闘勇士の少女
「誰だ!」
翔也は絶叫しながら振り返り、木刀を構える。
そして、思い切り目を見開いた。
「・・・・・お・・・・おまえ・・・は、あの時・・・の」
翔也は呆然と呟く、動物に人の言葉が通じるわけも無いのに、何故か言葉を使ってしまった。
寒気が体中を駆け抜ける、何故かはわからないが、目の前にいる『アイツ』はヤバイ。
そう、翔也の背後には黒い影を纏う虎の様な存在が、赤い目を爛々と光らせて立っていた。
思わず息を呑み、硬直する翔也。
《小僧、貴様、ココノ結界ヲ如何様二シテ解イタ?》
まるで頭の中に直接声を叩きつけられたような、そんな声。
俗に言うテレパシーというやつだろう。
《応エヨ、コノ空間ヲ包ンデイタ結界ヲ解イタノハ貴様カ? 我デスラ解ク事ノ出来ナカッタ忌々シイ結界。 ソレヲ貴様ノ様ナ人ノ身二テ、如何様二解ク?》
黒い虎がゆっくりと近づいてくる。
「結界・・・? な、なに言ってるんだ?」
翔也もそれにあわせて後ずさる。身を包む恐怖心に、翔也の体中を冷や汗が流れる。
(な、何なんだよコイツ!?)
翔也は内心で叫んだ。
余りの事態に、翔也の思考がついていけない。
そんな中、翔也の脳裏に由真の声が聞こえてきた。
《どこかの神様かもしれないわね》
その言葉を思い出した翔也は、意を決してその黒い虎に話しかけた。
「お前、一体何者なんだ! 神様か何かなのか!?」
翔也のその言葉と同時に、黒い虎は立ち止まり、じっと翔也を見つめていたが、突如として赤い目を細め、威厳のある声で囁いた。
《土塊デ造ラレシ人如キガ、我二名ヲ名乗レ・・・・。 分ヲ弁エヌ言動、許サレヌ大罪ヨ》
「ぁ・・・・・・っ・・・・・」
翔也の体に何らかの重圧が加わり、思わず膝をつく。
痛い、体中が悲鳴をあげている、まるで目の前のこの虎に、翔也という人間が押しつぶされようとしている、そんな感じだ。
存在としての格の違い、それ故に勝てない、決して自分はこの存在と合間見えてはならない。
翔也の中でそんな声が連鎖する。
《結界ヲ解イタノガ貴様デアレバ、ドノ道、貴様ヲ生カス事ハ出来ヌ、故二我------------------》
黒い虎は低く威厳のある声で翔也に対して罰を下す。
《汝ヲココデ滅ソウゾ》
「っ・・・・・・っ・・っ!?」
翔也の目の前で《あの現象》が再び起きた。
黒い虎の体を紅いオーラが包み込み、それと呼応するようにして空を、大地を、世界を、全てを紅いベールが包み込んだ。
「ぁ・・・・・・ぁ・・・・・・」
翔也の体を戦慄が駆け抜ける。
「ぁ・・・紅い・・・世界・・・・・」
翔也は呆然と呟き、思わず後ずさる。
黒い虎は紅いオーラを纏いながら一歩ずつ、翔也に近づいてくる。
そして翔也は理解した、アレは寿命だ。
黒い虎が此方に近づくたび、自分の寿命が無くなっていっているのだと、理解できた。
アレが自分の前に立ったとき、自分は死ぬのだと。
そのときだ、声が響いたのは。
「お待ちなさい、『白虎』」
「ッ!?」
突然その場に響いた声に驚く翔也。
鈴の音の様に澄んだ綺麗な声。
翔也がその声に聞きほれている最中、声の主が密林の間から姿を現した。
「・・・・・・・君は・・・・・・・・・・・・?」
翔也と黒い虎の背後の密林から現れたのは、金色の髪を腰まで伸ばした少女。
「中国における四体の神獣の内の一体がこんな所に居るのは驚きましたけど、何の関与も無い一般人に危害を加えるなんて、神として許されぬ大罪。 本来ならば迷える人間を導き、祝福すべき存在がその保護対象に攻撃するなんて、承服できませんわ」
金髪の少女は呟き、髪と同じ金色の瞳を細めた。
明らかに敵意を持って紡がれたその言葉に、黒い虎は沈黙する。
「しかも・・・・・この高天山の《気》に当てられて《邪神化》してますわね? 西方を守護せし西方白虎とも呼ばれ、秋の季語においては白帝とまで呼ばれる存在が聞いて呆れますわよ?」
《・・・・・・・・・・・何者・・・・・・ダ?》
黒い虎は警戒心を露にした。
「わたくしは『八尾柳 美由紀』。 闘神明星学園所属の闘勇士にして、生徒会メンバーのひとりですわ」
金色の髪をなびかせた少女、美由紀は堂々と言い放った。
「闘勇士!?」
それに翔也は絶句し、大声で叫んだ。
その声に反応し、此方を見つめてくる美由紀が口を開いた。
「そこの貴方。 あなたも早くお逃げなさい、ここは危険でしてよ?」
