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8/17

敗北を積み重ねて

ティアとユファレートとワッツ夫人の三人で、交互に仮眠を取った。


遠くから、時刻を告げる鐘が五回聞こえる。


「んむー……」


肩を揺さぶられて、ティアは眼を擦った。


「眠いぃ……」


「相変わらず寝起きの悪い……」


ユファレートの声。


他に、知らない女性の笑い声がする。


横になっていた時に、下にしていた右肩が痛む。


柔らかいベッドの上ではなく、馬車の荷台の中だということをティアは思い出した。


狭苦しかった。五人も荷台の中にいるのだ。


ワッツ夫人は、宿屋の女主人の腹部の治療を続けている。


女の子は、母親の膝を枕に眠っていた。


宿屋の女主人は、目覚めていた。

幌に背を預けて、身を起こしている。


顔色は、少し悪い。


「気がついたんですね。良かったぁ……」


「色々とご迷惑をおかけしました。お蔭様で助かりました」


女の子を起こさないように注意しながら、頭を下げる。


「そ、そんな……迷惑なんて……」


ティアは慌てて手を振った。


罵倒されるならともかく、感謝や謝罪されるのは困る。


自分たちのせいで、危険に巻き込んでしまったのだ。


それに、傷を癒したのはユファレートとワッツ夫妻である。


「あたしは、なにもしてませんから……」


馬車は停まっていた。


街の外まで避難できたのだろう。


馬車を走らせていたのは、兵士二人だった。


一人は中年の男で、一人はまだ若い男だったが、カーテンの隙間から見ると、中年の男はいない。


若い男の方は、御者台でうとうとしている。


「上の人に、報告に行くって」


「なるほど」


ユファレートに、ティアは頷いた。


幌の後部を開くと、冷たい早朝の空気が入り込んできた。


街の外だった。

石造りの外壁が見える。


門の近くは、住民でごった返していた。


その混雑とは少し離れた所に、ティアたちが乗る馬車は停まっていた。


「『塔』が誤作動なんて、悪い事は重なるもんだねぇ……」


自分の頬を撫でるようにしながら、宿屋の女主人は言った。


「何年もこの街に住んでいるけど、こんな騒ぎ、初めてだわ。勘弁して欲しいよ、まったく……」


「あ……」


ちくりと胸が痛んだ。


誤作動ではない。

『塔』が起動するとしたら、人為的なものである。


ダリアン。

ティアたちがこの街にいなかったら、今回の混乱はなかった。


「あの、あたしたちが……」


「そう言えば、この子すごいですね!」


ユファレートが、声のトーンを上げて、ティアの言葉を遮った。


(……そうよね)


今、真実を話しても、混乱を招くだけだろう。


すべて解決してから、真相は話せばいい。


謝罪は、その時でいい。


「まだ五歳くらいですよね? それなのに、地図を見れるなんて」


「……ユファなんて、未だに見れないもんね。五歳児に敗れるという」


ユファレートは、はっきり言って方向音痴だった。


地図を渡すと、上下逆さまにしたり、首を傾けたりと面白い。


「んー、余計なことを言うのは、この口かなぁ」


ユファレートに、頬を摘まれる。


宿屋の女主人は、女の子の髪を撫でながら微笑んだ。


「この子、地図は見れるんですよ。読み書きはまだほとんどできないのに」


「へー」


ティアが地図を見れるようになったのは、多分小学校で地図記号などを習ってからだった。


「あたしが、毎日地図ばかり眺めてたからかねぇ」


「地図を、毎日?」


ティアが小首を傾げると、宿屋の女主人はぱたぱた手を振って笑った。


「ああ、ウチの旦那、どうしようもない飲んだくれでね。毎日毎日、あっちこっちで飲み歩いてね。急性アルコール中毒で病院に運ばれるわ、酔って暴れて、器物破損で警察のご厄介になるわ」


