ep.1 プロローグ
登場人物。
阿部平蔵。阿部トミ。阿部幸夫。阿部寛。阿部家のお手伝いの珠子。及び老人と謎の女の子のホロ。
阿部幸夫=雪男=雪だるま=スノーマン。
阿部寛、貪欲な知識欲を見せていたから、阿部寛を捩ってアバカンと付けられた。意味はまさしく文字通りの意味「たくさん」から来ている。
満洲にとある家族が居た。
「トミ、男の子だぞ。善く頑張った!」
「はい、二人目も男の子です、これで跡取りの心配はありませんわ。」
「……俺の会社は五つもあるんだが、」
「あと三つ……はい♡」
「子育てを待たずとも、これからは楽に出来るからね。」
「えぇ……旅行……行きましょうよ、ね?」
「そうだ、モンゴルに行こう!」
……★(黙れ! 私はヨーロッパがいいのよ)
「あぁそうだ、寛が成人したらヨーロッパ旅行もいいな!」
「はい、とても嬉しいわ。ところで貴方さま、寛って……誰ですか?」
「あ、産まれたばかりで名前はなかったんだ、アハハ……。」
トミへの愛情表現も忘れない平蔵であるが、言葉はリップサービスとも言える。
そんな阿部平蔵の生活にも余裕が出来て、モンゴル民族の研究で阿部平蔵がモンゴルの村を訪れた。妻と息子の二人も同伴している。長男の名前が幸夫といい、そして二男が寛という。
満洲にとある夫婦に二人の男の子が産まれた、過酷な物語が始まる。
1904年9月24日(明治37年)中央アジア・モンゴル
阿部平蔵は日露戦争の最中の1904年9月に、全線開通したシベリア鉄道の記念旅行にと試乗に招待される事となった。阿部は満洲で事業をしておりシベリア鉄道の建設にも出資をしていたからその見返りというのだろうか、そんな安い株主招待だった。
これが安部平蔵とトミの新婚旅行だったというから更にお安い旅行となった訳である。でも妻のトミからすれば旅行に連れて行って貰う事もないから、これが二度目の旅行になるからと、一人で燥ぐ姿を見せてまで楽しみにしていた。
勿論、最初の旅行とは日本から満洲へと嫁に行った時の事であって、当時としては女が軽く出て行けるような身分でもなく、家で家庭を守るという風潮が強かったため、ちょいと旅行へ……なんて事は無い。
アメリカは南北戦争以来、ヨーロッパ諸国の植民地と関係を維持して多くを学んできた。転機となるのがフランスの植民地(カナダ、ルイジアナ州、ケベック州)を買って文化と産業を我が物として発展の糸口を掴んだ事で、それからは多くの戦争を経て機械産業の発展を見る。ま~血の気が多すぎたせいか、今度は大西洋を通り越してヨーロッパへと戦争を仕掛けていく。それが第一次世界大戦だった訳だが、軍需で伸びたアメリカは世界へと覇気を延ばしてゆく。
日本は日露戦争で辛勝し多くの土地と東清鉄道などを譲り受けた。それからは満洲鉄道として飛躍していく。第二次世界大戦でロシアが不可侵条約を破棄して侵攻してきたのは、日露戦争の仕返しだったりするのか。ねちっこい性格だからきっとそうなんだろう。
実は「日露戦争」が講和条約を締結していなかったら、敗戦は日本だったか。日本が負けそう……「お願いしますアメリカさま、どうか日本を助けて下さい」「善かろう、お前に有利な講和をロシアに持ちかけよう」これがポーツマス条約のようだ。
ロシアの老兵と若き日本兵を天秤にかけたアメリカは、日本に満洲などを開拓させたかったようだ。ロシアは好かんアメリカだからだし、満洲をロシアにやれば後々になってロシアをつき上がらせる動力源になると判断した。
日清戦争で敗れた過去はあるも、ロシアが日本に対して温和しくしていたのは、みな我の為に。南満洲鉄道株式会社の下請けで軌道の工事を請け負っている会社があった。これからの戦争の為のインフラは整えておきたかった。日清戦争で敗れた過去があるロシアは日本に対してキツく当たるのは、青洞門と同じなんだと思う。
唯一の敗戦、それは大国が小国に負かされた……プライドが掻っ穿かれたから?
