WANTED
驚愕のあまりにチャールズは口を抑えた。
そうでなければ絶叫が、長く続く廊下に木霊してしまいそうだったからだ。
「しょ、賞金首…?!傭兵じゃないの…?!」
「誰がそんなことを言ったの?」
「だって、僕を助けたのは母さんの依頼だからって…!」
「今回は異例よ。」
相手が王だから、私は引き受けたの。
チャールズは信じられないと思った。
牢屋に閉じ込められ、それは深く痛感した。
王は敵に回してはいけない。王に逆らってはいけない。
トラウマのように、チャールズにまとわりつく。
しかし、ハンナは違った。
挑発的な笑みを浮かべて、恐れおののくことがない。
銃口を向け、迷わず引き金を引いてしまいそうだ。
「王を憎んでいるのかい…?」
「当たり前よ。あなたは違うの?お姉さんを奪われたと言うのに」
「…あぁ。でも相手は王だ。農民なんかの僕には到底敵わないさ…」
ハンナは至極、冷ややかな目でチャールズを見た。
軽蔑するような目でもある。
どうして彼女が自分にそんな目を向けるのか、チャールズには理解できなかった。
「この世界は狂っているわ」
「え…?」
「とりあえず、ここから出ましょう」
あなたといると、私の時間が無駄になるだけだわ。
ハンナは窓から外へと降り立ち、影にあったマンホールの蓋を開く。
中からは水のせせらぐ音が聞こえた。
下水道に続いているようだ。変な匂いがする。
嗅いだこともないような匂いに、チャールズは鼻がひん曲がりそうだった。
「君、よく平気な顔をしていられるね」
「あなたはよくコロコロと表情を変えられるわね」
「それが普通さ」
「えぇ、私は異常よ」
ビシャッビシャッ
汚らしい水が濁流とする道を二人は歩む。
水が跳ねるたびにキツい匂いがチャールズの鼻腔を刺激する。
ハンナは平然とした顔で先へと進む。
「ねぇ、アグワーンが狂ってるって、どういうこと?」
「農民には関係ないわ。“敵わない”ものね?」
皮肉にハンナは返す。
彼女の口調から呆れを悟ったチャールズ。
しかし、彼は彼女の心境を理解することはできないのだ。
「ねぇ、思ってることがあったら言ってくれないか?」
「あらどうして?」
「僕も、君も嫌な気持ちになるだろう?」
「不愉快さは抱くけれど、私に支障はないわ」
あなたをおうちに返したら別れるもの。
はっきりとした言葉に、チャールズは胸がチクリと痛んだ。
賞金首とはいえ、ハンナが悪い人間には見えない。
チャールズは真実が知りたかった。
ハンナは善なのか悪なのか。アグワーンはどうして狂っているのか。
それを知るのは、ハンナだけだ。
「ここよ」
「…上はどこに繋がってるの?」
「ナトアクトリ。もう憲兵に怯える心配はなくなるわ」
ハンナは梯子をつたい、マンホールを開けた。
途端に賑やかな喧騒と雑踏の音が零れだす。
そこに人がいるのだと確定したチャールズは安堵の息を吐いた。
「街で馬を借りましょう。ラズロ村まであっという間よ」
「本当かい?」
「えぇ。宿屋で休みたいところだけど、憲兵はもう動いてるわ」
辛いでしょうけど、頑張って。
ハンナにしては優しい言葉が出てきた。
チャールズは微笑み、頷いた。
ナトアクトリは人で大賑わいだった。
赤レンガで造られた街道、綺麗な水が流れる川。
広場に出ればたくさんの商人が露店を出している。
ラズロよりも狭い空を見仰ぎ、チャールズは村の外から出たことを実感した。
「あなた馬は扱える?」
「い、いいや。僕の家は麦と野菜を育ててたから…」
「そう。じゃあ私が引っ張るわ」
ハンナは店主に金貨を数枚渡して、二頭の馬をもらった。
二本の手綱を引きながら、ハンナはチャールズの名を呼ぶ。
「チャック、早く行くわよ」
「う、うん!」
久々に呼んでもらえた、新しい愛称にチャールズは頬を緩ませた。