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2.夜宴

屋敷に到着すると、数人のメイドが出迎えている。

俺とセラが下り、セラがアイシャ様の手を取り車から降ろす。

並んでいるメイド達からほう、と言うため息が漏れた。

「皆様、ご苦労様です。お出迎えありがとう」

アイシャ様が流暢な日本語で礼を言いぺこりとお辞儀すると、

並んでいるメイド達の顔が綻んだ。


「アイシャ、よく来たね!待っていたよ」


ピシッとしたタキシードを着こなした美青年が両手を広げながら玄関から姿を現した。

「お父様!」

アイシャ様が嬉しそうに駆け出し、青年の腕に飛び込む。

「アイシャ、また綺麗になったね」

青年はそういうと、迷わずにアイシャ様の唇を奪った。

アイシャ様も嬉しげにそれに応え、紅い瞳を閉じている。


神崎 正臣(まさおみ)――


神崎財閥の若き当主で有り、アイシャ様の実の父親。

そして俺の雇用主(スポンサー)でも有る。


二人の口付けはしばらく続き、俺とセラ、そしてメイド達は

まるで刻が停まったかのような錯覚を受けた。

名残惜しそうに唇を離した正臣氏は、アイシャ様を抱いたまま俺達に向き直った。


「ベア、セラ、ご苦労様だったね。

 今夜はキミ達のための宴でも有る。仕事は忘れてゆっくり楽しんでくれ」

俺とセラはご主人(マスター)に礼を述べ、後に付いて屋敷へと入った。


俺が日本人である事はご主人以外の神崎家の人間は知らない。

今回も、表向きは俺が日本語をペラペラだから、と言う事で選ばれている。

まあ、その実はアイシャ様からのたっての願いだとご主人から後で言われたが。

今回は、主に奥様の手前、俺とモンキーと言う神崎家トップのボディガード二人を

アイシャ様の為だけに付けて来るのは避けたかったという事だ。

屋敷に入ると、広いエントランスに丸テーブルが幾つも置かれ、

料理や飲み物が所狭しと置かれている。

そして、驚いたことに親族だけとは思えないほどの数の客が犇めいている。


「皆様、大変お待たせしました!

 本日の主役、我が最愛の娘、アイシャがたった今到着いたしました!」


朗々たる声でご主人がエントランスの客に向け声を掛ける。

その瞬間、どわあ、という歓声と共に拍手の嵐が巻き起こった。

「セラ、こんなイベントの話は聞いていたか?」

「いいえ、何も聞かされてないわ」

素早く情報を確認する俺。

ご主人の腕の中のアイシャ様もかなり戸惑っている。


「そして、アイシャをガードして来てくれた神崎家自慢の二人、

 ナチュラルメイドのセラとガーディアンのベアにも拍手を!!」

なにぃっ!!

俺とセラを見ながら拍手を再開する客達。

なんだ、この妙な演出は!


「それでは、これよりパーティーを開始します。

 大いに飲み、語り、楽しんで下さい!」


ご主人の声に応えて割れるような拍手が三度巻き起こる。

「セラ。俺こういうの苦手だから後頼むわ」

「!ちょっとベア!逃げる積もり!」

セラが非難の目を向けて叫ぶ。

「逃げないさ。アイシャ様のガードも有るしな。

 ただ、ちょっと一時的な戦略的撤退を試みるだけだ」

「そういうのを逃げるって言うのよ!待ちなさいよ!!」

あっという間に客に囲まれたご主人とセラを残し、俺は一時撤退を開始した。


「ふう…」なんとか飲み物と食い物を確保しつつ廊下への撤退が完了したか…

左手に酒のビンを五本、右手にはパーティーテーブルセットを一皿持って

無事に廊下へと撤退した俺は、設えられている小さなテーブルに獲物を置くと

燃料補給(はらごしらえ)を開始した。酒瓶はシャンパン二本にブランデー一本、

そしてウイスキーが国産とスコッチ各一本ずつだ。

まあまあの収穫だな。ますはシャンパンを一本、一気に空けてと。

「おじちゃん、だあれ?」

ぶほっ!!いきなり声を掛けられてむせる俺。

俺に気配を感じさせないとは、何者だぁ!?

急いでボトルを口に咥えたまま戦闘態勢で振り向くと、

そこには愛らしい赤毛の女の子が不思議そうな顔をして立っていた。


「…お嬢ちゃん、お名前は?」

赤毛の子が首を傾げる。ふむ、歳は七〜九歳位か。

アイシャ様程ではないが、かなりの美少女、いや美幼女だ。

どこかで会った事が有る様な気もするが…なんとなくアイシャ様の面影が観えるが…

そうか!この子が腹違いの末妹のレイラ様か!?

俺が少女の名前と顔を脳内にリストアップした時、

「おじちゃん、レディに名前を尋ねる時には自分から名乗るものなのよ」

と少女が腰に手を当てて生意気な事を言った。

「これは失礼。俺はアイシャ様のボディガードでベアと申します。

 レイラ様、今後とも宜しく…」

執事の様な仕種で挨拶をする俺に、少女は目を丸くした。

「何であたしの名前を知ってるの!?」

「ふふふ、俺には全てお見通しなのですよ、レイラ様」

俺が意味有りげな微笑で意味有りげな事を言うとレイラ様がほええ、と感心した。


「レイラ!どこに居るの!お父様がお見えになっているわよ!」

張りの有る美しい声がレイラ様を呼ぶ。

おそらく、奥方様だろう。

パーティー会場から続いているこの廊下に、ベージュのイヴニングドレスを纏った

グラマラスな和風美女の姿が現れた。

「まあ、レイラ。こんな所に居たのね…あら、貴方は確か…?」

「はい、奥様。私はアイシャ様付きのボディガード、ベアと申します」

奥様の遠慮の無い視線が俺を上から下まで見定めるように突き刺さる。

「…そう。今回は遠い所をご苦労様。所で貴方、日本人なの?」

俺は目を合わさない様にしながら答える。

「いえ、奥様、今の自分には国籍はございません」

ふん、と鼻を鳴らし、

「ふうん…あの人がよく躾けてあるみたいね。まあ良いわ。

 レイラ、行くわよ。お父様と、ついでにアイシャにも挨拶しないとね」


ついで、だあ!?


俺の中では凄まじい怒気が膨らむが、表面上は何喰わぬ顔でスルーする。

「おじちゃん、またね!」

にこやかに手を振るレイラ様を連れて奥様は会場に戻っていった。

それを見送った俺は凄まじい勢いで補給を再開した。


俺は、腹が立つと腹が減るんだよ!!




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