ嬢しか知らない事項が在るという事は、お前ら一人一人しか聞かされていない
機密、もしくはキーワードが在ると判断させてもらう。
今のスコーピオンの反応からすると心理ロックは掛けられていないようだから、
まあ、やはり自白剤を投与させてもらうしかないな。時間的にも」
俺の言葉に苦悶の表情になるリーダー。
「なぜこんなド素人がメンバーに入っているのか知らないが、同情はしない。
そうと決まればさっさと始めようか。
マスターはパーティーにお戻りください。アイシャ様とレイラ様がお待ちです」
俺の言葉にマスターが肩を竦める。
「そうだね、せっかく面白くなってきたのに残念だが。
だが、娘とスキンシップを図る機会とは比べ物にはならないからね。
じゃあ。後は頼んだよベア」
「イエス、マスター」
マスターはうなずき、部屋を去っていった。
さて、まずはどいつから始めようか…
一時間後、意識朦朧とした一団を地下倉庫の一室に放り込み、俺はパーティー会場に戻った。
さわさわと賑やかな会場でマスターの姿を探すが見つからない。
すると、ひとしきり華やかな一団から大きな笑い声が上がった。
ふとそちらを見ると、中心に可愛らしい幼児を抱いたアイシャ様の姿が見えた。
その脇にはアイシャ様の腕を掴んだレイラ様と、澄まして控えたセラの姿も在る。
俺はその集団に近づき、セラに声を掛けた。
「セラ、マスターをお見掛けしなかったか?」
つ、と目を上げてブラウンの瞳で俺を見つめるセラ
「あら、ベア。もう終わったの?
ご主人様ならさきほど奥様と二階のサロンに行かれました。
何か二人でお話が有るとか…」
ふむ、邪魔するのはなんだな…
「ベア!お帰りなさい。お仕事ご苦労様!」
アイシャ様が俺を見つけて輝くような笑顔になる。
「あ、ベア!お帰りなさぁい!」
レイラ様も真似する様に笑顔になる。
こうしてみると、アイシャ様とレイラ様はよく似ている。
アイシャ様は既に他とは比べ様も無いほどの美しさだが、
レイラ様もこのまま成長なされば負けず劣らずの美人になるだろう。
将来が楽しみな美形姉妹だな。
「見て、ベア!可愛らしいでしょう!」
アイシャ様の腕の中に収まり、嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる幼児は二つか三つ位だろうか。
なんとなく、アイシャ様やレイラ様の面影が有る。
「利臣伯父様の娘で、亜美ちゃんって言うの!」
ああ、利臣氏の娘さんなのか。
道理でお二人に似ている筈だ。
神崎利臣――
神崎家現当主である正臣氏の実弟で、神崎財閥の財務管理を主に行っている。
正臣氏との兄弟仲は良く、アイシャ様も良く懐いている。
また、利臣氏の奥方である教子さんは穏やかで優しげな女性で
アイシャ様を実の娘同然に可愛がって下さり、
アイシャ様の義母である志穂様よりもアイシャ様が心を許している女性らしい。
俺自身は利臣氏、教子さんと初対面である。
そのそのお二人の娘さんと言う事は、アイシャ様、レイラ様とは従妹になる。
きっと、美しい娘に育つだろう。
「やあ、キミが兄さんご自慢のベアか。
ご存知だろうけど、僕は正臣の弟の利臣。彼女は妻の教子だ。
アイシャに抱かれているのは娘の亜美。宜しくね」
利臣氏が気さくに話しかけてくる。
「はじめまして、利臣様。自分はボディガードのベアと申します。
こちらこそよろしくお願い致します」
俺はすっと一礼しながら答える。
「キミの話は兄さんから良く聞かされるんだ。
モンキーと共に、神崎家ボディガードのトップだってね。
僕たちも何か有ったらよろしく頼むよ」
「は、光栄です」
俺達の挨拶を見詰めていたアイシャ様が俺の隣に来る。
「ね、ベアも亜美ちゃん抱いてみる?とっても可愛いのよ!」
満面の笑顔で俺に言うアイシャ様。
「いや、俺の恐い顔を見て亜美様が泣いてしまうと困るので止めておきます」
笑いながら答える俺。
「そんな事無いと思うけどな。ベアは子供から好かれるし」
アイシャ様が口を尖らせながら言う。
「ベア、良ければ亜美を抱いて上げてくれないか?
キミにはこれから、亜美を護ってもらう事も有るかも知れないからね」
利臣氏の言葉に頷きながら、アイシャ様が亜美様を俺にすっと差し出す。
仕方ないな…
俺はしゃがんで亜美様を受け取り、抱き上げた。
三歳程の亜美様は最初少し戸惑っていたようだが、
「亜美ちゃん、この人はベアって言うの。とっても強くて優しいのよ」
とアイシャ様に言われ、俺の顔をマジマジと見た後にキャッキャと笑いながら
俺の顔を小さな手で撫で回し始めた。
「ほら!亜美ちゃんもベアの事好きだって!」
アイシャ様の言葉に廻りの連中がどっと沸く。
しかし、なんで赤ん坊や幼児ってのはこんなに可愛いんだ。
思わず、結婚ってのも良いかもしれないと思っちまうぜ…
「やあ、ベア!良く似合ってるね!キミもそろそろ結婚して家庭を持ったらどうだ?」
はっと顔を上げると、いつの間にかニコニコした正臣氏が前に立っている。
「冗談はおやめ下さい。それにまず相手が居ませんよ」
俺の言葉ににやりとするマスター。
「ほう、キミほどの男なら引く手数多だろう。
なんなら、私が魅力的な女性をいくらでも紹介させてもらうよ?」
おいおい、勘弁してくださいよ…
「お父様!ベアが困ってます!」
アイシャ様が珍しくむすっとしている。どうしたんだろうか?
「ははは、ヤキモチかいアイシャ?心配しなくても冗談だ」
かーっと赤くなるアイシャ様。
「や!ヤキモチなんて!そんなんじゃ有りません!もう知らない!」
ぷいっとそっぽを向いてたたた、と掛けて行くアイシャ様。
その後をレイラ様が「姉様待ってよ〜!」と言いながら追いかける。
場が一頻り笑いに包まれた。
笑いが収まった頃、俺はマスターにそっと耳打ちをし、会場から連れ立って別室へと向かった。