大凡が考えだした、ただの推測に過ぎません。
1917年6月4日(大正6年)中央アジア・モンゴル
*)初めての家族旅行
第一次大戦のきっかけは仕組まれていたらしい。ドイツがロシアに対して宣戦布告し第一次大戦はより過酷な戦争へとなった。と同時に日本はロシアの臨時政府を承認して段々と西洋がきな臭くなっていく。ロシア革命も起きた時代である。ロシアが採った戦法は「相手を殺す、またはより多くの負傷兵を出させる」ような、えげつない作戦だった。
「だからヨーロッパ旅行は無理だって言っただろう?」
「はい、戦争が終われば、私をヨーロッパへ連れてって!」
あれから十三年が過ぎて必死になって働いた阿部平蔵の会社は兼業が成功し大きく飛躍ができて、今では旅行も出来るような身分になっている。子宝も二人の跡継ぎが出来たと喜んでもいたし、趣味が高じて一計を案じたみたいだった。満洲で起した株式会社も部下に丸投げで十分機能するようになった。
阿部は根っからの中央アジアの民俗学が好きであって、暇さえあれば地の利を生かして独りで旅行をしていた。妻のトミはニコリと微笑む平蔵の話しに聞き入る。その心中とは、
「この人、モンゴルの歴史に惚れて満洲へと来たんだわ。私以上に好きだなんて許せない!」
1917年からシベリア鉄道の修理を請け負うからと計画の前倒しとした。
「家族旅行に現地の視察って、あなた……欲張り過ぎではありませんか?」
少々、頬が膨れるトミの顔に微笑んだ返す平蔵に怒る事は出来なかった。
「そう膨れるな、視察を名目にしないと軍から咎められるからな。」
「はい、とても嬉しいですわ、あなた。」
愈々家族四人が揃って行き当たりばったりの旅行が始まる。
「社長、本当にガイドの必要はないのですね?」
「いいさ、経費で持ってくれないんだろう?」
「え……、会計は私の妻ですから、恨まれているんで……すみません。」
「細君は日本語が達者だものな、内緒話も聞かれては堪らないだろう、アハハ……。」
「あなた、そう部下を苛めるものではありませんよ?」
「奥様、ありがとうございます。何れはこの会社を頂ますんで、後押しはお願いします。」
「勿論よ、ねぇあなた?」
「遣らん、売るから買え!」
「はい、ありがとうございます。お坊ちゃんが退屈されてありますから、」
「あ~留守を頼む。」
「はい、お任せを。」
「ウフフ・・・。」
ニコニコ顔のトミの懐は暖かい。
阿部平蔵がそんなにも政治が混乱しているロシアを選ぶはずは無く、今はまだロシアの影響を受けないモンゴルの村を訪ねる事とした。男の子だったら喜ぶキャンプが良かったかも知れないが、目的地はとにかく移動の為の道路がなければならないし、それに妻トミの(散財の)為にも宿泊できる大き目の都市の近く、ということも重要だ。
「お父さん、モンゴルのベース都市はウランバートルがいいんじゃないかな。そこだとお母さんは喜ぶと思うよ。」
「幸夫、そうだな。ウランバートルに決めるか。」
「うん。」
長男の幸夫としても旅行が楽しみだったから、父平蔵の計画を一緒になって考えていた。ウランバートルは母の願いでもあったと言うから、幸夫も買収されていたものか。
男一人なら問題ない野宿も女房と二人の息子が居てはできなかった。必然的にモンゴルのウランバートルに向かう道路のあるロシアの都市をベースと決める。
「あなた、お土産は何処で買いましょうか。」
「トミ、ここで買い物はな。」
「はい、帰りに買って帰ります。行きだと荷物が多くなりますものね? うふふ。」
「……。」
「お母さん。でもね、訪問先には必要だよ?」
「そうよね~お父さんは何を考えているのかよね~。ねぇ幸夫。」
「はい?」
