第3話 わし、孫に魔法を教える。
「どうじゃ?うまいか?」
「はい!」
勢いよく返事をして、ハッとして頬を赤らめる。
その仕草が、まるで春先の小鳥みたいで、思わず笑みが溢れる。
「よいよい。何も恥ずかしがることではない。
わしはお前さんに元気に育ってほしいのだから。 ほれ、もっと食べなさい。
こっちのスープも美味しいぞ?」
そう言ってコーンポタージュを差し出す。
シュエルはそれを一口飲んだ。
「美味しいっ!」
ぱぁっと表情が明るくなる。
シュエルの服を買い終えたわしらは、その他諸々の買い出しを済ませ、夕食を食べに来ていた。
ちなみに、ここもわしの行きつけ。
──決して、引きこもっていて店をあまり知らないわけではない。決してな!!
シュエルが頼んだのはお子様プレート。
オムライス、ハンバーグ、パスタにコーンポタージュが付いている。
わしが頼んだのはステーキとパンとスープ。
ここのステーキは絶品なんじゃ。
「おい、聞いたか? ルエーシュ国の話。」
ふと、隣の席の男たちの会話が耳に入る。
「何かあったのかよ?」
「たった一人の魔女が国を滅ぼしたとかよ」
「俺もそれ知ってるぜ、時占いの魔女様がその魔女を倒したらしいな。」
「…そんな馬鹿な。国一つを……?」
────時占いの魔女。
その名を耳にした瞬間、胸の奥に鈍い痛みが走る。
彼女は九つの杖の一人であり、わしの先輩に当たる人物じゃった。
だが、1ヶ月前──国を滅ぼした魔女の暴走を止めるため、命を落とした。
歳をとったせいだろうか。昔ほど死に関心がなくなってしまった。
人は生き物である以上、いずれ大地へと帰っていく。
遅いか早いかの違いだけなのじゃ。
ふと、あることに気づき、シュエルへと視線を移す。
目の前では、頬いっぱいにオムライスをほおばるシュエルの姿。
その様子を見て、胸の奥の痛みがすっと薄れた。
灼熱の魔女も、その場にいたはずじゃ。
ということは……。
あいつが言っていた“任務”とは────。
シュエルが目覚めたときに聞いたのだが、彼女は記憶がないらしい。
彼女の過去に何があったのかは分からない。
だが、わしとしては、記憶についてはこのままでもいいと思っておる。
覚えていないほうが、幸せな記憶もあるものじゃ。
この子には真っ直ぐ育ってほしい。
過去に何があろうと、今の笑顔を守れればそれでいい。
──わしは、この子を必ず幸せに育ててみせる。
◇◇◇
朝の日差しがまぶしく差し込み、遠くから小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
心地よいまどろみの中────
「おじいちゃん! 約束の日だよ! おきて!」
元気いっぱいの声が耳元で弾けた。
……どうやら、二度寝は許されそうにない。
シュエルを預かって一週間。
すっかりわしにも懐いてくれたようで、出会った頃のおとなしい少女はどこへやら。
今ではすっかり、元気に育っておる。
そして今日は、魔法を教えると約束した日なのである。
よほど楽しみにしていたのだろう。
全身からソワソワ、ワクワクしている気配が伝わってくる。
「分かった、分かった。じゃが魔法を教えるのは朝ごはんの後じゃからな。」
「はーい!」
うむ、良いお返事じゃ。
◇◇◇
「こほん、それでは魔法の授業を始めよう。」
「よろしくお願いします!」
背筋をピンと伸ばして机に座るシュエル。やる気満々だ。
「まず初めに、魔法とは“心”なのじゃ。これだけは絶対に忘れてはならぬ。」
「心……?」
若干訝しむような表情を浮かべる。
これを言うと、みな決まって同じ顔をする。
魔法に必要なのは知識や魔力量だと思う者が多いのだ。
「そうじゃ。心が乱れれば炎は暴れ、穏やかなら風は歌う。」
「……むずかしい。」
「わしは昔、怒り狂って家一軒破壊したことがある。」
「!!?」
思い出したくもない過去だな……。
あれはサエルが悪い。
決してわしのせいじゃない。
「分かったか?
