13.隠された過去
「あの人は…タケル様は、アイシャ様の母親違いのお兄様です…
もし、あの人が本当のタケル様であれば、だけど」
セラは苦しそうに話し出した。
タケル様は、マスターのとかつての恋人との間に生まれた子で
母親ははセレーナというフランス人の女性である。
マスターが十七年程前に仕事の為にフランスへ滞在した際、
マスターが借りたアパートメントの友人だった女学生のセレーナと出会って恋に落ち、
フランス滞在中は部屋が隣同士だと言う事も有り、殆ど夫婦の様に連添っていたそうだ。
約一年の後、仕事を終えて日本へ帰国する際にセレーナを妻として娶る為にプロポーズし、、
嬉しそうにOKしたセレーナを連れ帰ろうとしたのだが、
その当時の神崎家当主である祖父の神埼明臣氏に大反対され、
当時まだ若く、力も自由も無かった正臣氏はどうする事も出来なかった。
いっそ、神崎家を捨ててセレーナと駆け落ちし様かとまで思い詰めたらしいが、
それを察したセレーナが自ら身を引き、姿を消したと言う。
その後、メキメキと実力や人脈等の様々な力を付け、頭角を現した正臣氏は
明臣氏を半ば力ずくで引退させ、神崎家当主の座に着いた。
そして、セレーナを捜し求めたが探し当てる事が出来ず、
失意に陥った正臣氏を優しく受け止め、愛し合った女性が前奥様であると。
そして、それから何年かの年月が過ぎ、ある日神崎家の横浜本低前に
小さな荷物と一枚の写真を持った銀髪の幼い少年が現れ、正臣氏に会いたいと言った。
もちろん、対応した執事にけんもほろろに追い返されそうになったが、
偶然その場面に出くわし、彼の所持していた写真をふと見たメイド見習が驚き、
たまたま本低に帰っていた正臣氏に取り次いだ。
その写真を見た正臣氏も非常に驚き、少年を自分の前に連れてこさせた。
そして、少年を見て涙を流しながら
「キミの母の名は…?」
と問うた。
「はい、お父様。母の名は、セレーナ・フランソアと申します」
少年の所持していた写真には、若き日の正臣氏と美しき銀髪の恋人の姿が写し出されていた。
「その時、タケル様をマスターに取り次いだのが、神崎家に入ったばかりの頃の私なの…」
セラは涙を流しながら、呟くように絞り出した。
「そうか…。
だが、そんな話を俺は聞いたことも無いぞ。
確かに俺は新参者だが、それにしてもそんな重要な件を
耳にした事も無いなんて いくらなんでもおかしいじゃないか?
大体、お前の話ならあの少年、タケル様はおそらく現在十七〜八歳だろう。
なぜ、今の今まで誰も知らなかったんだ?
アイシャ様はなんとなくご存知だった様だが…」
セラが濡れたブラウンの瞳を俺に向けた。
「マスターはタケル様を息子として神崎家に迎えようとしたわ。
そして、当時の奥様もそれに大賛成だった。
しかし、タケル様がそれをお断りしたのです。
自分は、ただ母親の遺言でマスターに逢いに来ただけだと。
そして、母の言葉を、
「正臣、永遠に愛しています」
という言葉を伝えに来たんだと…
しかしマスターと前奥様は立ち去ろうとした幼いタケル様を押し留め、
せめて一人で暮らしていけるまでの生活の面倒だけでも見させてくれ、と言って
執事見習という事にし、息子だと言うことを隠して雇い入れました。
マスターは厳しく、そして優しくタケル様を指導し、お育てしました。
タケル様もそれに応えて励み、たくましくなっていかれたのです。
前奥様もそんなお二人を嬉しげに見守っておりました。
そして、数年後にアイシャ様がお生まれになり、マスターも奥様も、
もちろんタケル様もとてもお慶びになり、マスターの幸せの絶頂期が訪れました。
あの時期のマスターは本当に幸福そうで、我が世の春を謳歌していたの…」
しかし、幸せの絶頂は長くは続かなかった。
アイシャ様が三つ程になり、可愛い盛りとなった時の事。
