その3
ある意味、犯人より面倒な人物が去って、船虫警部も落ち着きを取り戻している。だがそれ以上に、銀行の内部が落ち着き払っているのが気にかかるところだ。
内部はいざ知らず、外にいる者たちにとれば、本当に長き時間となってきた。何しろ空気といえば、船虫警部を始め、全員の苛立ちが充満しており、その場にいる大勢の野次馬たちすらも息苦しそうにしている。
ここで腕時計に目をやった警部が、磯目刑事に一言だけ発してきた。
「呼んできてくれ」
やがてその場に現れたのは、ヘルメットやら防弾チョッキやらを装備した特殊急襲部隊――通称“SAT”の長だった。船虫とは、旧知の間柄でもある。
「船虫さん。では、後はこちらに」
「ええ、頼みますよ」
その返事を聞くや否や、隊長が隊員の面々にテキパキと指示を出してきた。
「いいか、キミたち三名は私と一緒に正面入り口から突入する。そこの三名は、非常階段を使って三階へ行け。すでに非常扉については、警備会社のほうで解かれてある。それからキミだ」
彼は、すでに片膝を地面につけている若者に声をかけ
「いいな。私が指示したら、これをお見舞いしてやるんだぞ」
そう言いながら、部下が支えているグレネードランチャーを、我が子のように撫でている。そしてその子供の中に入っているのが、特殊閃光弾である。要は、目くらましだ。
少し経って、若者のトランシーバーから声が聞こえてきた――唯一言
「撃て!」
それと同時に、銀行に向って放たれた一発。その瞬間、何度も経験しているはずのSATの面々からも、次々と驚愕の声が放たれてきたのである。
「うおお!」
爆音に関しては普段どおりだったが、何しろ閃光の明るさと言えば倍近いものがあり、とにかく尋常ではないのだ。これには犯人に限らず、その場にいる警察関係者全員の視覚やら聴覚が無力化しそうである。
実のところ、その原因くらいは誰しもすぐにわかってはいたのだが、口に出さない――いや、出せないだけだった。しかし彼らの視線の先に目をやれば、自ずとその答えがわかる。何故なら、そこには指揮官のオツム以外には何も存在しないのだから。
入り口から行内へと進入した隊長だったが、まず最初に左手奥の場違いな代物に目が行った――白い壁に付着した、鮮やかすぎる血痕である。
すぐに、彼は部下に顎で指示を出す。それに従って素早く近づいた隊員だったが、すぐに首を左右に振ってきた。
それを見て溜め息をつく隊長が、今度は静かに、一歩一歩確実に階段を上り始めた。
その三分の二ほど上った頃、その彼の目に入ってきたのは
「し、しまった!」
こちらを向いている二つの靴底だった。明らかに、男物の靴だ。咄嗟に彼の脳裏には、顔も知らないくせに男子行員の姿が浮かんでいる。
すぐにその場へ移動した彼だが、今度は声すらも発せできない。何故なら、床で仰向けに倒れている男が頭から被っているのが、紛れもなくストッキングだからである。無論、想定外のことだった。
ようやく我に返った彼は後方の三人の部下に向って、小声だがハッキリと、
「気をつけろ、もう一人いる」
二階はというと、左手には大きめの個室が一つ、右手にはパーテーションで間仕切りされた簡易個室が三つ並んでいた。ちょうどその数分だけいる隊員が一斉にそれらの戸を開き、迅速に中を確認した。が、猫の一匹いない。
隊長が残る個室に目をやり、そのドアに近づく。そして後方に
「援護してくれ」
そう言い残して、右手の自動拳銃を握り直した彼は、次にゆっくりとノブに手をやった。そして手前に引くのか、はたまた向こうに押すのかを確認している――ドアは、中に向って開くものだった。
「よし」
自分に言い聞かせるように吐いた彼は、ドアを開くや否や中へと突入し、カメレオンのようにその両目を動かした。後に続いた隊員らも、あらゆる角度にその銃口を向けている。
だが、四人ともすぐに銃口を下ろしたのだった。というのも、そこにはロープで縛られた三人――一人の男と二人の女しかいないのである。