美由紀の放つ鋭い声音に翔也は若干息を呑むが、如何見てもただの女子高生にしか見えない美由紀に、思わず余計なことを口走ってしまった。
「え、でも・・・・君は・・・・・・」
「わたくしは一般人に心配されるほど、弱くはありませんわ。 それに、敵は待ってはくれなくてよ?」
美由紀の言葉と同時に、圧倒的な圧力がこの一帯を襲った。
《ゥ・・・・・オオオオオオオオッ!!!》
黒い虎が咆哮を放ったのだ。
びりびりと空気が振動し、大地が慄く。
「なん・・・・・・!?」
翔也が余りの音量に絶句。
ところどころ、音圧だけで地面がひび割れているのも確認できた。
それに美由紀は微笑を深くすると、肩をすくめて黒い虎を睨んだ。
「あら、本気といったところかしら。 光栄ですわ、白虎ともあろう存在と戦えるとは。 この霊験地である高天山の最上部の結界が解けことが気になって来て見たのですけど、とんだ出会いがあったものですわね。 ただひとつ言いたい事があるとすれば・・・あなた達の盟主である『黄竜』と戦えたら良かったのですけどね」
美由紀の高圧的な物言いに、黒い虎が再度吼えた。
《グギャァァッ・・・・・ン!》
黒い虎の咆哮で何らかの振動が発生、それが巨大な大気の衝撃波となって美由紀に襲い掛かる。
美由紀は目を細めると右手を一閃。
ッ・・・・・パァ・・・・ッ・・・ン!
風船が割れたかの様な破砕音が響き渡り、美由紀の右手に弾かれたように、透明な衝撃波が掻き消えた。
「小手調べは良いでしょう? 早く来なさいな」
美由紀の笑みすら浮かぶ挑発に翔也は絶句する。
(何を考えているんだ、あの子は!?)
翔也には考えられなかった、あの圧倒的ともいえる存在感を秘めたあの虎に、挑発とも言える言葉を連続で浴びせるなど、正気の沙汰とは思えない。
だが、あの子は闘勇士らしい、ならば自分には無い対抗策を持っているのだろうと翔也は結論付けた。それに竜也が闘勇士だったからとはいえ、闘勇士がどういう存在なのかは自分も知らない為、あまりどうこう言いたくは無いのだが。
《グ・・・・・・ウォォォォォォォォォォッ・・・・ッ・・・・!》
大絶叫、大咆哮、そうとしか表現できないほどの音の波動。
それが黒い虎から放たれた、その声は大地を陥没させ、辺りの霧を全て吹き散らし、回りの木々すら薙ぎ倒す。
「うぁっ・・・・・」
翔也は耳に走る鈍い痛みに目を閉じた。
余りの音量に、鼓膜が耐え切れなかったのだろう。
「・・・・・・・・何なんだよ、一体-----------------------っ!」
翔也は突如として発生した眩い閃光に目を細めた。
紫色の禍々しい光が、美由紀の、否-------------黒い虎の方から放たれていたのだ。
「なんだよ、これ!?」
翔也が叫ぶ。
そして余りの波動に、翔也は近くの木を幹を掴んだ、そうでなければ吹き飛ばされてしまう。
それほどの衝撃波だった。
尤も、翔也にとって衝撃波という事象自体が経験したことの無い事だったので、判断がつかなかったのだが、それは割愛すべき点であろう。
キュゥゥォ・・・!と、掃除機のバキューム音の様な爆音を轟かせながら、黒い虎の口の中に紫色の粒子が収束していく。
すると美由紀が呑気に口調で言い放った。
「あら、神光ですの? 相当怒っていますのね」
「君の所為だろ!」
「五月蝿いですわね、良いんですのよ」
翔也のツッコミを軽くスルーする美由紀。
そして美由紀の瞳が細められた。
「ですがガルデを放たれるとこの辺一体が吹き飛んでしまうわけで少し面倒です、ですから・・・・先手必勝で終わらせましょうか」
美由紀の目が細められ、黒い虎の紫色の光に対抗するように、美由紀の体から黄金の光が放たれ、辺りを照らし、それが拡散していく。
「なんだ・・これ・・・・・暖かい・・・・・」
黄金の光に触れ、翔也が思わずといった表情で言葉を紡ぐ。
そして黄金の閃光の粒子は辺りを包み込み、祝福するように翔也の周りを覆っていく。
「お、おい! なん-----------------------」
やがて黄金の粒子によって翔也が埋め尽くされ、声が途絶えた。
「さて、守護すべき一般人も確保しましたし、ここからはわたくしとあなたの一対一ですわね」
美由紀の獰猛な宣言に黒い虎は吼えた。
そして、二つの光は交じり合い、激突した。
「くそッ! なんだよ、これは!」
翔也は目の前の黄金の壁を両手で殴りつける。
「っ・・・・っ・・・・・・!