「アバカンと一緒に買って来て!」
「うん。」x2
「僕はね、明朝時代の壺が在ると思うんだ、路地裏まで行ってもいいかな。」
「アバカン、お母さんには、」
「うん、飲み物だよね。」
「そうよ~飲めない茶器なんて飾り物よね。」
「噛みつく茶器は未来にならないと完成しないんだよ。」
幸夫の未来視は確かなものだったか、大豆から皿やコップが作られた……「食べることが出来るプラスチック」だと。先に製品が出来上がっても使い道はこれからだという……あれだ。「生分解樹脂」という名前はようやく日の目を見る現代になった。
「うっせぇ~。高い壺を見つけてくる。」
「はい、ガンバってね~♡」
「高い壺は買えないよ?」
「うっせぇ~、転売で高く売るんだよ。」
「ふ~ん、売れたら良いね。」
幸夫は確かに壺を見つけてきた。綺麗とはほど遠い壺は手土産として老人へと渡されることに繋がる。
「幸夫、この壺の何処がいいのよ。」
「雪だるまみたいな模様が気に……入った。」
「まぁ……。」
「これ、お兄ちゃんだよね。」
「うっせぇ~。アバカンも買っただろうが。」
「うん、これ、絶対にガラクタだよね。」
人間、疲れていたら優しい言葉も話せなくなる生き物か。やたらと突っかかる母親に愛情なんてありはしない。現代でいう……あれだな。
「お前なんか産まれてこなければ良かったのに」
「どうして産んだんだよ」
「勝手に出て来たのよ、私は産んでいないわ。そうよ橋の下に落ちていたわ」
どんなに考えたって産んだ親が悪い。親が格差社会のどの辺にいるのかでも生まれた子の未来は、親の所為で決まるようなもの。カラスの子は白鳥になれはしない。
臍の緒を切れば別人格が始まるも、親子の理不尽な関係は切っても切れない。
アバカン。阿部寛の学校での渾名だ。アバカンとは、寛の貪欲な知識欲からネーミングされたとか。何処かの方言だと言うから、満洲にも日本中から多くの人たちが移住している証拠。ちなみに幸夫は「スノーマン」と言うも親バレはしていなかった。幸夫=雪男=雪だるま=スノーマンと転じての渾名だ。
その都市はウラウンデだった。ここはシベリア鉄道の駅もあり、南のウランバートルに向かう大きな道路がある。ウランバートルを旅行のベースに決めてここからトラックで近くの村に行く事にした。このウランバートルから東に走る道路があり、その先にはウンドゥルハーンという村が在る。
唯一地名に「ハーン」という語尾が付いている。ハーンはあのジンギス・カン別名でジンギス・ハーンともいう。君主のハーンに通じるものか? と考えたからだ。バイカル湖の都市から南下してモンゴル高原の北東部にその居住を定めた遊牧民の末裔が存在するか? のような地名だからだ。
ウランバートルから東に百二十キロ行った所にその村は在り、百二十キロ程度ならウランバートルから往復も出来ようか、ここを調査地に定めた。ほぼトラックで揺られるばかりの強行のスケジュールだからさぞかしトミには堪えたことだろう。荷台の息子二人は落ちないくんで頑張ったに違いない。
朝早くホテルを出発した四人だった。
「ねえあなた、まだ着かないの? oooが痛くて堪りません。」
「すまないね~もう直ぐだよ。」
「もう何回も『直ぐだよ』と言うのね。」
「そう言うな、何回も尋ねるから何回も言うんだろう?」
「あなたはそういう性格だったわね、荷台の幸夫と寛は大丈夫かしら?」
「では車を止めますか! 少し休もうな。」
「ならば早く止めて頂戴!」
平蔵はトラックを止めて息子に尋ねた。
「二人とも退屈してはいないかい?」
「うん僕たちは景色が面白いから退屈してないよ。」
「あんな草っ原がか?」
「うん、」x2
