ep.3 帰国……
登場人物。
阿部平蔵。阿部トミ。阿部幸夫。阿部寛。阿部サワ。阿部家のお手伝いの珠子。及び老人と謎の女の子のホロ。
阿部幸夫=雪男=雪だるま=スノーマン。
阿部寛、貪欲な知識欲を見せていたから、阿部寛を捩ってアバカンと付けられた。意味はまさしく文字通りの意味「たくさん」から来ている。
1927年1月27日(昭和2年)満洲
●一月下旬に三人揃っての帰国
仮祝言は無事に終わった。今は車に多くの荷物を積み込んでいる最中だ。
「お義父さま、随分とお荷物が多いのですね。」
「これか、俺は日本で新しく『北海タイムス』に就任したんだ。俺のものにする為の、ま~軍資金だな。」
阿部家の引っ越し作業にサワの母も妹も来ている。お手伝いは家人を連れて来ているから、主に監督ということか。別に来なくてもいいと考えれば、サワ・娘可愛さによるものか。サワを嫁がせたら二度と会えないのは間違いない。
「まぁ素晴らしいですわ。ね~お母さま。」
「そうね~これならばサワの花嫁衣装も持たせてやれば善かったわ。」
「いいえ、可愛い妹が居ますからね。」
「そうね、あの子に婿を捕らせます。」
捕らせるとか、もっと穏やかな言い方はないのだろうか。闊達な姉に気圧されるから少々シャイな性格となっている。だが可愛い♡
「もっといい人を見つけます~……い~~だ!」
「ふふ~ん、この姉に追いつける事はできないわよ。」
「歳だけだわ、男は別だからね!」
「ニャンだと~?」
「こら……およしなさい。」
「は~い。」x2
寛とサワは満洲で式を挙げて、帰国すれば母のトミは驚いて腰を抜かす。父平蔵から託された電報料は寛とサワの二人で喰ったとか、ま~母のトミは笑って許す。俄然トミは本領発揮し、
「わ~忙しくなるわ~……ドレスでしょ、式場は今から建てても間に合うわよね……。」
「あ、あは、アハハ……、」x3
「奥様、はっチャゲ過ぎではありませんか? 先に若奥様の新居が必要です。」
「いえ私は同居でいいんです……が。」
「寛の家よね~広しね~……直ぐに建てさせるわ。」
「奥様……私は寛さま夫妻の世話も焼かせてください。増築になさいませ。」
「え?……そうするわ。」
「メイド服……新調なさいますか? 若奥様。」
「はい、お願いします。」
「ダメ、ダメよ。和服が似合います。」
「割烹着を新調なさいますか?」
「はい、お願いします。」
「寛に為に私の秘書になりなさい。」
「でも私は、寛さまの……、」
「スリーピースの背広をご用意致しますから着なさい。」
「嫌ですわ~奥様。若奥様もお坊ちゃまの管理で忙しくなさいますから。」
珠子はトミに対して二言も言い放った。三人が言えない言葉でトミに水を差すも、トミはニコリと微笑んでいるだけ。珠子はお抱え運転手兼メイドにされるから一番の被害者だ。でもとても優しいメイドです。
「ありがとうございます、珠子さん。」
「いえいえ、これが普通ですわよ若奥様。」
「え、えぇ……。」
珠子・二十六歳はトミよりもサワよりも斜め上をいくレディだ。寛を目当てにメイドとなったものの夢破れる。
式場が決まれば親戚一同に案内状を送る。満洲以外は……? 救急の案内状作成の依頼先は北海タイムスの下請け印刷会社だ、無理難題もスポンサー次第か。
奥手で甲斐性無しの寛は……?
一月下旬に三人揃って帰国した。帰国すれば先に寛の就職の準備に入る。二月末までには教授部屋を整えておかねばならないとか。そこは理事長の息子、という肩書きが付いて回るから蔑ろにはできないようだ。
阿部寛の教育スタイルは、親の威を借りずにマイペースで進める方針らしい。特に母親の言いなりになれば給料は望めるも、はた迷惑が嫌だと言っている。母にではない、学長に嫌だと言っている。学長は寛の防波堤にされたようなもの、胃袋が痛いだろうな。
それ以上に大変のなが学長らとの打ち合わせの、摺り合わせがより大変だった。講義のカリキュラムに民俗学を教える範囲と、学長曰く「自由なんてあるものか」みたいにロシア語も教える事に決定した。遅れてドイツ語も教えるように言いつけられたから、更にドイツ語の教科書の選定が大忙しで進められた。
「あんな記号文字を教える事はありませんよ。」
「阿部くん……確かに記号的なキリル文字に未来はないと思うが、」
「だからって道路様式にキリル文字も掲げるのは行き過ぎでしょう。」
北海道の行き先の看板にロシア語も付されている。今現在はどうなんですかね~?
