装填された熱のない弾丸
チャールズは唖然とした。
言葉を失い、ハンナにどうしてと聞くことすらできない。
しかし、ハンナは続けた。
「私に助けられて、あなたはきっとお姉さんを助けに来る」
ハッ。ハンナは鼻で笑う。
冷たい嗤笑にチャールズは昇華の熱を覚えた。
思わず手が伸びる。ハンナの胸ぐらを掴み、レンガの壁へと強く叩きつける。
ダンッ。
冷たいレンガの音は長く響くことはない。
「まだ何もやってない…!」
憲兵にバレぬよう声を沈め、それでも抑えきれない怒りをチャールズは顕す。
ハンナは平然としていた。
ここで嘲笑うのもいい、ここで反抗するのもいい。
何も怖くないハンナにとってどちらも魅力的に思えた。そしてひどい吐き気がした。
「じゃあ牢屋で、惨めなあなたは何をしていたの?」
「何って…」
「閉じ込められて?それから?出ようとしなかったの?」
「したさ!…でも、鉄格子が頑丈だったんだ」
「あら、それは言い訳よ?」
ハンナの言葉に、チャールズは弾けるように俯きかけた顔を持ち上げた。
薄い笑みを浮かべるハンナはどうにも嘘くさい。
チャールズの反応を愉しんでいたハンナは言葉を止めた。深い溜息を吐いて、再び口を開いた。
「私も似たような牢屋に10年居たわ」
チャールズは愕然とした。
ハンナは目もくれず、顔に残った痕に触れた。
暗い満月は、ひどい哀愁をおびていた。
「極寒だったわ。小さな箱についた空気口からは雪が漏れていたから」
ろくに食事もなかったわ。
そもそも人の気配がなかったもの。
他人事のように吐くハンナ。
チャールズは顔を歪めた。じんわりとした熱が目頭に広がる。
ゆっくりと自分の胸ぐらを離したチャールズの手に、ハンナは続きを話すのを止めた。
「…行きましょう。ここに長く留まる必要はないわ」
「…うん」
ハンナはピッキングで開けた扉の奥へと消える。
ためらいを感じながら、チャールズもそれに続く。
中は食堂だった。ハエが踊る食堂に、チャールズは憲兵のものだと察した。
ハンナは誰もいない食堂を足早に過ぎていく。
「ま、待ってよ!」
ガタタンッ
焦りが不幸を招いた。
傍にあった木製の腰掛けにつまづいた。激しい音を立てて椅子は倒れる。
振り返ったハンナはまた溜息を吐いた。
チャールズはひんやりと冷や汗をかいた。
もしかしたら憲兵が…!憂慮とするチャールズにハンナは言う。
「大丈夫よ。憲兵達は食事を終えたし、ここの近くにいないから」
「ほ、ほんと…?」
「…ひとりを除いてね」
「そこにいるのは誰だ!!」
怒鳴り声が厨房から響いた。
犯人はコックで、片手に包丁を持って出てきた。
大きな腹を重そうにしている。
逃げる隙すら与えないコックの鋭さに、ハンナは気が遠くなる。
「貴様ら、何者だ!!」
「ぼ、僕たちは…」
「新人の憲兵よ。来週からここに勤務することになったから、城の下見とお世話になるコックに挨拶に来たわ」
「(ちょ、ちょっとそんな嘘言っていいの?!)」
「(いいから口を合わせなさいマヌケ)」
愛想笑いを浮かべるハンナ。合わせるようにチャールズも首を縦に振る。
怪訝に顔を歪めるコックからなかなか警戒心が解けない。
しかし、途端に。
「そうかそうか!!新米か!!」
「え、えぇ。あなたの名前をぜひ知りたいわ」
「俺か?俺ァ、リカルド・サモサ。それにしても下見に来るたァ、真面目だなお前ら」
「彼がそうなのよ。行くって言って聞かなくて」
「見て分かるぜ。そうだ、ご褒美として俺の料理を食わしてやろう!!待ってろ、今すぐ持ってくる!!」
リカルドはそれを口早に、厨房へと駆けていった。
チャールズは早い流れに口を挟むことすらできない。
呆然とする彼の手を引いたのは、ハンナだった。
「ボーッとしてると置いていくわよ」
「え、でも」
「バカね。彼は憲兵を呼ぶ気なのよ?」
「でも料理を食わしてやるって…」
「とことんマヌケなのね」
冷ややかな視線がチャールズを突き刺す。
人気のない物陰に隠れる。
するとどうだろうか。
バタバタと慌ただしい足取りと共にあのコックの怒鳴り声が聞こえてくるではないか。
どこだ、どこいった。
複数の足はきっと憲兵のものだ。
ハンナの推理は当たっていた。
驚きに目を開くと、ハンナは勝気に笑った。
「君は何者なの…?」
「私?私は、」
ただの賞金首よ。
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