トミは息子の二人を睨み付ければ、特に幸夫はよくできた息子である。
「お父さん、お茶を飲みたくなった。」
「うん僕も~。」
「はいはい、直ぐに用意しますよ。」
「……(こいつら~?)。」
トミは息子の二人に頼んで毛布を拡げさせて速攻で休憩に入った。道路横の叢に毛布が広がるやいなや、はしたなく寝っ転んだトミであった。男たちときたら三人仲良く並んで……を済ませるから母親のトミは間もなく着くからと水筒のお茶をがぶ飲みするも、後悔先に立たずで道中で我慢した甲斐は全く無かったらしく茂みに駆け込む。
「嫌だわ~原始人が見ていたらどうしましょう。」
見渡す平原に……仕方なく? であった。トラックの反対側では三人とも並んで済ませるとか、親子の仲も良かった。
ウンドゥルハーンには三時間あまりで到着した。植木は見当たらず立っている木は電信柱だらけである。平蔵が目指しているのはウンドゥルハーンの街ではなくて、更に南の平原にあるテントを探したい。
悠久の大地……モンゴル、視界を遮るものがない広大な草原にたくさんの雲が流れ、日本から飛来しているであろう鶴の群れが西へ飛んで行く。空気は何処まででも透き通り、満洲の煙たい煙から解放された感じがするトミだった。
「ちょっと車を止めるよ。」
「えぇお願いします。」
「寛、双眼鏡を戻してくれないか。」
「うん。」
「幸夫~……ちょっと手伝って~~。」
「は~い、毛布広げるよね。」
夫の阿部平蔵は双眼鏡で見える筈も無いモンゴルの村のテントを探していた。
「お父さん、どう? 村は見えるの。」
「そうだな……何にも見えないね。あの丘の先には森が在るようだからあの近くを探してみようか。」
裸眼では緑の大地と森の緑がかろうじて色の違いで判別できた。でも見えているとは言うがたどり着くにはまだ十キロは先の場所だろう。
「あそこだね! なんだか川が在るのかな、緑色が強いみたい。」
「おいおい、なんだか幸夫は誘われているんじゃないのか?」
「そう思う。気になるから行ってよね。」
「そうするか。」
幸夫は目がいいのか見分けがつくようだった。緊張が解れた阿部夫人は茶菓子も持参していて、こっそりと一人でお茶を飲んでいる……にしても一人で嬉しそうだ。
「さ、もういいかい、出発するよ。」
「はい旦那さま、お尻柔らかにお願いね!」
「お母さんも荷台で寝てればいいよ、痛くはないから。」
「でも身体中が痛くなりそうで嫌だわ。」
「それもそうだね。」
幸夫はトラックの助手席に乗りたくて堪らなかったが……。
二十分位で村が見えてきても平蔵は村には向かわずに森の方へ進む。この方角は幸夫の提案であった。平蔵としても村よりも、ポツンと一軒屋がいいのだろう。渡す手土産で村中が混乱したら困る。
「バッコ~ン……!」
「あなた、幸夫からの合図ですわよ。」
「お~~~ついに見つけたぞ!」
そこには一張りのテントがあって、更に少し先には二つ、三つとテントが見えている。平蔵はトラックを止めて荷台に上がっていく。日本人にはテントと思えるが正式にはゲルと呼ぶ。ここは異文化だから何が正しいとは言えない文化の違い。
「何処にしようかな、住人が十人は居ないとね。」
「そんなに多くは用意していませんよ?」
「おいおい……買っておけと言ったぞ。」
「お土産は帰りに買いなさいって、仰ったではありませんか。」
「……?」
「お父さん、あそこに女の人かな、立ってるよ。行ってみれば。」
「そうするかな、あそこで尋ねてみようか。」
「まぁ現金な人!」
と、唇を尖らすトミである。お互いの「お土産」の意味が違っていた。
住人が十人……。疲れ切っている三人は平蔵の駄洒落にも反応していない。平蔵の逸る気持ちも理解出来ない家族ではないだろうが、三人ともが、
