学校生活と揉め事
その後、翔也と朱里は学校に到着した。
遅刻したことで注意を受けはしたが、闘勇士の集団と出くわしたことを話すと、教師達は納得した。
それを見て、やはり彼らの存在は忌避されるべきものなのだろう、と翔也は再認識させられた。
尤も無関係である自分がどうこう言うべきものではない事も理解しているのだが。
そして朱里と分かれた後(朱里とは別クラス)、教室に入った翔也は、朝のホームルーム後の一限目までの僅かな時間を使い、自分の机の上に装備されている液晶画面を見つめる。
そこに写っているのは一限目の授業内容である現代社会の内容だった。
近代の日本の日常生活の技術力は他国の技術を大きく凌駕しているのが目立っていた。
今は安寧の時を刻んでいる日本、その技術力の差は、他国と十年ほどの差があるといわれている。
何故それほどの技術革新が日本で起きたのか、それは沢山の政治家達を唸らせ、無数の考えを抱かせた挙句、ああでもないこうでもないと様々な意見がかわされたものだ------------だがそんな政治家達だが一貫してあるひとつの意見を抱いている事は確定していた。
かねてから先進国としての存在を世界に知らしめてきた日本だが、時が経つにつれて大きな国際的借金を負ってしまっていたのが問題とされていた。
実際問題、日本の輸出産業は廃れ、海外に展開しているであろう外国籍企業もその数を減らしていった。だが、そんな日本の危機を一気に変える出来事が起こった。
それは以前より日本国が力を加えていた教育の分野を国際化させることによって世界中から生徒を募集し受け入れる事、その上で全世界に影響力を与えようという事だった。
そして実際、その考えは日本を救った-------------世界中から日本の高い教育のレベルに興味を持っていた国々は日本に自らが保有する優秀な生徒達を送った。
こうして日本は世界中から優秀な生徒を招き入れる事に成功、それにより日本の抱えていた国際的な借金は全て消え去り、逆に莫大な利益を日本に齎した。
それゆえに『世界という括りが成された組織』は日本という存在が大きくなりすぎていくのを懸念し、莫大な資金と社会的な優位を譲歩することで、《世界にとって有益な存在で在り続ける》ということを暗黙の了解とさせることに成功、要は日本が世界というグローバル組織から離反するのを恐れたのである。
だが世界はたった一箇所、見落とした点があった。
それは世界中の優秀な生徒が日本に集約してしまう事そのものであった。
今までは均等が取れていた人材開発の分野が、日本の圧倒的優位性の元に成り立ってしまったのである。
それが示すのは日本という教育機関を卒業した生徒が世界事情において多大な影響を与える事だった、それにより日本は更に立場を上位につけ、世界という組織の中では異端となった。
世界はソレに応えて、日本という存在を世界経済の軸に添えてしまったのである、それこそが日本という一国家を前代未聞の領域へと先進させた大きな問題だった。
翔也は液晶画面に写る動画を見つめ、息を吐いた。
周りではクラスメイト達が楽しそうに笑いあいながら話している。
だが翔也の周りには人ひとり居ない。
昔からだった、友達を作ることに無関心、友好関係など必要ない。
「・・・・・・・暇だな・・・・・」
翔也は呟く。
中学から高校に進学すれば何かが変わるかも、と思ったこともあった。
だが結局は変わらなかった、いつもひとりで外を見つめて、ひとりで授業を受けて。
最終的には朱里に迷惑をかける。
「・・・・いい加減・・・飽き飽きしてきたよな・・・・・」
翔也は呟き、先ほどの少女の事を頭に浮かべた。
凄まじい覚悟を秘めた瞳。
そして、どこか自分と似ていた雰囲気。
