おしまい
「いったい何なの? もうさ、警察専属でも何でもないんだからね!」
イスに座ってパソコンのモニターに目をやったまま、相手に聞いている木俣さん。機嫌が悪いったらありゃしない。それもそのはず、依頼ゼロの日が続いているからに他ならない。ましてやオークションで得た十八万円も、そろそろ底をつきそうな気配なのである。
「まあ、そう仰らずに……」
「だからさ、何なのよって?」
これに船虫さんは、相手の気が変わらぬうちに早口であとを続けてきた。
「ほら、今朝言いましたでしょう? 厄介な事件を抱えているって」
「忘れたわい」
どこまでも冷たい探偵は、今なおその目を画面に向けたままである。そして、その横顔に向かって警部が
「実は、これで何とか……」
と、何やら袋から取り出している。
「警察のくせして越後屋かっ?」
そんな悪たれ口にも凹むことなく、船虫警部がパソコン台に置いてきたのは
「今度は自腹で、ああ、そうは言っても連れの酒屋から安く買った代物ですが」
――またもや、山形銘酒“華乙女”だったのである。それも今朝のよりもワンランク上の特別吟醸ときている。
これに、瓶底眼鏡の奥が大いに光った。
「うおおお? ま、幻の! あ、いやいや。警部さあ、この木俣さんをアル中にでもさせる気?」
嬉しいくせに、素直じゃない。
「まさか。じゃあ、持って帰りますね」
そう言って、再び瓶を袋に入れ始めている警部さん。だが予想通り
「ま、まあ、慌てなさんなって。一応、話を聞かないでもないから、さ」
一通り話を聞かされた探偵だったが、いきなり素っ頓狂な声を上げている。
「うっそお? ひょっとして、このか弱きマキさんに婦警の役割をしろとでも?」
だが、正解だった。
「お、さすがに探偵さんだ、勘がすこぶるよろしいです! そう、その通りでして」
「あのさ、善良な市民を巻き添えにしていいとでも思ってるのかあ? なあ、警察さんよ?」
これに相手が、さも当たり前のように答えてきた。
「そら、善良な市民だったら遭わせませんよ、そんな危険な目になんて」
無論、“善良”に力を入れている。
「ん? 何だって?」
おそらくは眼鏡の奥を光らせている木俣さん。だが、ここで警部が流しの近くにいる助手に向かって声をかけた。
「田部ちゃん! グラス一個だけ持ってきてよ!」
やがて
「お、サンキュー。いやあ、田部ちゃんもさ、なかなか家事が板についてきたねえ」
「いや、まだまだですよ」
今朝も聞いたぬるい会話だ。
「そうか、そうか」
船虫さんは笑顔で頷きながら、グラスを目の前に差し出し
「さ、一杯どうぞどうぞ!」
これに意志薄弱な、かつアル中候補の探偵が、つい
「お、おう……おっとっと」
「ささ、クイッと!」
「はいな……う、うっめえ! またもやうっめえ!」
「で、早速なんですが」
この言葉に、われに返った探偵。
「はあ? だから、このか弱き木俣さんには無理だって!」
「もう、酒飲んでるし」
「うっ」
まるで単純が服を着ている彼女、だ。
「あ、でもね、木俣さん。ほどほどにしておいてくださいよ」
「ん? あんたは身内か?」
「だってね……」
「なんだ、なんだ?」
ここで、船虫さんが身を乗り出してきた。
「作戦決行は明日に迫ってきていますもんで、ね」 了