神崎家血縁のある男によりマスターと前奥様の不名誉な秘密が暴露され、
神崎家の中で二人は吊るし上げを喰らってしまう。
だが、実力も人望・人脈も強力にして豊富な正臣氏を追い落とすことは出来ず、
卑劣な手を使ったその男が逆に神崎家を追われてしまう結果になった。
「でも、前奥様は自分の存在がマスターを苦しめることを恐れ、
失意を癒すためにアイシャ様を残して出掛けたアフリカ旅行の途中で
自ら姿を消してしまい、そのまま今に至るまで発見出来ないの…」
そしてタケルは、本当の母同然に慕っていた前奥様を探しに出ると言い、
マスターの静止を振り切ってアフリカへ赴き、
ジャングルの奥地で疫病に冒されて亡くなってしまった…
同行していた現地の案内人がタケルの遺品として、
出発前にマスターがせめて何時でも居場所が解るようにと説得して
体内に埋め込んだ発信機を、タケルの手首と共に持ち帰ったという。
「…ベア、泣いてるの…?」
セラがおずおずと聞いてくる。
「バ、バカ野郎!そんな訳ないだろが!!」
俺は慌てて否定する。
やべぇ、危なく半泣きなのがバレる所だ…
「そうか…そんな事情が有ったとはな…」
俺は誤魔化す様にしかめ面をするが、セラは微かに微笑んでいる。
むむ、まずいな…
「ところで、なんでお前はそんなに詳しく内情を知っているんだ?
いくらタケル様を最初にご主人に取り次いだとはいえ…
今のお前なら不思議じゃないが、当時は見習いの新入りだったんだろ?」
俺の問いにビクっと体を震わすセラ。
しばらくの沈黙の後、セラが決意したように口を開いた。
「タケル様は…私を、愛して下さったのです」
「なにぃっ!!」
俺は驚愕のあまり、つい大声を出してしまった。
「…タケル様が神崎家にお入りになる時、さっきも言いましたが
マスターのご子息としては入りませんでした。
だけど、まだ幼かったタケル様に、マスターは特別にメイドを付ける事にしたのです。
それが、私でした…」
当時、タケル様は五歳だった。
だが、とても聡明であり、その考え方や知能、体力はずば抜けており、
マスターや奥様をはじめ、神崎家の人々を驚愕させた。
そして、乾いた砂が水を吸収する様に様々なスキルを身に付けて行き、
アイシャ様が御生まれになる頃には十三歳程だったが、
神崎家本邸の若番頭の様な存在だったという。
「私はタケル様のお世話をずっとしていたの…
そして、あの時。
タケル様がアフリカに出掛けられる前の晩…
十六歳になったタケル様は、私に愛を告白して下さいました。
そして、無事に奥様を見つけて連れ帰って来たら結婚してほしい、と…
私は驚きましたが、同時に喜びで心が満たされました。
…私も、彼を愛していたから…」
なるほど…彼がセラに言ったあの言葉。
あの時くれたキスを忘れたことは無いよ、という言葉…
そういう意味が有ったのか。
ん?待てよ?
「ちょっと待て、セラ。
今日現れた少年はどう見ても十七〜八歳だった。
だがお前の話だと、タケル様は既に二十台後半の筈だ。
アイシャ様が三歳の時、十六歳だったんだからな。
単純計算でも、二十六歳のはずだろ?
…まあ、人ってのは見かけじゃ解らないもんだがな…」
セラも戸惑った様に答える。
「そう…そうなのよ。
今日現れたタケル様は、最後に姿を消したまま、あの頃のままの姿だった。
それが解らないの…もし生きていたとしても、なぜ歳を取っていないのか。
それとも、もしかすると別人なのか…?」
ピピピピピピピ!
俺が腕に付けていたアラーム受信機が鳴り出した。
「なに!どうしたの!?」
セラが鋭く叫ぶ。
「お客さんがいらっしゃった様だぜ…」
俺は答えて立ち上がる。
「セラ、話は明日だ。今は出迎えの準備をしようか」
一瞬にしてセラの顔が鋭敏に変わる。
さて、何人の団体さんかな…?