その1
●木俣マキさん(25):わがまま&身勝手が服を着ているような、瓶底眼鏡の女流探偵。(実は、超美形?)。一に金、二に金、三、四がなくて五に男
「もう、何で依頼が来ないんだ!」
朝っぱらから大声を張り上げる木俣さん。そう言いたい気持ちは、よくわかる。わかるが、張り上げたからと言って何の解決にもならないのだ。
とにかく荒れている彼女。オークションに出品した様々な〝戦利品たち〟が、思ったよりも価格が上がらなかった点も、これに拍車をかけている。
「くそ! 何で、十八万で終了するんだ? ホント、みんな見る目がなさすぎるぞ!」
顔も知らない人物たちまでにも、その矛先が向けられている。ちなみに、希望落札価格の六割相当だった。
「ねえ、広告でも出したらどうです?」
これを見た、温厚な助手の田部君が、普段どおりに語りかけてきたのだが
「はあ? 広告だと? そんな費用がどこから出るんだ? 何ならさ、キミの時給下げる?」
まさか、己に火の粉がかかってくるとは思わなかった彼氏。再び、貝になることを心に誓うのだった。
「じゃあ、留守を頼む」
探偵が傍らの青いファイルを手にし、ソファーを後にした。このファイルを依頼主に届けた時点をもち、この事務所の業務が一つもなくなってしまうわけだ……嗚呼。
人口十万人余りの衛星都市である、ここ四恋市。木俣探偵事務所がある南西の猪糸御町とは逆の北東部の紋白町に、獏銀行の四恋支店があった。
“金”ではなく“夢”を扱おうとする姿勢に、つい共感を覚えてしまいそうだが、よくよく考えてみると“夢”を食らうのである。これでは顧客もたまったものではない。それほど、何とも銀行らしからぬネーミングなのだ。
そして今ここに、皮肉にも“夢”ではなく、まさに現実的な事件が起こっていた――
行内に駆け込んできた二人が、いきなり声を張り上げている。
「動くな! 静かにしろ!」
この台詞、定番中の定番だ。
「おい! 金を出せ!」
右に同じ。
時刻は午前十時。
そこには、一、二、三――約二十名の客と、一、二、三――十名ほどの行員がいる。重なっていて、上手く数えられない。そして、もちろん全員が、その目と口を大きく開いている。まさか、この銀行で――おそらくは、このような思いであろう。テレビのワイドショーで煎餅を齧りながら見ているような、である。だがしかし、今度ばかりは他人事ではないのだ。
侵入者二人は頭からストッキングを被っており、ご丁寧にも黒のサングラスまでかけている。よくぞ、これで見えるものだ。しかし、どちらも男であるのは間違いない。あ、ニューハーフだったら――申し訳ない。
だが問題なのが、それぞれが手に拳銃を持っている点である。
そのうちの一人がカウンターに近寄り、目の前にいる熟年の女性――ではなく、わざわざ、少し離れたところにいる若い女性の行員に指示をだしてきた。選択する猶予があるのには、少なからず驚いてしまう。
「いいか? このバッグに一億詰めろ!」
言われた若い女子行員は自分で判断できるはずもなく、当然後を振り向いている。その視線の一番先にいる中年男が軽く二、三度頷いたのを確認した彼女は、ようやく札束の鱈腹入っている金庫へと歩み寄った。
「おい! てめえら、机から離れるんだ!」
もう一人の男の迫力ある声に、思わず行員たちが半歩後ろに下がる。机の下に設置されている、通報ベルに触れさせないためだった。それを確認した男だったが、ストッキングに覆われているくせに、案外目ざとかったのである。行員のうちの一人の男が、何やら怪しげな動きをしているのに気づいてしまったようだ。今しがた女子行員に許可を出していた、おそらく支店長と思われる男である。
侵入者は早足でその場に近づき、相手に銃口を向ける。おもわず目を大きく開く支店長。そして――何と発射したのだった。
その音が響き渡った瞬間、すでに、精神的に飽和状態だった女性客が、金切り声を上げて玄関から飛び出していった。それを皮切りに、堰を切ったように外へ流れ出す客たち――いや、立場も忘れた行員らもだ。
しかし何と言っても、最も驚いたのが撃たれた支店長自身だった。その顔といえば、これ以上開かないほど目を剥いているし、その口は何か言いたげである。おまけに――すでに事切れていた。
その時だった。二階から降りてきた別の女子行員が、この光景に、思わず手に持っている盆やら茶器やらを、派手に床へ落としてしまったのだ。そして同時に、その割れた音に勝るとも劣らないくらいの悲鳴を上げてきたのである。
これに気づいた侵入者が持ち場を離れ、階段で突っ立ったままの彼女に近づき、激しく怒鳴りだした。
「黙れ! 静かにしないと、ぶっ放すぞ!」
結局、今この場に残っている関係者は、もちろん侵入者二人に、女子行員二人、そしてすでに屍と化した支店長、この五名だけになってしまった。大勢の人質は却って扱いにくいとでも思ったのだろうか、ほとんどの人間を見逃している。まあ人の命、多かろうと少なかろうと、確かにその大切さには変わりはないのだが。