依頼
木原春子は、平並学園高等部1年生である。
この少女、見た目はとても高校生に見えないほどの童顔の持ち主で、さらに体も小柄なためよく中学生に間違えられる。
だが、そんな容姿を見て侮った者は、大抵痛い目を見ることとなる。
「春ちゃーん!ちょっとこのソファ持ち上げてくれるー?」
「はーい」
そう言うなり春子は、言われた通りソファを軽々と持ち上げた。
―――木原春子と言えば、学園でも知らない人間がいないほどの怪力の持ち主である。
その細い腕のどこにそんな力があるのか、それを知る者は1人もいない……。
「ありがとー。ソファの下にへそくり隠してるの忘れててさー」
「……部室のソファの下をへそくりの隠し場所にしないでくださいよ……」
春子が呆れた目で見ると、少年は朗らかに笑って見せた。
この少年こそ、我らが探偵クラブの部長、秋原大和だ。
彼は、平並学園高等部2年生で、春子とは先輩後輩の仲である。
ただ、やはりこの男も変わっており、自分のしたいことは何でもするという自由な人間だ。
いつでもどこでもマイペースな部長に、春子はもう何度も呆れ、何度も和まされている。
「そう言えば、来ませんねー夏樹先輩」
「あぁ、そう言えば来てないねぇ……」
「ははっ!散々人に遅刻厳禁て言っといて自分が遅刻してやんの、
―――――痛い!!」
春子に馬鹿にされ、頭をはたいた少年こそ、篠原夏樹、その人だった。
平並学園高等部2年で、探偵クラブ副部長である彼は、なかなか整った顔立ちをしていた。
ただ、春子を見下ろしながら浮かべるその表情は、口元しか笑っていなく、正直恐怖さえ覚える顔だ。
「はは!春ちゃんは随分とまぁデカい口が叩けるようになったねぇ?」
「すみませんごめんなさい反省してます―――ッ!!」
笑顔で言いながら、手は春子の頭をおもいっきり下へと押しつぶしている。
そんな彼は、やはり学園でも有名なほど唯我独尊な性格をしていた。
ただ、それが自惚れでなく、頭もいいし運動神経もいいので、春子としても何とも言えない。
「あ、あの……」
春子は、そこでやっと夏樹の後ろに立っていたる少女に気がついた。
見ると、それは中等部の制服で、わけがわからず夏樹の方へ振り向いた。
「俺は理由もなく遅れてこないよ。お前じゃあるまいし」
しっかり皮肉も言いながら、夏樹はストーカーだって、と言った。
それを聞いた春子は、目を丸くした。
「ストーカー!?」
そのあと、夏樹先輩が!?と言った春子は、再び夏樹に押しつぶされ、それを見た大和は吹き出していた……。
「―――さて。それじゃあ、話を聞こうかな?」
そう言って大和は、依頼人―――原田望美へとほほ笑んだ。
望美はその笑顔に安心したのか、落ち着いて話を始めた。
話を聞き終えた春子は、顔を真っ赤にして憤慨していた。
「何て奴だ!見つけ次第、鉄アレイでも投げつけてやる!!」
「シャレになってないから、ちょっと落ち着こうねー」
そうやって春子を落ち着かせた後、大和は再び望美の方を向いた。
「うーん……嫌じゃなければ、でいいんだけど、さっき言ってた封筒の中身、見せてもらってもいいかな?」
大和がそう言うと、望美はすまなそうに目を伏せ、
「すいません……。あまりに気持ち悪くって、破いて捨ててしまって……」
「そっか……。まぁ、それが普通の反応かもしれないね」
証拠品を捨てられ、少々残念な気もしたが、大和は仕方がないよ、と言って変わらず微笑んでいた。
「あ、でも、内容は覚えているんです。中は手紙だったんですけど、なんか……紙いっぱいに"好きだ"とか"愛してる"とかってあって……それと一緒に、私の、その……下着姿の写真が……」
それを思い出したのか、望美は顔を青くして震えていた。
そんな望美を見て、夏樹は眉を寄せた。
「気色悪い……。んなもん送ってなんになるんだっつーの」
「まぁ確かに、"いつでも君を見ているよ"っていう示しにはなるかもねぇ」
大和の言葉にさらに青ざめる望美に、春子は、
「さいってー!女の敵!!任せて、望美ちゃん!!絶対にソイツ、吊るしあげてあげるからね!!」
と肩に手を置いた。
「ついでに、ソイツ見つかったら顔面にお見舞いしとく?」
と尋ねる春子に、望美は吹き出した。
「―――ありがとうございます。どうか、お願いします!」
そう言った望美に、3人は力強く頷いて見せたのだった。