堕ちた熱い弾丸
女はフードの中で静かに微笑む。
「私はソフィア・ノークの依頼でここにいるわ」
「母さんの…?」
「えぇ。報酬は前払いでね」
「うちにそんな金は…」
チャールズは空っぽの金庫を思い浮かべた。
貧民中の貧民だ。
麦を育て刈って、野菜を育て収穫して。半分は売って、半分は自分達で食べる。
自給自足を当たり前としていた自分達に金はない。有り金どころか、はした金もだ。
「これを頂いたわ」
女はチャールズに小さな麻袋を取り出し、中身を見せた。
銀の指輪、施されたサファイア。
シンプルな装飾品に、チャールズは見覚えがあった。
チャールズが生まれる、うんと昔からノーク家に伝わってきた家宝だ。
母が父から頂いたと大切にしていた。
のちに、姉の指にと収まるはずだったそれは、ちいさな麻袋に閉じ込められている。
「それはうちの家宝だ!どうして君が、」
「だから前払いの報酬よ。あなたの母君はとても賢明な方ね」
何が一番大切か、よく分かっていらっしゃる。
皮肉に吐いたその言葉。
チャールズにはよく理解できなかった。
ガチャリ
無機質な音に、チャールズは鍵が開けられたことに気づいた。
「走れる?」
「う、うん」
「安心して。契約がある限り、私はあなたを守るわ」
女はショットガンを強く握った。
鈍く光る銃口に、チャールズは固唾を呑む。
そしてふと気づいたチャールズは震える声で女に問うた。
「君の名前は…?」
「…聞いてどうするの?」
「あ、挨拶は礼儀だ。僕の名前を知ってるなら、僕は君の名前を知る権利がある!」
「権利、ね。あなた随分変なことを言うのね」
フードの中で女は静かに笑う。
気を良くしたのか、声色が柔らかくなる。
「私はハンナ。ハンナ・ハミルよ」
静かにフードを脱いだ。
チャールズは静かに目を見開く。
赤褐色の髪に、暗い満月色の瞳。
そして、鼻から頬にかけて残る傷痕。
チャールズが驚いたのはそこじゃない。
ハンナのあどけなさが残る顔つきだ。
大人びた口調に、すっかり年上だと思い込んでいた。
自分とそう変わらない年のハンナに、チャールズはどこか安心を覚えた。
「よろしくね、ハンナ」
「えぇ、チャック」
「チャック?」
「チャールズでしょう?違うの?」
「いや、合ってるけど…。みんなはチャーリーって呼ぶよ」
「でも、チャックよ」
ハンナは足を動かした。
チャールズは慌ててついて行く。
物陰から出口までの通りを見やれば警備は厳重だった。
チャールズはそっと城の最上部を見上げる。
「あなたのお姉さんはあそこに居るわ」
「え…?」
「イスカ・ノーク。ライザックの餌食になった憐れな娘ね」
チャールズは数時間前の出来事を思い出した。
連れ去られる姉に、引き裂かれるような胸の痛み。
チャールズは目頭が熱くなるのを感じた。
背中を丸くするチャールズにハンナは溜息を吐いた。
呆れと同時に、ふつふつとした苛立ちが湧いた。
「私は嘘が嫌いよ」
「う、うん?」
「だから正直に言ってあげる」
あなたには無理よ。お姉さんのことは諦めなさい。