「この北海道はロシアに近いんだ、何時侵略されるか判ったモンジャない。」
「モンジャ焼き、まだありませんよ。それにロシア軍の北海道侵攻はあり得ません。」
「未来は判らんさ、」
「確かに。」
「で、私の権限も判るよね。」
「上意下達権です。」
「良く判っているね、僕は月給取りなんだよ。とにかく……教えたまえ。君の民俗学とも相性がいいだろう?」
「う~……ロシア文学がらみでしたら……はい。」
学長が最高責任者なのは、出資者の責任逃れを押しつけられたようなものか。新生北海道大学はこれからだから、まだまだ寄付金は必要って訳だな。阿部トミの権限が強すぎるのだろうが、これと引き換えならば我慢が出来る学長は偉い! 新築の学舎の図面が引かれだす。
北海道大学としては隣接するように、競馬場建設に空港建設が急浮上してきた。特に空港は是非とも実現させたい思惑が学長の希望でもある。それにおいては理事の阿部トミを介して平蔵に「期待を寄せております」と、何度も言っていたらしい。大いにトミを持ち上げることも忘れてはいない。新築の学舎は煽てて勝ち取った戦利品みたいなもの、棚ぼたか。
飛行場……それは世界に羽ばたく農業大学校は北海道の生きる道だ、雪に埋もれる大地に鉱工業は似合わない。何故ならば札幌は北海道の陸の孤島のようだから、何処へ行くにも足がない。唯一の港は遠くの苫小牧まで行かねばならない。
学長と別れて小一時間も過ぎれば何処から聞きつけたのか、学長は改めて呼びつける。
「きみ、ドイツ語も堪能だってな。」
「いえ、余興ですが、なにか。」
「講義時間がまだ足りないんだ、遣りたまえ。」
「薄給で構いません。」
「あの人の目が気になるから……なぁ~頼むよ。君が薄給と知れたら俺がどうなるのか、判るよね?」
「勿論、減給でしょう。それで減給分は私に上乗せでしょうか、アハハ~?」
「フランクさんが急遽帰国する。」
「はぁ……。」
「君の権限はなにかな?」
「はい、退職以外の権限は何も有してはおりません!」
「そういう事だ、よろしく頼む。」
ロシア語にドイツ語の教科書の選定は楽でも、民俗学の本は自筆で書き上げる……これが一番の難問だった。急な製本を依頼しても、北海タイムスの下請け印刷会社さえも拒否されて、テキストが完成したのは五月に入ってからだ。
「四百部でいいんです、もう講義も始めなくてはならないので、急いで……」
「はぁ四百部ですと~~??? 莫迦にせんで下さい。却下です。」
「四百部でいいんです、もう講義……、」
「ダメ!」
「四百部でいいんです、もう講義が~お願いします。」
「……一千部な。」
「……はい。それでお願いします。」
印刷会社を回るも三度目の正直で多くの在庫も抱えてしまった。見込みの予算を大きく超える稟議書を会計さんに渡せば、「大学の経費だからいいんですよ」と言われてしまった。阿部助教授は……「しまった」と大いに悔やむ。裏の顔の母が控えているから誰も文句は言えない。
お話は時期が前後しているが気にしないでもらいたい。
「武士は食わねど……どうしてこうも腹が減るのかね~、ここまで打ち込めば背中がへこむんだがな?」
民俗学最高~! の阿部助教授は……奥様を蔑ろにしていた、いや忘れて大学の自室で寝泊まりをしていた。それでもサワは怒ったりせずに部屋を訪ねるのは、完全に忘れ去られない努力は欠かせなかった。
「心にやましい思いがあるんだろうか……。」
病膏肓に入るとは、まさしくこのアバカンのような人を指して言う。
寛を襲ってテキストの文章を書かせなかった、とか、そこまではしていない、完全に自分を抑えていたサワ。
「あなた、サンドイッチを作りましたわ。」
「お~ありがとうサワ、嬉しいよ。」
「貴方が嫌いな卵サンドですわ!」
「……いや……これ……美味しいよ。どうしてだ?」
ここは珠子の読み通りなんだろうと思われる。
「はい、お義母さまから教えていただきましたので、少し……普通に作ってみただけですわ。」
「あ~……納得。」
「今日も、これから?」
「そうだね、以外と文字興しが面白くてね。特にモンゴルの結婚観が……サワ……さん?」
「ふ~ん……さ、今宵こそは帰りますわよ。」
ここも珠子の読み通りなんだろうと思われる。手にロープが持たされていた、らしい。
若奥様としては三度の食事を食べさせる方に苦労する。執筆に余裕があれば引き摺るのは夕飯前か? こうでもしなければ眠りもせずに文章の推敲を行う。初年度は受講する学生はみな同じだから「民俗学Ⅰ」の教科書で良かったが、引き続き「民俗学ⅡとⅢ」も執筆に取りかかるまめな性格だ。
「あれ~~♡」
「待て~~♡」
と言う奇声も何度ともなく大学構内に響く……。家でない処が奇怪しい。いや可笑しい、民俗学ⅡとⅢは直ぐ必要な事はなかっただろう? これは助教授の逃げの口実だとサワに気がつかれたら? 実力行使も吝かではない。
そこには母トミの入れ知恵が大きかった。
桜の開花に併せたように寛とサワの披露宴は無事に終わった。民俗学の印刷も無事に終わった、終わったのであるが寛は大学に泊まりこもうと努力をしている。
披露宴で寛は酔い潰れて悪態を晒すものだから……お話出来ることは何もありません。byサワ
六月に入ってからは普通の新婚家庭へと無事昇格す。だ~が寛はワインを飲んでは酔い潰れるの繰り返しにサワは奥の手を使うのか?
