その4
すぐに三人の隊員が、それぞれのロープを解きにかかった。ものの十数秒で開放された男が、ズボンの汚れを叩きながら立ち上がる。
「あなたは?」
まず始めに、隊長はその身分を確認した。
「ああ、ぼ、僕は当行行員の福津と言いますが……そ、それより、朝倉支店長が!」
そのように早口で捲くし立ててきたが、すぐに相手の表情に気づいた模様だ。
「え? ま、まさか?」
「福津さんでしたね? 残念ですが、すでに死亡されているのを確認済みです」
「う……」
相手は、これに言葉を失っている。だが、事は一刻を争うのだ。
「犯人はどこです?」
「え? ど、どこって言われても、すぐにここで縛られたから……」
相手の言葉に、手首を擦りながら困っている行員。
続いて隊長は、目の前で座ったままの二人に目をやりながら
「そこの二人の女性は?」
「あ、彼女らも行員で、新宮と苅田と言います」
「わかりました」
とは言え頷き一つもしない隊長は、懸命にそのロープを解いている二人の部下に向って、鋭く言葉を浴びせてきた。
「早く解くんだ!」
その時、三階から進入してきた別部隊も合流した。早速、彼らにも指示が飛ぶ。
「よし! 全員で残っている犯人を捜すんだ! いいか、一階もだぞ!」
各人が散っていくのを確認した隊長は、再び目の前の男に向かって質問を開始してきた。
「縛られている間に、銃声を聞かれたでしょう?」
これに福津が何度も頷き
「は、はい、一度だけ。で、誰が撃たれたんです?」
だがそれには答えずに、隊長はトランシーバーに手をやった。
「……ああ、船虫さん。久山ですが……」
「一階トイレならびに給湯室、異常なし!」
「一階ロッカー、犯人確認できず!」
次々と入ってくる報告に隊長が耳を傾けていた時、場の雰囲気が幾分だけ明るくなった。その原因を認めた彼は、両手を広げたまま首を左右に振っている。
「船虫さん。ご覧のとおりですよ」
「ご苦労様でした、久山さん。しかし本当に酷いもんですなあ、二人とも即死ですよ、ったく」
そう吐き捨てる警部に久山隊長が、福津と、ようやくロープから解かれた二名の女子行員とを紹介してきた。
「この三名とも、ここの行員さんですよ」
「ああ、そうですか」
そう言って、警部が軽く会釈する。
「私は四恋署の船虫です。お怪我は?」
「あ、はい。怪我はありません。そっちは?」
と福津が女子行員に確認するも、彼女らは蒼ざめた顔のまま、ただ首を横に振るだけである。もしここに女流探偵がいたならば、間違いなくこんな台詞を吐いていることだろう――警部のほうこそ、毛がないじゃん、と。
「わかりました。では隣の部屋で、状況についてお伺いしましょう」
彼が三人を促していると
「では、私も一階のほうへ」
そう言いながら、先に隊長が部下を連れて部屋から出て行った。
「さあ、参りましょうか?」
行員たちに声をかけた船虫警部は、先ほどから隣に立っている鑑識課の男にも指示を出してきた。
「じゃあ、添田君。この部屋から頼むよ」
「はい!」
元気に応えてくる青年は、手にしている“どでかい”鞄を引きずるように部屋の奥へと歩み出した。
「それにしてもデカイねえ」
「ええ、警部。いろんな便利なツールが開発されるのはホント嬉しいんですが、何しろ数が多すぎますもんで」
添田青年が、本当に辛そうに言ってきた。
「なるほどね」
その時だった。警部のトランシーバーに
「船虫さん、久山です。どうやら、犯人は一階の裏窓から逃走した模様ですよ」
これに咄嗟に反応した彼は、事情聴取を磯目刑事に任せ、自ら階下へと向ったのだった。