「お父さん……早く、」
と言って嗾けてもいた。こんな田舎の住人を驚かす訳にはいかないので、平蔵は、テントから二百メートルほど離れた所に車を止めて歩いていくと言う。確かに、車もない村にしてみれば羊の邪魔にしかならいから迷惑だろう、言えてる。
「やぁお嬢さん、お父さんかお爺ちゃんは居ませんか?」
「なにさ、あんた達は。お爺ちゃんなら居るよ。」
「そう、ありがとう。お爺ちゃんにお話を訊きたいのさ、頼んでくれるかな」
「うん、待ってて!」
流石は山奥の女の子だけあって口の利き方は悪いみたいでも、女の子は機嫌良くテントに入って行った。暫くして八十歳くらいだろうか老人が出てくる。
「おやおや……もしかして日本人か?」
「壺ですが、どうぞお使い下さい。」
「ほほう……これは素晴らしい。ご主人のご趣味ですかな。」
「いいえ息子が探してきました。有効にお使い下さい。」
「……確かに。十年先になるだろうが有効に使わせて頂くとしよう。」
「はい、よしなに。」
「もう二個……。」
「では……あと一個と言う事で手打ちを!」
「そちもワルだのう~。」
休憩で使っているコーヒーカップを進呈するとか冗談が過ぎる平蔵だ。だから老人に気に入れられたものか。
「えぇそうです。実はモンゴルの人々の昔の暮らしの様子を訊きたいと思いまして訪ねて来たのです。」
「ホロ、家を少し片づけてくれないか。爺の荷物が出しっぱなしになっていてな、少し見苦しいんだよ。」
「うん分かった。」
「すみません、ありがとうございます。」
老人はモンゴルのどのような事を聞きたいのかと尋ねるも、老人の手元には茶色い瓶があって、どうしてか右手が瓶をさすっている。この瓶は主に男にだけ効くのもだと説明を受けるも何だろう。
妻のトミは言葉が理解出来なくても夫の傍を離れない、とてもいい妻を演じている。トミの心の中はきっと……スケベジジイと考えている。この手の爺さんには女が居るだけで口の潤滑油の役割をする。
「そうですね、お爺さんの小さい時のですね、人々の暮らしぶりとか、それと村の決まり? と言うのでしょうか、掟などがありましたら是非ともお聞かせください。」
「今とな~んも変っとらんな~。」
「……。」
阿部平蔵の流ちょうなロシア語がユックリと口を衝いて出る。モンゴルの言葉はそれこそモンゴル語なのだが、ロシアと国境を接しているから年長者においてはロシア語も堪能だという。
また、キリル文字を公用語としているのはモンゴル国だけではなくて、ウクライナやロシア、それに東ヨーロッパ圏でも使用されている。(大凡で十二カ国にわたって使われている。)
暫くして女の子がテントから出て来た。
「お爺ちゃん終わったよ。」
「ありがとうよ、お前たちは退屈だろうから外で遊んでなさい。」
「うん、そうするね。」
「よかったら息子の相手をお願いします。」
危害を加える意志が無い事を示唆するためにと筆記具以外は外に置いて行き、阿部夫妻は老人の案内でテントに入った。
「わ~初めて入りました、お邪魔させて頂きます。」
日本語でトミが言えば老人も日本語で答える。
「え、え、どうぞお入りください。」
「まぁ……いけ好かない。」
「ほっほっほ~……。」
「これトミ。」
「だって~……。」
「えぇ……どうぞお入りくださいという言葉しか知らん。」
「ウソ!」
「ほっほっほ~……。」
それから小一時間は話し込んだろうか二男の寛がテントに入って来て、
「お父さん、お母さん。お兄ちゃんが居なくなったよ、何処を探しても居ないんだ、どうしよう。」
「いやいや、こんな広い所でかい?」
「ねぇあなた、直ぐに探しましょうよ。」
「そうだね、」
