19.ヴィラ・中標津
午後五時半頃、私たちは無事に中標津の屋敷に到着した。
「わあ…素敵なお屋敷!」
アイシャ様が目を輝かせながら歓声を上げる。
市街地から離れた、開陽台に程近い鬱蒼とした森の中に建てられたこの屋敷は、
この春に落成したばかりで真新しい。
設備も最新のものが導入されており、屋敷全体の装備をセントラルコンピューターで
管理、運営でき、セキュリティも今までにない高いレベルとなっている。
正面玄関前の小さなロータリーに車が入ると、玄関前にはレイラ様を抱いたご主人様と
十人程のメイドがずらっと並んでアイシャ様と私達を出迎えてくれた。
「やあ、大変だったねアイシャ。無事で良かった」
「お父様!」
車から降り、タタっと走ってマスターに飛びつくアイシャ様。
マスターはふわっと片手でアイシャ様を抱き上げ、優しくキスをする。
「この屋敷はとても安全だから、安心しなさい。
さあ、疲れたろう。一緒にお風呂に入ろうか」
マスターはアイシャ様を右肩に、レイラ様を左肩に乗せて微笑んだ。
「お待たせしました、マスター」
私が車から降り、挨拶すると
「やあセラ、ご苦労様。君達もとりあえずゆっくりしてくれ」とウインクする。
「マスター、俺はちょっと屋敷の周辺を警戒してきます。許可を頂けますか?」
バイクを停め、ヘルメットを脱いだベアがマスターに申し出ると、
「いや、君も休んでくれ。この屋敷はセキュリティもしっかりしているし、
既にかなりの数の警備隊員に敷地内各所で警戒させている。
私自身がこの目で確認してきているから、心配は要らないよ」
と笑いながらマスターが答える。
一瞬、ベアが何かを言おうとした様だけど、思いとどまった様に少し黙ってから
「…イエス、マスター」
と答えて引き下がった。
ベアとしては自分自身の目で確認したいのだろうけど、
マスターがそこまで言われたから遠慮したのね…
「マスター、ご無沙汰しております」
その時、シルビアを引き連れたロナウドが車から降りてきてマスターに挨拶をした。
「やあ、ロナウド、久しぶりだね。元気だったかい?
お母さんの具合はどうかな?」
優しい言葉をお掛けになるマスターにロナウドがバッと頭を下げる。
「は!お蔭様で快方に向かっております。
これも全てアイシャ様とマスターのお陰です!」
ロナウドは心からの感謝を込めてお礼を言う。
彼はきっと、アイシャ様の為なら命など惜しげもなく捨て去るでしょうね。
「そうか、それは良かった。お母さんを大切にしてあげなさい。
さて、キミが連れている美人は、報告の有ったシルビア嬢だね?」
値踏みをする様にシルビアを見詰めるマスターだが、
その瞳には多分に怒りの成分も含まれている様だわ。
今は情報提供者となったとはいえ、アイシャ様の命を狙ったのは確かなのだから仕方ないわね…
「ミス・シルビア、キミの名前は本名なのかね?
もし本当に我々に協力してくれるのなら、本名を教えて欲しいのだが」
マスターの危険な視線に射竦められて、冷や汗を流していたシルビアが
はっとした我に返り、少し戸惑った後に口を開いた。
「…はい、失礼しました。
シルビア、というのはコードネームですが、子供の頃からの私の愛称でもあります。
私の本名は、マリー・シルベールです。
マリーでも、シルビアでもお好きな方でお呼び下さい」
マスターは満足そうに頷き、
「それでは、マリーと呼ばせてもらおう。
シルビアはアイシャを襲った許し難い敵だが、マリーは貴重な情報を提供して
アイシャがここまで来る道中を安全に導いてくれた味方だからね。
あ、そうそう、アイシャ達がここまで来る為の最初のルートだが、
マリーの教えてくれた情報通り待ち伏せが居た様だ。
そちらを廻った警備隊が全員捕らえたがね」
マリーの情報は正確だったのね。
それに、釧路のお屋敷の爆弾も彼女の言う場所に仕掛けられていたし。
「ロナウド、マリーの手錠を外してやりなさい。
セラ、悪いがマリーの面倒を見てやってくれ。
もちろん、アイシャ優先だが、お前がマリーの管理を頼む。出来るかな?」
少し人の悪そうな笑みを浮べながらマスターが私に問い掛けてくる。
「イエス、マスター。ただ、私一人では手が足りなくなりそうなので
補助としてメイドを一人、付けて頂けると有り難いのですが」
「マスター!ちょっとお待ち下さい!
幾らなんでも、今朝まで敵だった女をアイシャ様の近くに置くのは危険では無いですか!?」
その時、私の言葉を遮る様にロナウドがマスターに進言して来た。
「うん、お前の言う事も最もだが、マリーは大丈夫だ。
マリーを信じなくても良いが、私と、そしてベアを信じてくれ」
ハッとした様にロナウドがベアを見る。
「そうだ、解ってくれたか。もしマリーが危険であれば、
まずベアが猛烈に反対するだろう。だが、彼が反対をしない。
これなら信じられるのではないかね?」
愉快そうに笑いながら言うマスター。
「そうよ、ロナウド!マリーさんは優しい人だから心配ないわ!」
アイシャ様がロナウドを見詰めながら微笑む。
「はい…解りました」
アイシャ様の微笑みに顔を蕩けさせたロナウドが一礼して引き下がった。
「よし、それじゃあセラにはマイを付けようか。良いね?」
「はい、マスター」
並んでいるメイドの中から、一際スリムなメイドがすいっと前に出る。
「浜松別邸付きキャッスルメイドのマイです。
現在、一時的に中標津に派遣されています。
アイシャ様、セラさん、マリー、よろしくお願い致します」
姿勢良く腰を折って一礼するマイに、
「こちらこそ、よろしくね」と答える私。
マイの噂は良く聞いている。
非常に優秀で、ナチュラルメイドへの資格と資質を充分備えた有能なメイド、だと。
「では、屋敷にに入ろうか。
私はアイシャとミスティを連れて入浴するから、みんな寛いでいてくれ」
屋敷の中に入っていくマスターの後を三人のメイドが付き従う。
マスターの姿が見えなくなってから、ヘルメットを被りだしたベアに
「どうしたの?パトロールに出る積り?」
と聞くと
「いや、ちょっと屋敷の敷地外周辺を確認しながら開陽台に行って来る」
と心なしか楽しげに答える。
私がふう、と溜息を付いてから
「なるべく早く帰ってきなさいよ」
とベアに声を掛けると、
XLVに跨ったベアは右手を上げながらバルルル、と走り去っていった。
「ね、私はどうすれば良いかしら?」
自由になった両手首の手錠の痕を摩りながら聞いてくるマリーに
「そうね、まずはお茶でも飲みましょ」とウインクし、
私はお屋敷の中に入る為に歩き出した。




