語られる事実
「・・・・・・・・・・」
翔也は自分の部屋の天井を、ベッドの上から見つめていた。
先ほどの出来事から真っ直ぐに自宅に帰った翔也は、心配の旨を伝えてくる朱里のメールを何とかやり過ごし、自分の部屋に入って、考え込んでいた。
その内容は今日遭遇した奇怪な事象についてだった。
「あ~っ! 考えても分からん! 困ったときは・・・・・・・」
翔也は決意を胸に階段を降り、リビングへと向かった。
「え? 不思議な出来事?」
由真は首を傾げながら、パズルのピースを弄っていた。
最近、由真はパズルゲームに嵌っているらしく、本格的な五千ピースという初心者には絶望的なピース数のパズルを購入し、毎晩黙々とパズルに勤しんでいるのだ。
「ああ、母さんはこの街にずっと住んでるんだろ? なら、この町についても詳しいかなと思ってさ」
「確かに私は生まれたときからこの街出身だけど、どうしてそんな事を聞くの?」
「良いから」
「ふ~ん? まぁ・・いいわ」
由真は翔也の瞳を覗き込んでいたが、やがて聞く気になったのだろう、翔也のほうを見つめてきた。
翔也もそれに合わせて、信じてもらえ無いだろうと理解しつつも、商店街で出会った黒い影について全て話した。
「・・・・・・・・・なるほどね、分かったわ」
「は? し、信じるのか?」
「嘘なの?」
「い、いや! 嘘じゃないけど・・・。 でも、こんな話、いきなり言われたら信じないだろ、普通」
由真の不思議そうな表情に、翔也は慌てて叫んだ。
すると朱里は翔也の顔を見て苦笑した後、パズルの手を止めて目を閉じ、そして開いた。
「翔也、あなたはこの鎌倉市がなんて言われてるか知ってるかしら?」
「ん? それってどういう意味だ? 鎌倉市は鎌倉市だろ?」
翔也は、由真の質問の意図を測りかねていた。
意味が分からない。
「違うわよ。 ・・・・・そうねぇ、なんて言ったら・・・・ああ。 言うなればそう・・二つ名、かしらね」
「二つ名?」
「そ。 この鎌倉市は正式名称。 だけどここに昔から住んでる人達が言うここの別称」
由真の言葉に、翔也は思考を巡らせる。
そして、あるひとつの解にたどり着いた。
「もしかしてとは思うけど、『奇怪仕掛けの鎌倉町』のことか・・・・? でもアレは・・・・」
「正解」
「はっ・・・?」
翔也は思わず聞き返す、由真はそれに苦笑すると、もう一度呟いた。
「正解よ、そう。 『奇怪仕掛けの鎌倉町』、それが答えよ」
「けどアレって、この鎌倉市に住んでるご老体の人達が言ってる遊び言葉みたいなものだろ?」
奇怪仕掛けの鎌倉町。
この神奈川県鎌倉市の別名、鎌倉市に住む住民達、それもご老体の人達がたまにそう言っているのを、小さい頃から何度か聴かされたことがある。
何でもこの鎌倉市の成り立ちに関係あるらしいが。
「いいえ。 違うのよ、ここはね、昔から不可思議な出来事が頻発する場所って伝えられているの」
「そうなのか!?」
初耳である。
「そうなのよ、ここ鎌倉市は昔・・・神様が降りた大地って言われてたりもしたわね」
「か・・・神様が・・・降りた?」
何だその厨二設定は? と、呟きそうだった。
だが自分から聞いた手前、ふざけた事を言える立場ではない、何より由真の表情が真剣な事も相まって、翔也は困惑しているくらいだ。
「そ。 この鎌倉市は知ってのとおり、『高天山』を中心にして、円状に広がっているって言うのは地理でも習ったでしょう?」
由真が人差し指を立てながら、教師の様に告げる。
それに翔也は頷き、理解の念を伝える。
そうなのだ、ここ鎌倉市は鎌倉市の中心に存在する高天山と呼ばれる山を中心にして発展した町と言われている。
元々この鎌倉市とは高天山に住んでいた先住民たちによって生み出された地であると、地理では習って記憶がある。
「その高天山はね、有史以来神聖な山と呼ばれていたの。 翔は昔っから庭の裏勝手口を使って良く森の中に入っていくけど、実は進入不可侵の山なのよ? 高天山は」
「・・・・・・始めて聞いたんですけど」
翔也は半眼で呟く。