それは、笑い事ではないような。


「あの人迎えに行く前に、いつも地図で場所を確認してねぇ。それを、この子も隣で見ててね」


「なんて言うか……」


「大変ですね……」


ティアもユファレートも、呟くように言った。


「……あれ? そう言えば、旦那さんは?」


少なくともティアは、それらしい人を見ていない。


「ウチの旦那ね、しばらく前に……」


「……え」


「もう、ほんとバカな人でねぇ……。朝っぱらから酔っ払って、馬車に轢かれちゃってね……」


「……それは……なんと言ったらいいか……」


「ん? ああ、死んじゃいないよ」


腹の傷を押さえながら、宿屋の女主人は笑った。


「両足を骨折しちゃってね。今は入院中」


街の方へ眼をやる。


「ちゃんと避難できるといいけどねぇ……」


「あ……」


『塔』が、起動したら。


街に残っている人々は助からない。


この街を危機に陥れている一因は、ティアたちにあるのだ。


「大丈夫ですよ!」


喉の渇きを、ティアは感じていた。


「絶対に、『塔』は誤作動しませんから!」


ユファレートが、手に触れてきた。

ティアは、その手を握り返した。


「絶対に、あたしたちが止めますから……」


「……止める?」


宿屋の女主人が、不思議そうな顔をする。


「ちょっと、外に出てますね。狭い荷台の中に閉じこもっていたら、肩が凝っちゃう」


面を向かい合わせるのが辛い。


ティアたちと関わることがなければ、宿屋の女主人は重傷を負うことはなかった。


旦那さんの心配をすることもなかった。


逃げるような気分で、ティアは馬車を降りた。


「……あれ?」


軽く地鳴りがした。


遠くで、火の手が上っている。


街の外壁の側からである。

ティアたちの現在地は西門のすぐ近くであるが、ここからだと北の方角となる。


「ルーアの魔法よ……!」


魔力を察知したらしいユファレートが、荷台から身を乗り出した。


「行かないと!」


ティアは、無意識のうちに小剣とダガーの位置を確かめていた。


御者台の若い兵士は、まだうたた寝をしている。


「ワッツさん、二人をお願いします!」


次の仮眠は、ワッツ夫人の順番だったはずだ。


ここまで夜通し起き続けなはずだが、ワッツ夫人は一切不満気な様子は見せずに、ティアの言葉に頷いた。


馬車を降りたユファレートが、両手で杖を握りしめる。


その肩に、ティアはしがみついた。


「フライト!」


ユファレートが、飛行の魔法を発動させる。


「ユファ! あたし、この街の人たち、死なせたくない!」


ユファレートと一緒に宙を駆けながら、ティアは叫ぶように言った。


「うん!」


景色が歪むほどに加速する。


飛行の魔法は、術者にかかる負担が大きいらしい。


そして、ユファレートは怪我人の治療などで、かなり魔力を消耗しているはずだ。


ティアという荷物も抱えている。


それなのに、いつもよりも速いくらいだった。


「当然、わたしだってみんなを守りたい!」


ユファレートもまた、叫ぶように言った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


西北西の門から、避難する住民に紛れてルーアは街の外に出た。


外壁沿いに移動し、西門を、『塔』を目指す。


その途中でルーアの前に姿を見せたのは、『コミュニティ』の兵士が三人だった。


いつもの黒装束である。


一人は、仲間を呼ぶためだろう。直ぐさま身を翻して立ち去った。


二人は、ルーアと距離を保ち様子を見ている。


兵士の二人くらい、どうということもなかった。


捩伏せることも、逃げることもできる。


だが、ルーアは二人を無視して辺りを見渡した。


左腕には、治癒の魔法をかけ続けている。


左手の方にある、街の外壁を見上げた。


十メートルほどの高さだろうか。


さすがに前線の都市である。

高さも厚さもかなりのものだった。


大砲を何発か撃ち込まれても、耐え切れそうだ。


これなら、多少派手に暴れたところで街に被害はない。


(いい場所じゃねえか……)