だが、自分の一撃の全てが跳ね返ってきたように翔也は悶える。
余りの痛みに一瞬感覚が麻痺したほどだ。
「さっきから何が起きてるんだよ・・・? あの虎もそうだし・・・それにあの子のあの光・・・一体何なんだよ・・・・。 闘勇士・・・まさか、闘勇士っていうのはドイツもコイツもあんな不可思議で異常な力を使うって言うんじゃ無いだろうな・・・・・」
翔也の呆然とした呟きに、誰も応えることはなかった。
外の様子も伝わってこない、だが恐らくあの女の子が戦っているのだろう。
あんな異常な存在と、たったひとりの女の子が------------だ。
「俺はそれを・・・・黙って見ていて良いのか・・・・?」
翔也は自問自答を繰り返す、確かにあの女の子は強いだろう。 覇気や威圧感というかそんなモノが肌を通してピリピリと伝わってくるほどだった。
だがそれでも。
「俺には黙って見ている事なんて出来ない!」
翔也は立ち上がり、黄金の光に包まれた空間で、木刀を構える。
恐らくこの空間はあの女の子が造ってくれたものなのだろう、どういう方法を用いたかは想像もつかないが、間違いなく先ほどの少女の力には違いあるまい。
「俺にコレをどうにかできるとは思えないけど、あの女の子が戦ってるのに俺だけが安全地帯で呆けているなんて出来るわけが無い!」
翔也は叫び、木刀を振り上げると、凄まじい腕力を込めて眼前を縦に一閃した。
ガキィッ・・・・・・ッン・・・!
だが、甲高い音を響かせて、翔也の木刀が弾き飛ばされた。
やはり、この光は翔也の放った一撃の力学的エネルギーを纏めて反射している。
「くそ・・・痛っ・・・・・・・・」
翔也は血の滲む両手を握り締め、再度木刀を拾い、構える。
思えばこの木刀、ここまでしても折れないとは流石というべきか、竜也の置き土産だからであろう。
「でも今は関係ない、今はこの光を切り裂いて・・・あの子の元に行く事だ!」
翔也が両手でしっかりと木刀を握る。 そして、翔也は独特の低い構えを取った。
それはかつて竜也が翔也に教えた技、翔也がまだ年端もいかない頃、竜也が翔也の目の前で見せてくれた、竜也の刀術。
「いくぜ親父、あんたが教えてくれたあの技を・・・・・使ってみるよ」
翔也はあたかも居合いを放つ様な構えを取ると、木刀を翻らせた。
「尼神流、瞬心の刀----------------風詠の太刀、《歌姫》」
翔也の眼前を凄まじい銀光が走りぬけ、硬質な何かが砕け散るような甲高い音が轟いた。
そして翔也の視界から黄金のベールが消え去り、戦場が広がった。
凄まじいまでの荒地、いや、荒地と化してしまった地面。
「あ・・・・・・・」
翔也の呆然とした声が響く。
そう。
荒地と化した戦場の、クレーターの中心。
そこに、黒い虎が傷だらけで倒れていた。