無理も無い、翔也は十六年ここで暮らしてきて、そんな事を一度も聞いた事が無かった。
「だって教えるなんて考えても見なかったもの、それよりも話を戻すわよ。 私達の住む住宅街の後ろは高天山の麓への入り口である密林が広がっているでしょう、あそこからずっと山を登っていって、山の頂に辿りつくとね・・・・祠があるの」
「祠?」
「そう、祠。 その祠はこの地に降り立った神様を祭るものとして作られた。 『その御名、大いなる尊厳の意をもって、讃えまつらん』------------そう祠に言葉が記されてるの」
由真は詠を歌うように言葉を紡ぎ、翔也の瞳を覗き込んだ。
翔也は思わず由真の栗色の瞳に引き込まれそうになり、咄嗟に質問を投げかけた。
「あ、あのさ、その神っていうのは・・・・・・」
「さぁね。 私は神学を勉強するような人柄じゃないから詳しい事は知らないけれど--------------------一度だけ、ソレに関する資料を読んだ事があるわ。 強大な力を持ちながらも、人間に受け入れてもらえなかった孤高の神、故にその神は自分の写し身たる『造化の三神』を生み、永遠たる眠りについた」
由真は一通り語り終えると、微笑んだ。
「世界を創造できるほどの力を持ちながら伝説や伝承にも残らなかった異端の神様。 それがこの高天山に眠るといわれている存在よ」
「・・・・・・・・・・」
翔也は呆然と瞬きを繰り返した。
由真が語った話の内容が余りにも壮大すぎてついていけない。
というよりも、誰がそんな話を信じるというのか。
尤も、翔也には確かめたい事があったのだが。
「あの・・・・・それで俺の話と何の関係が・・・・・・」
「だから、簡単な事なの。 そんな強大な神が降りた伝承が残るこの地には、悪霊や怨霊っていう類の存在が集まりやすいって事よ、稀に八百万の神とか九十九の神、土地神なんて存在も居るっていう話を神社の神職のお坊さんから聞いたこともあるわよ。 翔を襲ってこなったのなら、翔の見つけた黒い影の虎っていうのは何処かの神様かも知れないわね」
由真は丁寧に説明してくれた。
それと同時に驚愕も覚えていた。
あの、商店街の人々を消し去り、空を紅く染めたのがあの黒い虎なら、翔也が体験した非現実にも説明がつく。
いや、非現実に説明など不要かもしれない。
「か、神様・・・・・・・・。 ファンタジー小説でも読んだ気分だ・・・・」
「ふふ、事実は小説より奇なり・・・とは、よく言ったものよね」
由真は困ったように微笑みながらも、時計を見て目を細めた。
「翔也、あなたそろそろお風呂に入りなさい、もう十一時よ」
由真の視線を追った翔也はデジタル時計の表示された時刻を見て、息を吐いた。
「分かった、今日はありがとう母さん」
「どういたしまして」
由真は微笑み、翔也は脱衣所へと早足で向かった。
バタン、と扉が閉まり、リビングに由真はひとり、残された。
「まさか・・・・私が翔にこんな話をするなんてね・・・・・・」
由真は自嘲的な笑みを浮かべながら呟く。
そしてゆっくりと椅子から立ち上がると、窓脇に設置してあったタンスの一番上の引き出しを開け、その引き出しの板底の木版をとり、その下に小さな収納スペースが現れた。
「男子高校生のエロ本隠しじゃないけれど・・・・隠すにはもってこいよね」
由真はその二段底の収納スペースに仕舞ってあった一枚の写真を手に取った。
そこには数人の学生らしきメンバーが写りこんでいた。
全員が赤と黒を基調とした制服を着ている。
「・・・・・・・ねえ、覚えてる・・貴方。 私があなたと共に戦ったあの日々を・・・闘勇士として世界中を駆け回ったあの日々を・・・・・・ねえ・・・・・竜也さん」
普段の愉快な由真からは考えられないほどの暗い声、翔也が聞いていたなら驚愕していたであろう程の声音。
そんな由真は写真から視線を外し、更にその奥に無造作に置いてある『紅い刀』を見つめた。
その日本刀は妙な雰囲気を放っており、薄く発光していた。
「あなたも・・・・そう思うわよね・・・・・『緋皇丸』」
由真の手が紅い日本刀を撫でると、日本刀が紅く輝いた気がした。