その6
「これはここの一階の図になりますが、まずは犯人侵入時に、あなたがいた場所を教えてください」(【図1】参照)
出された紙を凝視する彼女。やがて、その上の一点を指で示してきた。
「ここです」
「わかりました。それで、これは最も重要なことなのですが、あなたは何故人質になったんです? 言い方がおかしいかな?」
「い、いえ。あの、犯人が私の目の前まで来て、持っていたバッグに金を入れろ、と」
「いくらです?」
「一億円です。それで、振り返って支店長を見て」
「頷いたから金を入れた、と」
いちいち言葉を添える船虫さん。このタイプには必要だ、と判断したからである。
「は、はい」
「それで、そのまま人質にされてしまったわけですね?」
「え、ええ。そのとおりです」
「では、その時の各行員の皆さんのポジション、そうそう男女別にしてくれたら助かりますが、それもここに示してください。いや、大まかで結構ですよ」
「わ、わかりました」
そして、ゆっくりと彼女が図の上を人差し指でなぞっている。
「男性は、ここと、ここと、ここと、副支店長はここで……」
ここで、彼女の指の動きが止まってしまった。その訳をすぐに察した警部が
「言い辛いでしょうが、支店長の位置も頼みます」
どうやら、図星だったようだ。彼女は少しだけ溜め息をついて、その位置を指で示してきた。
「ここが朝倉支店長の席でし……す」
一瞬過去形を使いそうになった自分を、嫌になったかもしれない。
「では次は、犯人の行動したルートでも申しましょうか、それを教えてください」
「は、はい。一人は、こんな感じで……」
やがて、二つのルートが警部の赤のボールペンで記された。
「有難うございました。では、その先に入りますが」
「ど、どうぞ」
「その後、つまり一億をバッグに詰めた後ですが、どうなりました?」
ここでゆかりが、懸命に思い出そうと両目で天井を見ている。
「それからは、目の前にいた犯人に銃を突きつけられたまま二階へ上がって、応接室で縛られました」
先ほど、船虫自身が目にした光景だ。
「わかりました。で、その後は? 銃声を聞かれたでしょう?」
「何とかロープを解こうとしましたが、固く縛られていて無理でした。そして諦めかかっていると、部屋の外から物凄い破裂音が聞こえてきて……銃声だなんて、全く思いもよりませんでした」
船虫警部は、この娘にはもうこれ以上聞く必要もないと判断し、ようやく次の人物へと駒を進めることにしたのだった。
「では、次はあなたですが」
警部が、真ん中の女子行員に目を移している。ショートボブで、ややや幼く見える、そんな娘さんだ。
「お名前は?」
「苅田菜美子と申します」
そのハッキリとした口調は、幼くは見えても、先ほどの同僚より少しばかりは度胸が据わっていそうである。
「では、苅田さん。新宮さんの示された中で、おかしい点があれば言ってくださいませんか?」
この言葉で、じっと図を眺める菜美子だったが
「私は二階におりましたもので、その時の状況は今ひとつ把握できかねます」
「ほう、二階ですか。それは、また何故?」
「はい。支店長に、二階の応接室の茶器を下げるように言われましたもので」
「ああ、なるほど。では犯人に捕まったのは、二階ですかな?」
「いいえ。それは、下りてくる際にフロアーが一望できまして。何しろ近くにストッキングを被った男がいたので、もう驚いてしまって、お盆ごと落としてしまったんです」
「それは、どの位置です?」
「えっと……」
彼女もまた、その時いた場所を図の上で示してくれた。