24.慟哭の夜
「いったい、どうなっているんだ!」
珍しくマスターが声を荒げる。
ロナウドがアイシャ様を護り殉職した事を知り、マスターは怒り狂った。
「ロナウドの母親に、殉職したガードの家族に一体何と伝えればいいのだ……」
マスターは使用人とその家族をとても大切にする。
「神崎家に仕えている、または雇用している人間は全て神崎家の家族と同等だ」
毎回、スタッフ向けのイベントや研修などで必ずマスターが仰る言葉。
そして言葉だけでは無く、どんな末端の使用人であっても、
マスターへの直接連絡がいつ如何なる時でも許されている。
そして今回、マスターは五人もの犠牲を出してしまった事に心の底からの後悔と怒りを抱いている。
しかも、その内一人は強く信頼していたガードリーダーのロナウドだったのだから……
「ロナウドのお母様には、私が直接伝えに行きます」
目を瞑り、黙ったまま座っていたアイシャ様が紅い瞳を開きながらハッキリと言う。
「ロナウドは、私を護って亡くなりました。
だから、それは私の役目です」
驚きながらアイシャ様を見詰める私達。
アイシャ様の瞳には大きな哀しみと、そして決意の色が現れている。
あの時の錯乱振りを見た時には、アイシャ様の心は壊れてしまうのでは無いかとさえ思えたのに。
私は、あの時の様子を回想した……
「ロナウド!ロナウド!!」
血塗れの顔に微笑を浮べたまま、安らかとさえいえる死に顔で
横たわるロナウドに泣き叫びながら縋り付くアイシャ様。
「まずいな……セラ、アイシャ様をここから連れ出してくれ」
舌打ちをしながらベアが私に指示を出し、
「解ったわ。このままじゃアイシャ様が、アイシャ様の精神が……」
壊れてしまう、とまでは口に出せずに黙り、私はアイシャ様を抱き上げようとした。
「離して!私はロナウドと一緒に居たいの!!
きっと、きっと起きるもの!ロナウドは眠っているだけだもの!!」
「きゃっ!」
信じられない様な力で私を振り解き、再びロナウドの遺体に縋り付くアイシャ様。
「アイシャ様!ロナウドはもう、起きないのです!
ロナウドは貴女を護る為に命を賭けたんだ!
貴女を悲しませる為に命を捨てたんじゃない!!」
ベアの叫びに、アイシャ様がビクン!と震えて鎮まった。
「さあ、アイシャ様、お手当てをしましょう……」
私はホッとしながらアイシャ様の肩に手を置き、抱き上げようとした。が!
「私なんて、私なんてそんなに護って貰うほどの価値なんてないよ!
私なんて殺されちゃえば良かったんだ!私が死ねばロナウドも、
他のみんなも死なずに済んだのに!!」
紅い瞳を見開き、血の混じった紅い涙を流し、立ち上がりながら叫ぶアイシャ様。
「アイシャ!!」
ベアが様、を付けずにアイシャ様を叱咤する!
「もうイヤ!私なんて、私なんて!!」
しかし、再び錯乱状態に陥ったアイシャ様には聞こえていない!
パン!!
「!」「なに!?」
突然アイシャ様の頬が弾け、とさっと床に倒れ伏した。
余りの事に、ベアでさえ戸惑っている。
「ミホ!」
私はアイシャ様の頬を平手打した者の正体を認め、思わず叫んでしまった。
そこには、ロナウドと共にやって来た浜松付きのキャッスルメイドであり、
ロナウドの恋人でも有るミホが静かに立っていた。
「アイシャ様、貴女がそんな事を仰ったら、
貴女の為に死んでいった者達への冒涜です。
金森、近藤、坂田、木下……そして、ロナウドも」
ミホの瞳から涙が溢れ出る。
「良いですか、アイシャ様。
貴女は、私達が命を掛けて護る価値が有る方なのです。
使用人だからではなく、私たち自身が貴女を好きだから、愛しているから……
だからこそ、ロナウドも貴女を護る為に命を賭けたのです。
軽々しく死ねば良かった等と発言なさらないで下さい。
そんな事を貴女が仰ると、死んで行った者達の魂が、報わ…れ……」
ミホの言葉が途切れ、語尾は言葉にならない。
「ミホ……」
ミホに張られた頬を押さえながらアイシャ様が立ち上がった。
「ごめんなさい、ごめんなさいミホ……」
ぶわっと涙を溢れさせたアイシャ様をミホが抱き締める。
私とベアは顔を見合わせ、頷き合った。
「セラ、大丈夫か?」
右隣に並んだベアの囁きでハッと我に返る。
「え、ええ、大丈夫」
回想から心を引き戻し、テーブルに目をやるとマスターがアイシャ様に頷いていた。
「うむ、そうだな。アイシャ、お前が行きなさい。
もちろん私も行くが、あと、ミホ、君も同行してくれ。
君とロナウドはもう直ぐ結婚する予定だったと聞いている」
私の左隣のミホが体をピク、と震わせる。
「イエス、マスター。
……ありがとうございます」
一瞬言葉に詰まるが、その後は全く動揺もせずに答えるミホ。
この娘は、ナチュラルメイドの素質を完璧に満たしているわね。
近い将来、ミホは昇格試験を受ける予定だ。
その時には、私とベアで推薦書を提出しよう。
もう、きっとマスターもお解りだろうけど……
「とりあえず、今日は休もう。アイシャ、私と一緒に少し眠ろう」
優しく声を掛けるマスターにアイシャ様が頷く。
「では、一時解散だ。
悪いがベア、君は警備を一回り確認してから休んでくれないか?」
「イエス、マスター」
ベアが即答して出ていこうとした時。
「私もお手伝いしましょうか?」
よく通る声が響き、ドアを開けて精悍な男が姿を現した。
「ウルフ!」
アイシャ様が、自身で付けられた男の渾名を呼び、
「ウルフ……?彼は運転手の鬼無里じゃないか」
とマスターが不思議そうにアイシャ様を見詰める。
そう言えば、まだマスターには彼の事や富良野での一件を詳しく説明してなかったのよね。
「ああ、そりゃ助かるぜ、ウルフ。お前が居れば百人力だ」
ベアが微笑みながら声を掛ける。
「それより、お前どこに行ってたんだ?さっきお前が居てくれれば……」
死人が少なく済んだ、とでも言おうとしたのだろうけど、さすがに口を噤む。
「ああ、車の整備と給油に中標津市街に行っていたんだ。
マスター、出過ぎているのは承知しておりますが、
私も警護に参加させて頂きたいのですが」
「……うむ、解った、頼むよ。私はアイシャを休ませるから、詳しい事は後で聞かせてくれ」
「イエス、マスター」
ベアとウルフの声がハモる。
それにしても、襲撃者は手段を選ばないみたいね……次はどんな手で来るのかしら。
私は首を擡げて来る不安にぶる、と小さく身震いしてしまった……