「それにしても、あの子・・・何処かで出会ったことがあるような気がするんだよな~。 懐かしいとうか・・なんというか」
どうせ、自分には関係ないのだから、例え父親が闘勇士であったとしても・・・だ。
翔也は暫くの間、そんな思考の海に漬かっていたが、ふとした拍子で立ち上がり、教室を出た。
闘勇士。
世界に頻発する天災や災害を未然に防ぐ組織。
一般的に公表されている存在理由がこれだ。
だが、そんな一般的な存在理由など信じる者は居ない。
何故なら闘勇士には怪しげな噂が耐えないのだ、地対空ミサイルや兵器の類を隠し持っているだとか、人を殺しているだとか-----明らかに悪意ある噂が絶えず流れている。
そもそも、それが本当なら、軍隊を持たない筈の日本がそんな部隊を容認している時点で異常だといえる。
「まったく・・・・矛盾してるよな・・・・・この国は」
そう呟きながら廊下を歩き、やがて校舎の屋上までやってきていた。
「さて・・と、寝るか」
翔也は呟くと、屋上に大の字になって寝転んだ。
自然の風に身を任せ、そっと目を閉じる。
《翔也、お前に・・・・守りたいものはあるか》
声が響く。
懐かしい声、小さい頃、自分が憧れた父親の声。
そして、《自分を守って死んでいった父親》の声。
《お前がもし、守りたいと思えるほどの大切な存在ができたならば、立ち上がれ》
《お前にしか出来ないことがある、掴み取れ・・・自分の・・・・可能性を》
翔也は目を薄っすらと開いた。
(・・・随分・・懐かしい夢を見たな・・・)
翔也は上半身だけを起こすと、自嘲的な笑みを浮かべる。
「さて・・・・教室に戻るか」
翔也は目を閉じると、屋上を後にした。
その後、授業をほとんど居眠りで消化した後、荷物を纏めて鞄にしまい帰ろうとしたとき、翔也に声がかかった。
「翔ちゃん」
「ああ、朱里か」
翔也が振り返る。
背後には朱里が立っていた、背後には数人の男子生徒。
「その後ろにいるのは?」
「え、あ、うん。 この人たちは同じ委員会の人。 途中で会ったから一緒に行こうって」
「そっか」
朱里は風紀委員会に所属しており、その委員会の委員長も勤めている。
そのルックスと人当たりの良さからか、男子生徒にはモテる上に、女子生徒からも尊敬の念を寄せられている、まさに翔也とは真逆の存在。
今更にして思うが、よく自分は朱里と仲良くなったものだとしみじみ思う時もある。
「じゃあ俺はこれで帰るわ」
「う、うん。 気をつけてね、翔ちゃん」
「ああ、お前もな」
若干困惑気味の朱里を一瞥した後、翔也は微笑むと身を翻して校舎を出た。
背後の数人の男子生徒達が鋭く翔也を睨みつけている事に気づきながら。
「それで、やっぱりこうなったか」
翔也はため息を吐きながら呟いた。
「お前、尼神 翔也とか言ったか、お前、一体朱里さんと・・・どんな関係だ」
翔也の目の前には四人の男子生徒が不機嫌そうに立っていた。。
「・・・・・・・はぁ・・・・・」
翔也はうな垂れ、先ほどの出来事を思い返していた。
朱里と分かれた後、翔也は普段どおり、誰とも喋らずに下校しようとした。
だが、翔也が校舎の敷地内に設置してある自動販売機で飲み物を買って飲んでいるときに、この男子生徒達が絡んできたのだった。
邪魔で目障りだから朱里さんに関わるな、という脅迫つきで。
だから翔也はこう言ったのだ。
『そんなの俺には関係ないだろ、朱里をどうにかしたいなら自分で何とかすれば?』
・・・・と。
そういうわけで。
「こうなったわけなんだな、これが」
翔也は呟いた。
「良いか、お前如きが朱里さんに絡んで良い分けないんだよ、部をわきまえろ」
翔也の呟きには気づかずに、男子生徒は話し続ける。
「そんな事言われてもな・・・俺には関係ないことだし」