右手の方には、高木が数本生えている。


枝葉が多い木である。


外壁との距離は、ルーアの歩幅にして、四歩分というところか。


どう戦うか、大体決まった。


兵士たちに、動きはない。


仲間を呼びに行った兵士も、まだ戻らない。


どうせなら、全員連れて来ればいい。


ダリアンも、バラクも、他の兵士も。

その方が手っ取り早い。


適当な枝を拾い、地面に線を引いていく。


人が一人立てるほどの円を描き、その中に月と獅子座と天秤座を意味する、紋様を書いた。


簡単な魔法陣である。


月は魔力の増幅、獅子座は魔法の範囲の拡大、天秤座は魔法の精度が上がる効果がある。


魔法陣に頼るのは、あまり好きではなかった。


太陽、月、星の位置によって、効果が落ちたり、意味が逆転したり、全く発動しなくなったりする。


そして、空は不変ではない。


つまり、時間制限がある。


効果が切れた時に、能力の落差が失敗を招く危険性があった。


今は、多少の危険性には眼をつぶって、自分を強化する必要がある。


下準備は整った。


ルーアは、魔法陣の上で待った。


魔法陣に立たなくては、恩恵は受けられない。


(……勝てるのか?)


浮かび上がってきた疑問を、ルーアはすぐに打ち消した。


勝たなければならない。


そして、もし負ければ死ぬだけだ。


街の人々の命が掛かっていることは、考えないようにした。


背負い込むには、重すぎる。


仲間を連れて、兵士が戻ってきた。


バラクがいる。

全身水でできているような『悪魔憑き』である。


もう一人、初見の男がいた。


ごく普通の、街の住民のように見える。


だが、姿そのままの存在ではないだろう。


バラクと並び立っている。


あとは、兵士が九人。


ルーアは、内心で舌打ちしていた。


少ない。


敵を殲滅するつもりで、念入りに下準備をしたのだ。


せめて、ダリアンには来てほしかった。


そう何度も使える手段ではない。


「バラクのことは、知っているな?」


バラクの隣にいた男が、一歩前に出た。


印象に残らないわけではないが、あまり特徴がない男だった。


強いて上げるとしたら、耳が少し大きいくらいか。


「誰が相手だろうと、名乗る。それが俺のポリシーだ。だから、名乗らせてもらう。俺は、レオンという」


名前に興味はない。聞いてもいない。


レオンは続けた。


「見ただけではわからないだろうが、俺も『悪魔憑き』だ。あまり甘く見ない方がいい」


バラクが、手を振る。


兵士が、ルーアを取り囲むように展開した。


ルーアは、移動せずに囲まれることを許した。


目玉だけ動かして、敵の位置を確認する。


一人が、ダガーを投げ付けてきた。


それを、ルーアはろくに見ることもなく、宙で掴み取った。


どこぞの女の投擲の方が、余程鋭い。


ダガーを、背後に捨てる。


「……随分と、落ち着いているじゃないか」


レオンが、感心したように言う。


「可愛い気のない、ガキだ」


バラクは、不満そうだった。


挑発に乗るとしたら、こっちか。


ルーアは、掌を上にしてバラクに手を向けた。


『来いよ』という意味を込めて、ちょいちょいと指を曲げる。


それでバラクが激昂することはなかったが、頬を引き攣らせ鼻で笑う。


「行け!」


バラクの号令で、兵士が襲い掛かってきた。


バラク自身も、数歩踏み出している。


ルーアは待った。


できるだけ、引き付けたい。


兵士が持つ刃物が、体に触れる直前。


そこで、魔法を発動させた。


視界が切り替わる。


空と、地平線。


目眩を感じ、ルーアは膝をついた。


