第5話 わし、怒る。
息が焼けるように苦しい。
心臓がかつてないほど早く脈打つ。
それでも足を止めるわけにはいかない。
だが、小さな足には限界があった。
背後から足音が迫る。——もう、すぐそこに。
「まったく、手間取らせないでよね。」
魔女の手がシュエルに伸びる。
その瞬間——。
ボン!
火球が魔女に直撃した。
魔女が一瞬怯む。
一体だれが……。
そんなことは関係ない!!
シュエルはその隙を逃さず、再び走り出す。
足が痛い。呼吸が苦しい。
でも、、でも逃げなきゃ……!
おじいちゃん……おじいちゃん助けて!
心の中で必死に叫ぶ。
優しい老魔導士。
しわくちゃな顔に、真っ白で立派な髭。
いつも優しく、頭を撫でてくれる大きな手。
──その全てが恋しい。
「きゃっ!」
ぞわりと、右足に何かが絡みつく感触がした。
バランスを崩し、地面に倒れ込む。
足に視線を落とすと、黒い蛇のようなものが巻き付いている。
「……なにこれ!?」
必死にそれを引きはがそうともがくが、全く取れない。
それどころか、ぎゅうぎゅうとさらに締め付けてくる。
「まったく…最初から魔法を使えばよかったのね。 ガキだからって油断したわ。」
それは、彼女の…魔女の魔法だった。
どうしよう。もう逃げられない……。
「なんで、私を狙うの……?」
最後の望みをかけ、彼女に問いかける。
「あら、意外と冷静なのね。
でも、さっきも言ったでしょ?
アレク・レーグルから《九つの杖》の座を奪うためよ?」
「……どういうこと?」
彼らは“人”ではなく、“杖”に選ばれる。
神が作ったとされる九本の杖。
その杖に選ばれた魔法使いこそが──《九つの杖》
「あら、知らないの?「九つの杖」の座は“奪える”のよ。……前人の魔法使いを殺すことでね。」
ニヤリと魔女は不気味に微笑む。
全身にゾワッと鳥肌が立つ。
つまり、こいつは────。
「おじいちゃんを殺すつもり……?」
ふふ、と魔女は冷たく笑った。
「ええ、そうよ?」
ドクドクと心臓の鼓動が速くなる。
そんな、、おじいちゃんが……。
「おじいちゃんは最強なの!負けるわけない!」
悲鳴にも近い声をあげる。
「そうね。だからこそ、貴方が必要なのよ。
アレク・レーグルは歳をとって衰えてはいるけれど、簡単に倒せる相手じゃない。
でも、人質がいれば話は別。」
「……そんな。」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
私のせいで…おじいちゃんが……。
殺されちゃう…。
ごめんなさい、おじいちゃん……。
「さあ、大人しく人質になってもらうわ。」
その言葉を合図に、黒い蛇のようなものがシュエルの全身を縛り上げていく。
身体の自由がきかなくなり、呼吸が苦しくなる。
意識が遠のいていく────。
もう…だめ……。
意識を手放しかけたその瞬間────。
眩しい光が闇を裂いた。
優しいぬくもりが、シュエルを包み込む。
恐る恐る瞳を開くと、そこには────。
「遅くなって、すまなかった。」
いつものしわくちゃな笑顔。
その優しい声に、張りつめていた感情が決壊する。
「おじいちゃぁぁぁんっ!!」
シュエルは思いきり抱きつき、涙を流した。
アレクはそれに応えるように、シュエルを抱く腕に力を入れた。
◇◇◇
「貴様、何者じゃ。」
泣きじゃくるシュエルの背中を撫でながら、アレクは鋭い眼差しで魔女を睨みつける。
「初めまして。誘惑の魔女ティオ・セドックよ。
あなたを倒して「九つの杖」の座を奪うつもりだったの。
…でもどうして?転移魔法は阻止したはずよ?」
「走ってきたに決まっておろう。」
「は?」
一瞬、彼女の笑みが凍りつく。
