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紫煙くゆらす銃口


「静まれ、静まれーい!!」

「このお方は、アストラリア帝国第32代国王 ライザック・アイデリヒ・アストラリア陛下にあらせられる!無礼は控えよ!」



 声を聞きつけてチャールズとイスカは急ぎ足で村へと戻った。

 見慣れない姿に足が止まった。


 毛並みの良い白馬に跨り、真紅の外套を羽織る。

 彼こそがライザック。

 猛々しい焔のような緋色の髪は優雅に空を泳ぐ。大地のように強い土色の瞳に揺らぎはない。


 何もないラズロに顔をしかめるライザックは退屈に下唇を突き出す。

 だらしのない王は、農民であるチャックの目に強い圧倒として写った。


 腕を動かすだけで威厳とし、言葉ひとつで全てが揺らぐ。

 自分とは違う。別世界に生きる人間なんだ。

 チャックは不思議な感覚を覚えた。



「アストラリア帝国憲法第1条により、この村に住む美女を王へと捧げよ」



 憲兵の一人がうそぶく。

 おかしな発言に村人は言葉を失い、開いたままの口を閉じることを忘れる。

 揃って間抜けな表情をとる村人達に、王はくつくつと笑った。


 依然として王を囲うようにして立ち並ぶ憲兵達。

 その大きく一歩前に踊り出たのは、憲兵長のクロエ・ラムロだった。

 胸につけた沢山の勲章をジャラジャラと鳴らす。


 ラムロは、ナトアクトリで公布された憲法を知らせる新聞すら届かない村を見かね、嘲笑った。

 慈悲だとばかりに、えばりくさって鳩胸をさらに仰け反らせた。



「腑抜け共め。アストラリア帝国民として恥を知れ!」



 愚弄の言葉に続いたのは、憲法第1条についてだった。

 美女は王の私利私欲を満たさなければならない。

 城で働くことを絶対とし、城より外に出ることは許されない。

 それに抗う者には残酷な死のみが待ち受けている。


 簡便に伝えられると、村人達は初めてざわついた。

 信じがたい法令に戸惑いを隠せない。

 しかし、アグワーンにある歴史には嘘のように矛盾で汚れた法律が在ったのだ。

 こんな異常な法律があったとしても、おかしくはない。

 それほどまでに、アグワーンは狂っているのだ。



「たしか、イスカ・ノークと言ったか。たいそうな美人だそうだな」

「イ、イスカでございますか…?」



 口角を吊り上げ、いやらしく笑うラムロは群れを見渡す。

 姉の名が出てきたことに、チャールズはひどく驚いた。

 イスカも静かに目を見開き、愕然を隠せない。


 質問を投げつけられた村長のダグ・カートンは困惑とする。

 ダグは愛する村の住民であるイスカをすんなり渡せるはずがなかった。

 娘のように愛し、可愛がった子だ。幸せな記憶がダグを押しとどめる。



「あ、生憎イスカは村を出ておりまして…」

「ほう…」



 嘘も方便、ダグはイスカを守った。

 しかし、嘘は正直な彼に不似合いすぎた。

 憲兵長の座を長く守ってきたラムロの目は欺けない。


 下劣な思惑が浮かぶ。ラムロは汚く嗤った。

 ぎくしゃくとしたダグをそのままに、ラムロは群れに混ざっていた一人の娘を引っ張り出す。

 茶色の傷んだ髪を三つ編みに、まんまるの鼻頭。

 ひまわりがよく似合う娘を、チャールズはよく知っていた。



「マーリィ…!」


「もう一度言う。イスカ・ノークを出せ。さもなくば、この娘の命はない」

「やめて…っ、やめてください…っ!」



 ラムロは無情に剣の先を娘へと向ける。

 零れる涙をそのままに、娘 マーリィ・カートンは恐怖に顔を崩した。

 ダグはやめてくれと悲痛にせがんだ。マーリィはダグの一人娘だ。


 切迫とした空気に、イスカは背筋が凍る。

 うっすらとした汗を浮かべ、顔を青くさせた。

 自分が名乗り出れば、マーリィは助かる。そんな一抹の想いに駆られ、飛び出ようとする。

 しかし、その途端に自分がとても可愛く思えてしまうのだ。

 恐怖だけがイスカを占める。葛藤とするイスカを知るのは、チャールズだけだった。



「あの子よ…!群青の瞳に、ブロンドの髪!!あの子が、イスカ・ノークよ!!」



 空気が砕ける。

 動かない状況を揺るがしたのは、マーリィの金切り声だった。

 指でさし、イスカの逃げ道を消した。

 マーリィもまた、自分がとても可愛く思えたのだ。


 イスカの居所を吐かないダグにしびれを切らそうとしていたラムロはどこかご満悦だ。

 人ごみをかき分け、イスカの前へと立った。



「お前がイスカ・ノークか?」

「ち、違います…」

「いいえ!その子がイスカ・ノークよ!!間違いないわ!!」



 チャールズは初めてマーリィを軽蔑したくなった。

 けれど、それはお門違いだ。

 自分の姉を守りたいように、彼女も自信を守りたいのだ。


 ラムロはイスカの細い手を掴み、王の面前へと突き出す。

 チャールズはイスカを守ろうと躍起になって手を伸ばしたが、すぐに別の憲兵に押さえつけられた。



「イスカ!イスカ!!」

「黙れガキ。王の面前だぞ!」


「国王陛下、この者がラズロ村一の美女、イスカ・ノークです」

「ふぅむ…」



 白いシフォンワンピースに身を包むイスカ。誰もが美しいと嘆き、花を送る。

 ライザックはイスカの頭の先から足の先まで舐めるように見やる。

 耽美するような視線に、イスカは鳥肌が立つのが分かった。


 ラムロの剣先から逃れたマーリィはダグの胸えと飛び込んだ。

 ちいさく泣き喘ぎ、その隙間からイスカを強く睨んだ。憎悪とした視線をイスカは知っていた。



「うむ、いい。実に美しい」



 地獄の審判が下った。



 

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