第2話 猶予は一ヶ月
リーゼの心配をよそにジークハルトは側近と話を進めていく。
「またなぜ留学だなんて勘違いを……」
「こんな野蛮だと噂されている国に来るなんてことだけでも驚くけど、セレスティア王国の人は皆努力家で勉強熱心だって聞くからてっきり留学なのかと」
「あなたのセレスティア推しは昔からですけど、もう少し裏を読まれては……」
そこまで話したところで側近がリーゼの方へ向き、丁寧にお辞儀をした。
「申し遅れました。私はジェイドと申します。ジークハルト様のお傍に仕えさせていただいております」
「リーゼと申します! こちらこそよろしくお願いいたします!」
「奥様には専属で侍女をつけさせていただきます。後ほどお部屋へご案内した時にご紹介させていただきます」
「ありがとうございます」
挨拶を交わす二人を交互に見て、ジークハルトはむすっとした顔をする。
「なんか、二人だけ会話してずるい。俺もしたいんだけど」
「一人前に嫉妬をするくらいなら、その前に部屋の整理整頓をしてください」
「あれは仕事上で必要な散らかりなの!」
その言葉を聞いたジェイドはそれはもう大きなため息をつく。
(なんだか、残虐皇帝にしてはずいぶん雰囲気が……)
残虐皇帝と呼ばれた彼にしてはずいぶんと明るく陽気な雰囲気である。
リーゼの想像では笑顔もなく近寄りがたい、それでいて部下にも恐怖政治を強いている……そんな様子だった。
(意外と薬は手に入るのかもしれない。早く手に入れてセレスティア王国へ届けないと……)
その瞬間、彼女の脳内に父親であるセレスティア国王の言葉がよみがえる。
『マリアンネの病は国家機密だ。バレることなく薬だけ手に入れろ。猶予は一ヶ月だ──』
(猶予は一ヶ月……早く見つけて送らないと。マリアンネのことも心配だわ)
そう考えたリーゼは早速薬室のことをジークハルトに聞いた。
「ジークハルト様」
「ん? どうした?」
「宮殿に薬室があると伺ったのですが、私、薬草に興味を持って……」
その瞬間、リーゼの真横に鋭い剣が振り下ろされた。
「え……?」
一瞬のことでリーゼにはその太刀筋も見えず、ただ気づいた時にはもう地面に剣が刺さってあった。
その剣を振りかざしたのは、彼女の目の前にいたジークハルトである。
「ジークハルト様……?」
「今、なんと言った?」
「え、えっと……薬室が……ひぃっ!」
リーゼが彼の顔を見上げた瞬間、思わず恐怖の声が漏れてしまった。
ジークハルトの瞳が先程の優しい雰囲気とは全く別物の、まさに残虐皇帝のような目つきをしていたから。
二人の間の沈黙を破ったのはジェイドだった。
「ジークハルト様、剣をしまってください。ここで血を流すのはまずいです」
「…………」
そう言ってジークハルトは剣をしまうと、そのまま部屋を後にする。
残されたリーゼは思わずその場で座り込んでしまう。
(今の、なに……?)
困惑するリーゼにジェイドは謝罪する。
「申し訳ございません。薬室は少々厄介な場所でして……」
「厄介……?」
それ以上は、というように頭を下げると扉の外にいた侍女に声をかけて去っていった。
(薬室に一体何が……? それに、ジークハルト様……彼の本当の姿は……)
噂のような残虐皇帝の彼と天然で優しい雰囲気の彼。
どちらが本当の彼の姿なのだろうか。
「本当のあなたはどちらなのですか……?」
リーゼの呟きは静かな部屋に消えていった──。
一方、リーゼのもとを去ったジークハルトは執務室に到着した直後、机にあった書類を全て払って怒りをぶつける。
「はあ……はあ……くそっ……」
荒々しい吐息が響く中、側近であるジェイドが入室して声をかける。
「まだお辛いのですね。薬室のことを聞くだけでも」
「ああ、想像以上に辛かった。自分でもびっくりしたよ。まだ10年も前のことを引きずっているなんて……」
「いきなり薬室を尋ねるとは、何かありそうですね。あの王女様は。ですが、あなたが剣を抜いて殺さないなんてことがあるのですね」
「……彼女のことは気になった。彼女の瞳の奥にある寂しさと何か強い意思。それを知ってみたい……彼女を知ってみたい……」
「それを世間では一目惚れというのですよ」
ジェイドは主人が散らかした書類を拾いながら、そう言って微笑んだ。
第2話も読んでくださってありがとうございます!!!
残虐皇帝の彼と薬室の秘密、そして甘々で天然な彼。
リーゼとジークハルトの運命はどうなっていくのでしょうか。
お楽しみいただけますと幸いです。