だが、それが事実だった────。
「そんなことはどうでもよい。
貴様、わしの孫に手を出してただで済むと思うなよ。」
アレクの右目が金色の光を放つ。
その瞳に宿るのは、怒りの炎。
場の空気が変わる。
いつもと違う、老魔導士の怒気に、シュエルは息を呑む。
「なっ……!?」
『レグヌム・グラキエイ、ドルミエンテム・テッラム・アンプレクテレ、ウェントス・エト・フラムマエ・タケアント、ムンドゥム・アエテルナー・ニウェ・オブウォルウィト!』
冷気が大地を走り、吐いた息が白く染まる。
魔女の身体が指先から凍りつき、瞬く間に氷の彫像へと姿を変える。
氷属性最上級魔法──《フロスト・カタストロフ》
世界が“沈黙”に包まれた。
「……すごい。」
あまりに一瞬の出来事。
シュエルにとってあれほど恐ろしく、強大だった魔女が、何もできず、氷の彫像と化した。
これが、最強の魔法使い────。
◇◇◇
「シュエルよ。すまなかった。怪我はしておらぬか?」
優しく、けれどどこか悲しげな瞳。
さっきまでの怒りの炎はどこへやら、いつもの優しいおじいちゃんだ。
「うわぁぁぁん!怖かったよぉ!」
再び涙が溢れた。
『ルクス・サクラ、サナ・ウルネラ・エト・レッデ・ウィータム』
優しく暖かな光がシュエルを包み込む。
さっきまでの痛みと疲労がすっと消えていく。
光属性中級魔法──《ヒール》
アレクの回復魔法だ。
「すまなかった…本当に、すまなかった……。」
おじいちゃんは、私が泣き止むまでずっと背中を撫でてくれていた。
◇◇◇
散々泣き腫らしてようやく落ち着いた頃、ふと気づく。
「おじいちゃん…目、光ってる……。」
きょとんとするアレク。
「そうじゃな、ここまでの魔法を使ったのは久々だったからな。」
アレクは懐かしむように右目に触れる
「昔、色々あって右目を失っての。
その代わりに授かったのがこの“魔眼”じゃ。」
「魔眼……?」
「うむ。魔法を補助する魔道具じゃ。
普段は使わぬが、大規模な魔法を使う時だけ力を借りておるのじゃ。」
「へぇ〜、そうなんだ!」
「さ、帰ろうか。良いものを見せてやろう。」
あんなことがあったからだろう。
アレクは励ますように、飛行魔法を使った。
風が心地よく吹き抜け、夕日が森を炎のように染める。
その光が二人を包み込む。
◇◇◇
胸に抱く少女。
小さな体で、どれほど怖かったことか。
この子に危険が迫ったと知った瞬間、血の気が引いた。
誓ったのだ。この子を絶対に幸せに育てると。
それなのに——。
「……わしの不覚じゃ。」
アレクは再び、静かに決意を固めた。
夕焼けの空を、二人は穏やかに飛んでいく。
そんな二人を木の影から見つめる瞳────。
◇◇◇
あれから数日。
シュエルはすっかり元気を取り戻していた。
いや、元気すぎるくらいか。
最近、お菓子がこっそり消えている…気がする。
まさか盗み食い?
……まさかな。
ふと、シュエルへと視線を向ける。
サンドイッチを大きく口を開けて頬張る姿に、思わず頬がゆるむ。
ドンドン!
激しく扉を叩く音。
びくっと肩を震わせるシュエル。
何者か知らんが、孫を驚かせおって!
若干苛立ち混じりに扉を開ける。
「なん…」
「お師匠さま!!よかった、生きてたんですね!!!」
「なんじゃ?」と言おうとしたが、無粋な来訪者によって遮られてしまう。
全く、こいつは────。
わしは孫との楽しい朝食の最中だったというのに……。
第5話ありがとうございました!
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次回──突如現れた無粋な来訪者の正体が明らかに!?
第6話「わし、感激じゃ!!」
お楽しみに!!