サワは困り果てて平蔵に相談する。名案を考えた平蔵の案に期待を寄せる。
なんと!
「私……お義父様の子を身ごもりましたわ……。」
「うっ……ウソだよね?」
「いいえ、お義父さまはね、私にゾッコンですわ?」
ゾッコン……寛の脳内は民俗学では有名な「族婚」という文字に変換されるから、ようやく寛の牙城は墜とされた。族婚とは別名で族内婚と言い、若すぎる嫁は夫から離されて族長の嫁にされるような、アフリカのあれとは違うが、民俗学に長けた寛にとっては気が気ではなくなる。
「どうだい効果覿面だったろう。」
「うふふ……お義父さまのアドバイスは殺人級のスパイスのように利きましたわ、ありがとうございます。」
「あれにはアフリカの習慣を教えていたんだよ。」
「でも私に浮気はできませんもの、申し訳ありませんわ。」
「はは……いつも済まないね。」
「まぁ、誤解を生みますわよ?」
……血液型が同じでしたら善かったのに……と囁くサワの思考も満更ではないようだ。寛の血液型は両親を足して二で割るから、見事にクロッシングした血液型である。これにサワも同じ血液型であるから無理だと言うのかサワよ。
「落ちる」ではない「墜ちる」だ、サワの柔らかい身体に堕ちるのは早かった。堕落とも言う。
最近は、トミ……も、性格が柔らかくなった感がある。珠子さんだけがイライラを募らせるのはどうしてだ?
トミはサワを平蔵に近寄らせないし、サワは珠子を寛から遠ざける。なんだか複雑な阿部家が出来上がった。
「これ程までに手を出さないとは嘆かわしい。」
「お義父さま?」
「……ゴホン!」
「ヒャッ!」
「ホント、貴方さまみたいでしたら善かったですわ。」
「お義母さま……。」
「私は意地悪だよ、嫁……早く二階へ行きなさい。」
「はい、奥様……。」
「珠子……。」
「はい奥様。」
「サワさんに……あれを。」
「あれ……でございますか。」
「おいおい、あれはヤバいだろう。」
「大丈夫ですわ……あなた……だって、これ。」
「う……珠子。」
「はい、直ぐに。蝮の焼酎を持って上がります。」
寛は「落ちる」ではない「墜ちる」だ、サワの柔らかい身体に堕ちるのは早かった。堕落とも言う。
「ばぁろ~何が悲しくてメイドなんてやってられるかってんだ!」
珠子だけが除け者になっている。独り飲む酒はワインであるも、多ければ愚痴も醜態も出てしまう。
阿部家は秘密を抱える。サワには幸夫の存在を語らなかった。これがこの先にどのような影響を残すのか、誰も考える事はない。平蔵やトミが行方不明の幸夫を探していた事実はサワも聞いて知っている。結果は見つからず死んだものと噂されたと、サワだけではなく周りの者はそう解釈した。
平蔵は幸夫が存命している手がかりを掴んでもいたのだ。そうでなくとも平蔵がどうでもいいような新年会に出て行く意味はなかったと思われる。事実、平蔵は十二月に入ってから、
「なんで俺が満洲くだりまで行かねばならないのか!」
「俺も付いて行くから行こうよ。」
「あなた、きっと善いことが待っていますわ。」
「フン、好かん。」
「でしたらサワさんを呼びに行って下さいな。」
「……。」
もう夫婦公認であったのか、寛よへたれるな!
平蔵は誰も連れて行かずにモンゴルへと足を延ばしていた。次章は新年会まで遡る。




