その13
少々時間を要したが――案の定、そんな人物など思い浮かばぬ警部殿が、今度は自問自答を始めている。
「ま、まさか、嘘でしょ? あいつが?」
「事実だけを観察したらさ、それしかないじゃん……あれ! うっそお! 煙草切れた? チェッ、もう!」
派手に舌打ちした木俣さんは、下を向いて灰皿の中の多数の吸殻を吟味しながら
「だから共犯のはずだって……その、鑑識課の添島って子も」
「そ、添田、です」
これしか言えなかった船虫警部。可愛そうになるくらい打ちひがれてしまっている。
「お、こいつでいこう!」
ようやく気に入った長めの一本が見つかった探偵。早速それに火を点けながら
「まあまあ、そう気を落としなさんな。魔が差したかもしれないし。その割には、やけに計画的だけどさ」
慰めているのか、はたしてそうでないのかは定かではない。
「手にする一億のうちの半分を首謀者である支店長が受け取るとして、残りの五千万をあとの五人で分ける予定だった……まさかあいつが、一千万で人殺しの片棒を担いだとは」
「でさ、警部。支店長を抹殺したら取り分は一気に二千万になるし、さらに似非仲間の中間クンまで手にかければ……ホラ、どんどん跳ね上がっちゃうぞ!」
「た、確かに、メンバーたちが死ねば死ぬほど分け前が増える……」
「福津クンも添山クンもさ、あまり親しくなかったんじゃないかな? その中間クンとはさ。何かで知り合いになってさ、利用するだけ利用したかもね。拳銃の調達やらをさ。何せ彼って前科三犯なんだからさ、ルートくらいは持ってたかも」
「添田、です」
「んもう、細かいなあ! だから奥さんに逃げられるんだぞ!」
もはや探偵の口は止まる所を知らない。そう、所謂ボロ糞である。だが今の船虫さんは、そのような悪たれ口すら気に留めることもできないでいる。
「で、では早速、添田本人と行員三名に会いに行ってきます」
元気なく立ち上がり、うつむいたままドアへと向かう船虫さん。そしてノブに手をかけ、振り向いて一礼してきた。
「いや、木俣さん。今回も助かりましたよ」
その哀しい笑顔に、彼女も優しく声をかける。
「今言ったことはさ、間違ってるかもしれないからね!」
そして、重い足取りで退出した相手の姿が見えなくなるや否や
「間違ってるわけないじゃん!」
「はあー、それにしても恐ろしいくらいの推理でした」
助手がひたすら感心しながら、探偵にいつものヤツを手渡してきた。
「あんなのは朝飯前だ」
木俣さんは、そう可愛げなく吐きながら、受け取った手鏡を開き――
「せーの! 木俣だけに……キマッタ! イェイ!」
この時、甚だ迷惑な手鏡は、いつの日か自ら割れてしまおうと心に決めていた。
その日の午後のこと。再び、探偵事務所を訪れた船虫警部殿である。
「木俣さん。実は、添田が……」
「報告なんて要らん、要らん。キミ、代わりに聞いといて」
と手を派手に振りながら、木俣さんは奥にあるパソコンのほうへさっさと歩いていってしまった。
「ホント、終わった事件については無頓着なんだから」
その後姿を見やりながら口を尖らしている、そんな助手に向かって警部は
「じゃあ、仕方ないから田部ちゃんにでも報告しとこう」
「仕方ないって……まあ、いいですが」
そう言いながら目の前のソファーに座ったおにぎり君に、早速警部は事件に関する報告を開始してきた。
「あのさあ、田部ちゃん。ほぼ、おたくの探偵さんが言ったとおりだったよ。もう、参ったとしか言いようがないなあ」
「じゃあ、やっぱり添田も?」
もはや、その名前を聞いても落ち込むことのない船虫さんだった。
「ああ、そのとおりなんだ。ヤツと福津はね、高校の同級生だったんだってさ」
「そうだったのか。それで、殺された中間は?」
「あいつは元々が引き篭もりの陰湿なヤツでさ、どうやらネット上の怪しげなサイトで福津と出会ったらしいんだ。そうそう、木俣さんの指摘したとおり、拳銃の調達もヤツの仕業だったよ」
「じゃあ、あいつらは『利用するだけ利用して』その挙句に中間を殺したんですか? だったら、惨い話だなあ」
そのような次元とは、全くもって縁のない助手が嘆いている。
「そのとおりだね。素人のくせに……何ともはや、だ」
「で、警部。支店長が、やっぱり首謀者?」
「うん、そのようだね。彼から福津に話を持ち込んでいる。でもさ、取り分は五千万じゃなくって、七千万だったらしいよ。それにしても、支店長ともあろう者がなあ」
「じゃあ、あとの連中は、一人六百万円で計画に乗ったと?」
「そうなるなあ。でもだからこそ、当初から支店長を殺すつもりだったとも言えるね」
「そ、そうなりますね。その、中間の抹殺も含めて」
「そういうこと、だね」
「あの女子行員の二人は? 金で簡単に釣られたわけですか?」
「ああ。とは言っても、結局はさ四人だから、一人二千五百万だ……しかしホント、近頃の若い女は何を考えてるのかさっぱりわからん」
「そうですね、全くですね」
若い女に、とんと縁のない二人が語るべき代物ではないような。
「まあ事件の概要については、こんなもんかな? いずれにしろキミの師匠が推理されたものと、ほぼイーコールだよ」
そう言い終わった後に、警部が身を乗り出してきた。
「ねえ呼んできてくんない? 別件で、是非お話したいことがあるって」
「別にかまいませんが、あちらさんも一応“若い女”ですよ」




