11.銀髪の少年
「アイシャ様から離れろ!」
俺の言葉に肩をすくめる少年。
「怖いね、別に何もしないよ」
ようやく辿り着いた俺は、アイシャ様と少年を隔てるように立ち塞がる。
「あなたはどうして私の事を知っているの…?」
アイシャ様が俺の前に出て、少年に問い掛ける。
少年がふっと微笑む。
「僕は、キミの事なら何でも知ってるよ、アイシャ。
カマキリが苦手な事、焼き立てのクロワッサンが好きな事…」
「黙れ、何の積もりだ」
俺の声に少年が再び肩を竦める。
「…そして、ベアが大好きな事もね」
かあっとアイシャ様が赤くなる。
「黙れと言っている」
俺は少年を拘束するために足を踏み出した。
「止めて!ベア、この人は悪い人じゃ無いわ」
アイシャ様が俺の手を握りながら叫ぶ。
「アイシャ様…」
紅い瞳をじっと俺に向けるアイシャ様。
さて、どうするか。
「アイシャ様!ご無事ですか!」
セラの声が響く。
そして、少年と俺達の間に立ち塞がった。
「貴方は誰なの?
名前くらい名乗りな…さ…」
セラの声が止まる。
「タ…ケル…様…?」
なんだと!?
「セラ、彼の事を知っているのか?」
少年が先ほど名乗った名前がセラの口から漏れた。
「なぜ…そんな、事って…
タケル様は、あの時…」
セラが茫然自失になっている。
こんなセラを見るのは初めてだぜ。
「セラ、久しぶりだね。相変わらずとても綺麗だね」
ハッと我に返るセラ。
「貴方は誰なのです!
タケル様はもう居ないわ。四年前に…」
セラが自分を叱咤するように強い調子で叫ぶ。
が、最後の言葉は出て来なかった。
少年は微笑んだまま、ギリシャ彫像の様に立っている。
夕焼けがその横顔を染めていく。
紅く染まり、煌く銀髪、白磁の様な白い端正な顔。
すらっとした鼻梁、薄く形の良い唇。
…似ている…
俺は、俺の手を握り締めて少年を見つめている少女の横顔に視線を移した。
瞳の色は違うが、余りにも似過ぎている。
俺は再び少年に視線を移す。
緑色の瞳に穏やかな微笑を湛え、
少年は少女を慈しみさえ込めた視線で見詰めていた。
「今日はアイシャとセラ、そしてベア、貴方に逢いに来ただけ。
そろそろ迎えも来るから、これで失礼するね。
アイシャ、とても綺麗になったね。
セラ、貴女からもらったキスを忘れたことは無いよ。
ベア、アイシャを護ってくれてありがとう。
もう時間も無いから…」
少年は儚げに笑うと、ふっと身を翻した。
「待て!聞きたいことが有る!」
少年を追いかけようとした俺をアイシャ様が抑える。
「ダメ!ベア、行かせてあげて…」
響いてくる排気音に気付き、目を向けると
丘の上を一台のバイクが砂塵を上げながら走ってくる。
この独特の音は…
R100GS!
少年の傍に停止した巨大なBMW製エンデューロマシンのライダーが
少年にジェットヘルメットを手渡す。
「じゃあみんな、また逢おうね」
少年がリアシートに跨ると、白と赤に塗られたGSは砂煙を上げながらダッシュし、
荒れた丘の上を軽々と走り去って行く。
夕日に染まる丘の上で、俺達は立ち尽くしたままその姿を見送っていた。
「セラ、彼は誰なんだ。お前は知っているみたいじゃないか」
俺の声にハッと我に返るセラ。
「い、いいえ、知らないわ!知ってる訳無い…
あれは、タケル様なんかじゃない…」
呆然と呟くセラ。
「セラ、お前らしくないな。
そんな意味不明な言葉で誤魔化そうなんて…
俺はそんな事じゃ納得しないぞ。ちゃんと話してくれ」
ギャングに囲まれて銃を向けられても艶っぽい微笑みで挑発する様な
あのセラが、まるで小娘の様な怯えたブラウンの瞳を俺に向け
いやいやをする様にふるふると首を振った。
「セラ、どうしたって言うんだ!いい加減にしろ!」
そんなセラを見て、俺はなぜか猛烈にイラついて強く叫んだ。
「止めて、ベア。セラを責めちゃダメ…」
アイシャ様が俺を制止する。
「しかし、彼が何者か解らなければ…」
俺の言葉をアイシャ様が遮った。
「良いの、私には解ったから。
…ねえセラ、嫌なら答えなくても良いわ。これは私の独り言だから。
あの人は、神崎タケル。
私の、お兄様…でしょ…?」
瞬間、セラがビクン!と震えた。
「なんですって!?」
アイシャ様のお言葉に俺も驚く。
アイシャ様に兄が居るなんて初耳だ!
俺がセラを見ると、彼女は呆然とした表情で涙をハラハラと零していた。