翔也が若干の辟易を滲ませた低い声音で告げる。
「なっ・・・てめえ・・・話を聞いてなかったのかよ! 邪魔者はお前だって・・・・・」
「うるさい。 十秒以内に帰れって。 俺だって喧嘩はしたくない」
「したくないだと? 勘違いするなよ、お前は俺達の邪魔をしないように立ち回れと『命令』しているんだぞ?」
男子生徒の上から目線の言葉に、翔也としてはため息を吐くしかなかった。
この場に朱里が居ればキレて居たかもしれない。
だが、それだけだ。
翔也の心には小さな波すら起きない、目の前で何を言われようと、どれだけ自分が貶されようと-----だ。
そんな翔也の思考を他所に、翔也の前の男子生徒達は会話をヒートアップさせていく。
「まったく、お前が消えてくれないと俺達が遊べないじゃないかよ、なぁ?」
男子生徒達を仕切るようにして、先頭に立っている男子が背後に同意を求める。
それに背後の三人は微笑み、頷く。
「遊ぶなら普通に誘えよ」
「あ?」
翔也の呆れを含む言葉に、男子生徒達は眉を顰めた。
「お前なに勘違いしてんだ? 俺達の『遊ぶ』は普通の遊戯じゃねえぞ、ヤルほうだぜ?」
男子生徒の言葉に、翔也の体がピクリと震える。
だが、有頂天になっている男子生徒達は翔也のそんな変化にも気づかない。
「アレだけの美人顔なんだ、ヤラない方が可笑しいだろ」
男子生徒達は笑う、ケラケラと笑う。
目を細めた翔也に気づかずに。
その瞬間、先頭の男子生徒の顔面に爪先が突き刺さった。
スニーカーを履いた足の爪先、その鈍くも鋭い一撃が男子生徒を襲う。
「がぁ・・・!?」
その蹴りを喰らった男子生徒が吹き飛び、地面に倒れる。
背後の三人は驚き、翔也を見つめる。
「・・・・・朱里に・・・何をするって?」
翔也の憎悪すら篭った声に、男子達は震える。
翔也は怒っていた、目の前で下らない事をぬかす馬鹿共に。
「確かに、俺は自分の事に対しては何を言われてもどうこうするって事は無い、けど・・・周りの、それも朱里に対しての暴言を見逃すつもりは無いぞ」
翔也の言葉に三人の男子たちが目を吊り上げた。
「んだと!?」
ひとりの男子が叫び、翔也に向かって拳を振り上げた。
翔也はそれを容易くかわし、手首を捻りながら投げ飛ばした。
「ひとり」
翔也の冷静な、何の感情も篭っていない台詞に、残りの二人も動き出す。
二人目の男子は雄叫びを上げて突っ込んできた。
翔也はそのまま身を屈めて男子の懐に潜り込む。
「んなっ!?」
男子生徒の狼狽の声。
「ふっ・・・!」
翔也は呼気を吐き出し、足の膝を最大限に使用し、真上に跳ね上がる。
その動作の途中にふとももを跳ね上げて、男子生徒の顎先を強打。
「うがっ・・・・」
男子生徒は顎先を強打されて起きた脳震盪によって気絶し、崩れ落ちた。
翔也は、最後に残ったひとりを睨み、口を開いた。
「お前が最後だな」
「ひぃ・・・っ!」
最後に残った男子生徒の右手には木刀が握られていた、その木刀の切っ先を突きつけてくる男子生徒。
恐らく剣道部の部員か何かなのだろう、と、翔也は予想する。
尤も、そんな動作には、何の意味も無いと翔也自身が理解している為、翔也が歩みを止める事は無い。
翔也は男子生徒へと近づき、木刀の刀身を掴み、一気に引き寄せた。
そして、男子の腹部に蹴りを食い込ませた。
「がはっ・・・・・・」
どしゃりと音を立てて、最後のひとりが地面へと沈んだ。
翔也はそんな三人を見下ろし、ため息を吐いた。
「またやっちまった・・・・・」
思わず自分の額に掌を添える翔也。
「周りの大事な人の事となると見境がなくなるのが、俺の悪い癖だな・・・」
翔也の自嘲的な笑みを浮かべながらに呟き、周りで気を失って倒れている男子生徒達を一瞥し、携帯電話を手に取った。