発動させた魔法は、瞬間移動。


この魔法を使った直後は、いつも平衡感覚を失う。


移動先は、街を覆う壁の上だった。

魔法陣がなければ、ここまでは飛べなかった。


壁の下、ルーアの姿を見失い困惑しているバラクたちの姿が見える。


ここからは、時間との勝負となる。


そして、いくらか運任せだった。


つまり、賭けの要素がふんだんにある。


バラクやレオンは、ルーアの残した魔力の波動から、直に瞬間移動の魔法を使ったと悟るだろう。


ルーアの移動先や、意図をいつ気付くか。


それは、彼ら次第となる。


ルーアは、眼下の敵を見据え、全身の魔力を引き出していった。


上方から、無防備な相手へと、最大火力をぶつけるために。


バラクたちの反応が遅れれば、全滅させられる。


掻き集めた魔力が、膨張し炎と化す。


「ヴァル……」


バラクとレオンが、魔力を探知してこちらを仰ぎ見る。


「エクスプロード!」


ルーアは、火球を撃ち放った。


炎が破裂し、辺りを揺るがす。


ルーアは、壁にかじりついた。


激震に、街全体が揺れているように思える。


(どうだ……!?)


まるで、大砲が炸裂した後のように、余韻で空気が振動している。


壁から、身を乗り出し下方を見る。


熱波で視界が歪み、はっきりと確認できない。


「危なかったよ」


声と気配。


「!?」


咄嗟に、地面を転がる。


ルーアがいた所を、なにかが貫いた。


「くそっ……」


瞬間移動を発動させたのだろう。


そこにいたのは、レオンだった。


右の前腕部から、指ほどの太さの木の枝のような物が、無数に生えている。


それが、壁の上、石の床をえぐっていた。


(まずい……)


身を起こそうと床をついた右腕が、震える。


万全には程遠い状態で、強力な魔法を連発させた。


消耗が半端ではない。


レオンが、左腕を向けた。


右腕と同じように、前腕部から枝が生えて、突き進んでくる。


「ちっ!」


ルーアは、壁から飛び降りた。


そのまま着地すると、危険な高さである。


高木が生えている方向に飛んだ。


破裂した火球の影響で、折り重なっている。


その枝葉を突き破りながら、ルーアは着地した。


クッションがあったとはいえ、衝撃に左腕が軋む。


一瞬、意識が飛ぶ。


それでも、ルーアは走った。


だが。


「……つぁっ!?」


右の掌を、レオンの腕から伸びた枝に貫かれた。


魔力を掌の先に集中させ、すぐさま灼き切る。


「逃がさんよ……」


意識が飛んだのは、一瞬ではなかったのかもしれない。


すでに、レオンは地に降り立っていた。


そして、熱波の渦から、バラクが進み出てくる。


周囲に魔力障壁を張り巡らしていた。


火球の直撃を避けたのか。


全身が水のような男だからわかりにくいが、憔悴してはいるようだ。


「……ちくしょう」


おそらく、兵士たちは消し飛んだだろう。

だが、肝心の二人が無事である。


敗北を悟り、ルーアは膝をついた。


もう、まともに体が動かない。


魔力も、ろくに残っていない。


ルーアは、後悔した。


あと半瞬だけ早く、火球を放つべきだったか。


そうすれば、かわされることも、防がれることもなかったかもしれない。


(この程度なのか、俺は……?)


ストラームが、ランディが与えてくれた力は。

ルーアという男は。


こんな所で、こんな連中に敗れてしまう程度でしかないのか。


「正直、ここまでやるとは思わなかった。感嘆するよ」


レオンが、腕を上げる。


「苦しませるようなことはしない」


「そこまでよ!」


(……?)


