静かに響く銃声
アストラリア帝国
王 ライザックが牛耳る、このアグワーンでも名高い先進国。
アストラリアの南部は海に面しており、漁業がとても盛んである。
その対極に、北部は整った気候や肥えた土に恵まれ、農産業に富みんでいる。
アストラリア帝国の中心部に構え、首都であるナトアクトリ。
王が住むアストラリア・ウォルフニフ城がそびえ、囲うように貴族らが住む上層住民街がある。
さらにそれを囲うように、貧民らが住む下層住民街が外壁に習うように立ち並んでいる。
アストラリアから矛盾ある法律が消えた、ライザック王戴冠日。
新たな法律が、ナトアクトリの人民に叩きつけられる。
なによりも非道で残酷、そしてゲスだった。
アストラリア帝国憲法第1条
美女は王の私利私欲を満たさなければならない。
王は住民街に下り、気に入った女を城へと連れて帰る。
それは別荘を持つ貴族の家柄であっても、家すら持てない貧民であっても、王には関係ない。
ただ、王は顔の整った女を気に入っては持ち帰り、城で働かせる。
愛する妻を、娘を、恋人を。
人民達はあらゆる手を尽くし、愛する者を隠した。
見つかれば男達は武器を片手に、王に抗った。
しかし、抗った人民は重罪人として扱われた。
城の冷たい地下で食料も与えられず、飢餓死するまで閉じ込められる。
打ち首やさらし首もザラであった。
抗った者には、残酷な刑罰が待っている。
人民はそれをひどく恐れた。
抗いたくとも、自分の命が惜しい。
しかし、愛する者を守りたい。
己が心でぶつかり合う衝動に、悶え苦しんだ。
嘆きの声に満ちた法律などつい知らず、アストラリアの最北部でひっそりと息づく村があった。
地図にすら残されない、ラズロ村。
豊富な農作物に、広大な麦畑。自給自足が当たり前の村だった。
貧しい村であったが、村人達は平和に、かつ幸福に毎日を送っていた。
「チャーリー?チャーリーどこなの?」
「姉さん、僕はここだよ。」
「あら、そんなとこに居たのね。」
出口すら見逃してしまうほど拾い麦畑でひょっこりと顔を出した青年。
命還る広漠なる大海原を思わせる群青の瞳に、鼻の頭から頬にかけてのそばかすが目立つ。
名前をチャールズ・ノーク。
幼い頃に父を病死で亡くしているが、母のソフィアと姉のイスカと共に暮らしている。
村一番の力持ちで、好青年として有名だった。
「またナトアクトリに行ったね?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「今日は一段とおしゃれな格好をしているからさ」
「ふふっ、チャーリーには何でもお見通しなのね」
姉のイスカは綺麗に笑った。
イスカはダグおじさんと出荷にでかけるという口実でよくナトアクトリに足を伸ばす。
チャールズはイスカがそんな嘘をついてまでナトアクトリに行く理由を知っていた。
恋人がいるのだ。相手は、リンゴ売りをしている心優しい男性だ。
村の近くまでイスカを送ってくれているのを、チャールズはたびたび見ていた。
お母さんを驚かせたいから内緒よ。
真相を聞いたチャールズに、イスカはいたずらに笑ったのをよく覚えている。
「姉さん、幸せかい?」
「えぇ、とっても」
チャールズはイスカの左手の薬指に、きらりと美しく輝く銀色の輪っかがはめられていることに気づく。
姉は結婚する。
そう理解したチャールズはどこか寂しい想いを抱いたが、同時に幸せで胸がいっぱいになった。
「村を出て、ナトアクトリに行くの?」
「いいえ。アストラリアを出るわ」
「えぇ!?」
「海を越えて、アグワーンの裏側に行くわ」
「…じゃあ、」
「チャーリー、悲しい顔をしないで。私まで悲しくなるわ」
大丈夫。また会いに来るわ。
イスカはチャールズの頬を撫で、優しく微笑んだ。
見慣れた笑みに、チャールズを確かな幸福を感じた。
それを打ち破るように、馬の蹄音と共に死神がやってくる。
「大変だ!!ナトアクトリからライザック王がやってきたぞ!!」
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