17.優しき戦士
中標津へと向かう車の中で、アイシャ様は不貞腐れている。
私達の車の前にはロナウド他三名の神崎家守備隊と
シルビアと言う女テロリストの乗ったパジェロが走っていて、
後ろには、ベアの乗るXLV750Rがピタリとついて来ている。
先ほどからアイシャ様は後ろを見てからふん!と言う様な仕草をする。
「…アイシャ様、まだ怒っておられるのですか?」
私は苦笑しながらアイシャ様を宥める。
「…当然です!だって、女性をあんな風に辱めるなんて!
ベアはもっと紳士的な人だと思ってたのに…!」
悲しげに瞳を伏せるアイシャ様を見て、私も溜息をつく。
こうなると、しばらく頭が冷えるのを待つしかないのよね…
その時、運転しているウルフが話しかけてきた。
「アイシャ様、ちょっと宜しいでしょうか?」
「…はい、どうぞ」
少し不審気にアイシャ様がウルフを促す。
「先ほどお話したとおり、私とベアは戦場で一緒に戦った事があります。
ベアは、どんなに過酷で凄惨な戦場でも、非戦闘員や一般市民等、
武器を持って立ち向かってこない人間を傷付けた事は有りません。
戦場を見た事の無い人間には、それが当然の事でしょう。
しかし、実際の戦場を見た事のある人間には、
それは信じられない程凄い事なのです」
そして、ウルフは語りだした。
とある戦場で、ゲリラの村を制圧したときの事。
戦闘員及び予備軍と言える十歳以上の男性はすべて拘禁し、
女性と子供、老人も三箇所の家に見張り付きで軟禁した。
そして味方からの護送車と援軍到着を待っている時。
一人の少女が、自分の家で飼っている豚の餌をやりたいと申し出て来た。
指揮を執っていたベアとウルフと、二人の上官の大佐は相談をし、
ベアが同行して見張る、と言う事で豚の餌やりを許可した。
その大佐は、軍人として、そして人間として尊敬出来る珍しい人だった。
ベアとウルフが上官に少女が何か武器等を所持していないか
検査するべきと申し出たが、大佐は笑いながら首を振った。
「あんな愛らしい少女が武器など持っているわけが無い」と。
ベアに付き添われた少女は嬉しそうに豚に餌をやっていたが、
餌をやり終わった後、恥ずかしそうに
「おしっこしたいので、ちょっと外に出てくれませんか?」
と頼んだ。
その近辺では、豚小屋が便所となっている事も多いので
ベアは諒承し、少しの間外に出ていた。
少女は直ぐに外に出てきて礼を言い、軟禁場所に戻る前に
「大佐さんにお礼を言いたいのです」
とベアに懇願した。
ベアは少女の笑顔に安らぎを覚え、大佐にも是非その笑顔を見せたいと思い
指揮本部に少女を連れて行った。
途中、ふと身体検査をした方が良いかと考えたが、
大佐の言葉を思い出し、苦笑しながら検査を思い止まった。
指揮本部のテントにちょこちょこと入っていった少女が
大佐にペコリ、と頭を下げながら「ありがとう、大佐さん!」
と言った瞬間の事だ。
ドン!!
指揮本部の外に居たベアは突然の爆音と爆風に吹き飛ばされ、数十メートル転がった。
なんとか受身を取って立ち上がると、指揮本部が炎に包まれている。
「大佐!!ウルフ!!」
炎上する指揮本部に駆け寄ったが、もう既に炎の中に生きている者は居なかった…
「そして、その直後にゲリラが襲ってきました。
怒りに燃えるベアと俺は混乱する部隊をなんとか建て直し、
辛うじて撃退しましたが、その時に捕虜にしたゲリラの口から
吐かせた言葉に、ベアは更に怒り狂いました…」
実は、豚小屋には少女の父親でも有るゲリラの支部隊長が隠れていた。
そして、少女は父親に食事を届けるために豚の餌やりを申し出たのだと。
父親は食事を持ってきた少女に小型爆弾を渡し、
「これは睡眠薬を噴射する装置だから、大佐さんの前でスイッチを押せ」
と偽って指示したのだと…
「…私はその爆弾が爆発した時、指揮所に居たのですが
咄嗟に外に飛び出てなんとか命は助かりました。
しかし大怪我をしてしまい、その後で襲って来たゲリラを撃退した後に
動けなくなってしまったのです。
そして、ベアは一人でゲリラのアジトへ向かい、
一個大隊以上の戦力を持っていたそのゲリラを壊滅させてしまったのです」
あまりの事に、私とアイシャ様は声を出す事も出来ずに
バックミラーに写るウルフの顔を見詰めていた。
「それから、ベアはどんなに危険が無い、と思える相手でも
厳重な身体検査を怠らないようになりました。
そして、そのお陰で私やその他の戦友は何度も命を救われたのです」
ふとアイシャ様を見ると、下を向いて押し黙ってしまっている。
そして、ミニスカートから覗く真白い太腿に、ぽつ、ぽつと涙が落ちていた。
「…ごめんなさいベア…」
小さく呟くアイシャ様の肩を抱きしめる。
バックミラーに写るウルフの精悍な顔がふっと微笑み、
前席と後席を隔てる防弾・防音ガラスがすーっと上がった。
「セラ…私、ベアに酷い事を言っちゃった…」
顔を上げたアイシャ様は真っ赤になって泣いている。
「大丈夫、ベアは解っていますよ。アイシャ様のお気持ちを」
私の言葉が終わらない内に、ふえ〜ん、と泣きながら抱きついてくる。
私はアイシャ様をぎゅっと抱きしめ、後ろをついて来ている強く、頼もしく、
そして心優しい戦士に目をやった。