凜とした声、になるのだろうか。


ティアの声だったが、しばらく姿を見つけることができなかった。


上空から、ユファレートと二人で降りてくる。


ティアは、左腕をユファレートの首に回ししがみつき、右の人差し指を『悪魔憑き』たちに突き付けていた。


二人で、ルーアの眼前に着地する。


ルーアも、バラクもレオンも、唖然としていた。


余りにも場違いである。


「……なにしに来た?」


ルーアが呻くと、ティアはぎろりと睨みつけてきた。


「決まってるでしょ! このバカ!」


怒鳴りつけられる。


バラクが、肩をすくめた。


「お嬢ちゃんたちが、俺たちの相手をすると?」


「……一応、名乗っておくか。俺はレオン、こいつは、バラクという」


「聞いてないわよ!」


どうにもティアは、ご機嫌斜めという感じだった。


「ユファ。かたっぽお願い」


「任せて」


ティアにもユファレートにも、『悪魔憑き』を恐れる様子はない。


「待て!」


お前らなんかじゃ。


そう続けて言う前に、レオンが手を上げた。


掌の先で、光が渦巻く。


ユファレートが、杖を上げた。


「ヴァイン・レイ!」


放たれた光の奔流が、大気を吹き散らし突き進む。


レオンが放った光線をたやすく弾き飛ばし、外壁に大穴を穿った。


なんとかかわしたレオンは、明らかに驚愕していた。


(……待てよおい)