「私たちはこれで失礼いたしますわ。」
「お爺さん今日はありがとうございました。これで御暇いたします。」
「ああ、気をつけて帰りなされ。」
「はい、失礼します。」
「やっぱり日本語を理解しているんだわ。」
これから起きる不可思議な事象が待っているというのに、阿部夫妻は満足したようにしてテントから出ていく。
両親はテントを出て一通り辺りを見渡したが確かに幸夫の姿は無かった。
「あ……ちょっと待て寛。あの女の子に訊いてみようか。」
そればかりか女の子の姿も無かった。
「なぁ寛、テントの前にいた女の子は知らないかい。」
「それがね、最初は一緒に居たんだけれども暫くしたら二人とも居なくなったんだよ。」
「そうか……じゃあ父さんは車に行って双眼鏡を取ってくる。寛は付近を探してくれ。」
「うん分った、川の方を見て来る。」
「トミは村の方に行って探してくれないか。」
「えぇそうするわ、幸ちゃんは何処に行ったのかしらね。」
「幸夫~、」
「幸ちゃ~ん、」
「お兄ちゃ~ん、」
三人で日暮れまで探したがとうとう見つからなかった。テントの住人の両親が放牧から帰って来たので事情を話してみるとまるで意味が通じない。十三才位の女の子がテントに居たと説明したが、
「いいや家に娘は居ないよ。向こうにテントがあるだろう? あそこには居るには居たが三年前から行方不明さ。」
この家に娘は居ないという……不思議だ。
翌日になって阿部一家は幸夫を探しに再度訪れたが見つからなかった。不思議な事がもう一つあって話を聞いた老人も居ないという。昨日の様子を具に話しても埒が明かなかった。
それからも機会があれば再度訪問して幸夫を探して回ってもいたが、とうとう見つける事は出来なかった。その後は妻のトミがいい顔をしないので旅行にも行かなかったという。
平蔵の父親が亡くなったのをきっかけにして、日本の札幌市へ帰国すると決めて断腸の思いで両親は幸夫を諦めた。満洲の事業はそのまま継続してもいた。平蔵の父は殺害されたという。
トミと平蔵の仲は悪くなる一方だったが、アバカンとこ寛は父の子守役を買ってでる。
「ねぇお父さん、ここの歴史はどうなっているの?」
「お父さん、バイカル湖に言い伝えがあるけど……知っている?」
寛はジンギスカンの事に留まることはなくて、ロシア語に民俗学にも興味を示してか、平蔵はトミに擦寄りよ仲が良くなった。
平蔵は度々満洲にも行くから寛も付いていく。最初こそ母のトミも付いていくも、モンゴルには簡単に行けない情勢がトミの決意を微塵に切り裂く。
「ねぇあなた……、」
「今回は株主総会だけだから直ぐに帰国するよ。」
「アバカン、お父さんをお願いよ。」
「はい、お母さん。」
「サワさんが待っているものな。」
「もう~お父さん……言わないで~♡」
「あらあら、」x2
「うふふ。」x2
「珠子さん、また苫小牧までお願いしてもいいかしら。」
「はい奥様。」
「おいおい、お前は付いてこないのか?」
「勿論でわ。」
「奥様は札幌大学の役員を務めてあります。」
「……だったか、」
「はい、うふふ。」
1922年(大正11年)に札幌市が誕生した。併せて北海道大学の発足も札幌市と前後している。トミの実家である三浦家は都市の開発で多きく影響力を持つ地主に格上げされた。及び、北海タイムスの理事ともなれば影響力はどれ程のものか、想像が付かない。トミの父は「金はやらぬが仕事は分けてやる」というから性格も捻れてしまったか。最後は「北海道飛行場」を造りだしたではないか。これならば金を惜しむのは理解できる。
一企業の北海タイムスが空港開発を行うとか、先を見越した投資だとしても、随分と豪胆な行ないだったか。




