寂れた通りの雑貨店と風変わりな店主 ―― 小餅 リィ
小餅が鳥かご屋を訪れた時、店は開店したばかりだった。昼もまわった頃になって店先に椅子を出してきた店主の李は、小餅を見て軽く手をあげた。早く来なくて正解だったと思いつつ、小餅は微笑んで声をかける。
「おそようだね、リィ」
からかいまじりに言うと、若い店主はざっくり編んだ夜色の三つ編みを気だるそうに払ってしゃあしゃあと答えた。
「まぁ、こんなもんだろう」
言いながら、小餅が腰掛けられるようもうひとつ丸椅子を引きずり出してくれる。
鳥かご屋の客足は恐ろしくまばらだ。早く開いても遅く開いても来る客の量は変わらない、と李は言うけれど小餅はそれは客が店主の性格をわかっていて時間を調整して訪れるからだと思っている。小餅が実際そうなのだからきっと間違いない。
「石鹸が切れたから買いにきたの」
物であふれた店の中から目当ての石鹸を見つけ出してもらい、お金を払うとひとまずの用事はすんだ。
「ねぇ、本当にこの値段でいいの?」
受け取った小銭をポケットにしまう李を見て小餅は毎度のことながら申し訳ない気持ちで聞いた。
小餅が渡したお金では本来石鹸の半欠けも買えない。まして李の売ってくれる石鹸は小餅でもわかるほど質がいいのだからなおさら小餅は戸惑ってしまう。
しかしこの話題になると李はとたんに気難しい店主の顔を見せるのだった。
「値段に不満がある? 気に入らないなら売らないよ」
ひやりと冷たい態度で切り捨てられて小餅は肩をすくめる。
商売において李には独特の理念があるらしく、値段の高い低いに限らず文句をつけてくる客には取り付く島がない。
茶飲み友達の小餅であってもこの話題になると手厳しい対応を食らうのだからどうしようもなかった。
それでも定期的にこんなやりとりをしてしまうのは小餅なりに思うところがあるからだ。
周りの人間に支えられて生きている自覚がある小餅だから、自分の手で贖えるものはせめて甘えず手にいれたい。しかし李の価値基準はまるきり小餅の考えとは違うところにあるようだった。
「この店で物の価値を決めるのは俺。売るかどうか決めるのもそう。人によって物の価値なんて変動するのだから小餅が店の商品の正しい売価を図るものじゃないよ」
これ以上食い下がるなら小餅が相手でも二度と売らない、と締めくくられて小餅はいよいよ降参するしかなかった。
「リィの店で日用品が買えなくなったら困っちゃう。わかった、もう言わないよ」
殊勝に言うと李は冷めた表情を崩して静かに笑い小餅の頭をくしゃりとなでた。
石鹸の代金を入れたのと反対のポケットに手をつっこみかけ、はたと気づいたように李が言う。
「そういえば」
「どうしたの?」
李は床に置かれた小物をまとめ入れたカゴにポケットからなにやら商品らしきものを放り入れた。
「なぁに? それ」
小餅が興味を持って覗きこむと、李はなんてことない顔でもう一度放ったものを取り出し小餅に見せてくれる。
「細い筒? 赤ちゃん蛇みたいな形だね」
「鋭いな。指を出してごらん」
李に言われ、小餅は小首をかしげながらも素直に指を差し出した。
差し出したところへ李がすっぽりと蛇みたいな筒をはめつける。
「なんなの? あれ、ひゃっ」
引き抜こうとした口が引き絞られて抜けない。小餅が必死で引っ張っても引っ張ってもいっそう吸い付くように食いついて筒蛇は抜けてはくれないのだった。
「なにこれ!」
目を丸くする小餅を前に李がくっくと声を噛み殺して笑っている。
「おもしろいだろ」
「どうやって取るの?!」
李が蛇の胴体の部分を押し縮めるようにすると口がゆるんだ。小餅がおそるおそる指を引き抜くと今度は難なく抜ける。指をさすりさすりし、小餅は外された筒蛇を見た。
「へんてこなおもちゃ、だね」
「こういう単純なのがいいのさ」
「でも誰が買うの?」
「さあね」
李はさらりと言って、へんてこ筒蛇を小物カゴの中へ投げ戻してしまった。
「わたし、あれが売れる頃何歳になってるだろ」
「すぐ売れるかもしれないだろう」
そう言って店の奥で埃を被っている商品を小餅はいくつも知っている。
筒蛇の行くすえに小餅が思いを馳せていると、空き店舗が延々と続く廃れた通りをぼんやりと見渡していた李がぼやいた。
「それにしても、せっかく店を開けたのに今日は誰も来ないな」
口でいうほどに気にしていなさそうな横顔を見つつ、小餅は改めてこの店と店主に疑問を抱くのだった。
「こんな調子でどうして店をつぶさずやっていけるのか不思議」
その問いには眠たげなあくびの音だけが返された。
たったひとりのちいさな客を迎えた鳥かご屋は世間話のネタも尽きた夕暮れ時には店を閉めた。
筒蛇は沖縄の民芸品的な見た目のなにかです