驚愕しているのは、ルーアも同じである。


ヴァトムに着いてから、どれだけの魔法を使ってきたと思っているのだ。


そして、たいした休息をとっていないはず。


たった今、飛行の魔法でティアを抱えてやってきたばかりである。


それにも拘わらず、無造作に放った魔法で、この威力。


無尽蔵とも思える魔力容量に、でたらめな魔力の強度だった。


ユファレートの魔法使いとしての実力を理解したのか、レオンの顔が真剣なものに変わる。


その姿が、掻き消えた。


ユファレートの死角へと、転移する。


両腕を向けていた。


枝が伸びる。

百本近いと思えた。


さすがに、『コミュニティ』のメンバーだった。


戦闘をわかっている。

正面から激突するのは分が悪いと悟ると、即座に相手の知らない攻撃方法で、虚を衝きにきた。


だが、ユファレートの反応は早かった。

魔力の感知速度も、図抜けている。


すぐに瞬間移動をしたレオンの方に向き直ると、杖を向けた。


「ル・ク・ウィスプ!」


無数の光の弾丸が、軌跡を描く。

百本近くあったレオンの枝の全てを、へし折っていた。


「…………」


ルーアは、そしてレオンは、言葉を失っていた。

魔法の精度も、人並み外れている。


レオンは、大きく後退した。

そして、動きを止める。


おそらく、有効な攻撃手段を見つけられないのだ。


「レオン! 情けないぞ!」


バラクの叱責が飛ぶ。


ティアが駆け出した。


バラクへと向かっている。


「ガキが!」


バラクが、手を翳した。


電撃が走る。


だがティアは、それを簡単にかわした。


バラクの表情が、苛立ちで歪む。


次の魔法もかわし、膝から伸びた水の触手は小剣で払い、ティアはバラクに迫った。


バラクの顔付きが、変わった。


本気になる。


端で見ていたルーアには、それがわかった。


「舐めるなよ……!」


バラクの掌の先に、火球が生まれる。


「エア・ブリッド」


バラクが魔法を放つ前に、ルーアの魔法が発動していた。


風が、バラクの顔を撃つ。


ルーアには、魔力がほとんど残っていなかった。


威力を上げることもできない。


せいぜい、軽く平手打ちをされた程度の衝撃しか、バラクにはなかっただろう。


それでも集中力を失い、バラクの火球が霧散する。


ティアはバラクに接近した。


水の触手を身を低くしてかわし、バラクの脇を通り抜け様に、左足の太股を小剣で斬り裂いていく。


「ぬぅ!?」


出血、になるのだろうか。


水色の液体が吹き上がる。


「舐めてるのはどっちよ!」


バラクに向かって言ったのだろうが、自分が咎められた気分に、ルーアはなった。


「おのれ……」


「バラク、退却しようか」


レオンが言った。


こちらに向かってきている、馬車を指している。


御者台には、ヴァトムの兵士がいた。


「……ちっ」


バラクが、舌打ちした。


「女、覚えておくぞ」


捨て台詞を残し、レオン共々消える。


おそらく、壁の内側、街の中へと瞬間移動したのだろう。


「大丈夫?」


ユファレートは、ルーアの右手に残った、レオンの枝を抜き取った。


「……てっ!?」


「我慢して」


すぐに、治療の魔法を発動させる。


「二人とも、あんなに戦えたんだな……」


率直な感想だった。


「わたしたちもね、二ヶ月遊んでいたわけじゃないの。前回、役に立てなかったからね」


急速な勢いで、右手の傷が塞がっていく。


「わたしはシーパルに、ティアはテラントとデリフィスに、毎日みっちりしごいてもらってたの」


「そうなのか……」


全く知らなかった。


二ヶ月間、ルーアはずっとランディのことを引きずっていた。


なにもしていなかったと言っていい。


ルーアが立ち止まっていた間、ティアとユファレートは前を見ていたのか。


ティアが、狭い肩を精一杯怒らせて、大股で向かってきた。


「あんた、また怪我増えてるじゃない」


随分と、刺のある言い方だった。


不覚にも、即座にカチンときてしまう。


「お前にゃ関係ねえだろ」


「関係、あるわよ!」


ティアが、声を張り上げる。


「あー、もう! ほんとムカつく! あんたこの街に来てから、ずっと態度も口も悪いのよ! バッカじゃないの!?」


「ンだと……」


「バカじゃない! あのソフィアって人の時も、今も! 独りでなんもかんも背負って、独りで戦って、独りで傷ついて……」


いきなり、胸倉を掴まれる。


「あんたがあたしたちのこと、どう思ってるか知らないけど! たった二ヶ月の付き合いかもしれないけど! あたしたちは、あんたのこと、仲間だと思っているから! だから! 少しはあたしたちのこと頼りなさいよ!」


「仲間だと……」


まだ治療の途中だったが、ルーアはユファレートの手を払った。


自由になった右手で、胸倉のティアの手も払いのける。


「たった一回たまたま敵を撃退できただけで、なに言ってんだ」


自分の中にある感情を、ルーアは理解していた。


敗北を重ね、揚げ句の果てには、足手まといだと思っていた女二人に命を救われた。


心が、羞恥と屈辱に塗れている。


「仲間だって? ああ、そうかい。仲間になってくれるってんなら、歓迎するよ。なんせ、こっちはずっと人数不足だからな」


馬鹿なことを言おうとしている。


わかってはいたが、口が止まらなかった。


羞恥が、屈辱だという想いが、それをごまかすためか言葉を吐かせる。


「俺たちは、バーダ第八部隊は、たった六人で何万人いるかわからねえ『コミュニティ』の戦闘員と戦ってきたんだ」


バーダに所属していたことを、ティアたちに話したことがあっただろうか。


バーダは、リーザイの特殊部隊だった。


第八部隊はその中でも、さらに特殊である。


特殊部隊という看板を、隠れ蓑にしていると言っていい。


バーダ第八部隊の目的は、ストラームと共に、『コミュニティ』と戦うこと。


そのためだけに、ルーアたちはストラームとランディに鍛えられてきたのだ。


「俺の仲間ってことは、一生を掛けて、命懸けで、『コミュニティ』と戦ってくれるんだよな?」


「なにをいきなり……あたしは、ただ『塔』を……」


「俺の仲間になるってことは、そういう事だ。なあ、お前は、『コミュニティ』の戦闘員を、何千人殺してくれるんだ? 何万人殺してくれるんだ?」


ルーアは、ティアに詰め寄った。


「あの人の……ランディの代わりに、なってくれんのかよ!?」


ティアが、傷ついたような顔をする。


わかってはいるのだ。


ティアはただ、街の人々を守りたいだけ。


『塔』の起動を止めたいだけ。


そのために、協力しようと言っているのだ。


わかってはいる。


だが、平静を失った心が、ティアに当たり散らかしてしまう。


不意に、ユファレートに肩を叩かれた。


「興奮しすぎよ」


無表情の中に、静かな怒りが伝わってくる。


そして、ルーアの体を電撃が走った。



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