魔法を使うときはなるべく心を落ち着けるのだ。 さもなくば、魔法に飲み込まれるぞ。」
「……はい。」
ゴクリと唾を飲み込むシュエル。
少々脅しすぎたかのう。
「では、魔法についての基礎知識を教えるぞ。
魔法には基本の七属性が存在する。
火、水、風、土、光、闇、無。」
わしは説明と同時に、火球、水球…と指先に魔法を発動させる。
座学はつまらんじゃろ?
興味を持たせる演出が必要じゃ。
「……わぁ!七つも?すごい!」
「そこから、二属性、三属性と組み合わせた“複合属性”というものもある。」
「あ、じゃあこの前おじいちゃんが見せてくれた魔法も複合属性?」
ふむ、なかなか鋭いのう。
「そうじゃよ。
あれは土と水を複合した“花の魔法”じゃ。」
パチン!
指を鳴らすと、部屋に甘い香りが広がる。
舞い落ちるのは桃色の花びら…ではなく、キラキラと光を反射して輝く黄色の花びらたち。
同じものでは芸がないからな。
さらに、床から植物が芽を出し、大輪の花を咲かせる。
わしは部屋の中に薔薇の花畑を出現させた。
「きれい……!」
すっと床の一輪に手を伸ばすシュエルを、わしは慌てて止めた。
「待つのじゃ。棘があるからの。」
わしは代わりにその花を摘み、彼女の髪に挿してやる。
輝く黄色の花が、シュエルの薄黄緑の髪によく映える。
まるで森の妖精のようじゃ。
うむ、わしの孫はやはり可愛いな。
「わぁ!ありがとう!!」
シュエルの顔にもぱぁっと花が咲く。
喜んでくれたようで何よりじゃ。
「それでは続けるぞ。
先ほど話した属性には“適性”というものがある。
この適性がないと、いくら訓練しても魔法を使うことはできぬのじゃ。」
「そうなんだ。」
「そこで、魔法を学ぶ者はまず初めに、自分の適性を調べることから始めるのじゃ。」
コトッと机に水晶玉を置く。
「この水晶は特別製でな。
手をかざすと、その者が一番得意とする属性と魔力量が分かるようになっておる。」
「……すごい!」
「そうじゃろ? まあ、わしが作ったわけではないがな。ほれ、手をかざしてみなさい。」
わしはシュエルに水晶に手をかざすよう促した
──促してしまったのだ。
この水晶は、使った者の得意な属性に合わせて魔法を発動させる。
火属性なら火球、風属性なら旋風、という具合に。
ここまではいい。
問題は次じゃ。
この水晶は、魔力量に応じて魔法の規模が変化する。
ここまで言えば、何が起こるか誰にでも分かるだろう。
「はい!」
元気よく返事したシュエルは、恐る恐る手をかざした。
その瞬間────
ドンッ!!!
部屋の空気が弾け、強烈な突風が吹き荒れた。
机が跳ね、書類が舞い、わしの髭までなびいた。
次の瞬間、天井が吹き飛ぶ。
わしは思わず天井を見上げた。
そこには燦々と照りつける太陽。悠然と流れる雲。
「これは……また……。
魔力量だけなら、わしやサエルと同等……。
いや、それ以上かもしれん!
訓練なしでこの量とは……!!」
凄まじい惨状に、頭が追いつかない。
シュエルはといえば、自分のしでかしたことに気づいてオドオドしておる。
「あ、あのっ……ごめんなさい!!」
申し訳なさそうな顔をする少女の頭を撫で、宥める。
「大丈夫じゃ。わしがやれと言ったのだからな。」
そうは言ったものの、内心では焦っておった。
この水晶は使っても、通常ここまで魔法は起きない。
ならばなぜこんなことに?
理由は簡単だ。
シュエルの魔力量が規格外に“膨大”だったのだ。
大きすぎる魔力は身を滅ぼす。
この子を、正しく導いてやらねば……。
ゴクリと生唾を飲み込む。
わしは静かに空を見上げた。
まだ日は落ちていない。
だが、せっかちな一番星はその大空で昂然と輝いていた。
「まったく、屋根まで吹っ飛ばすとは……。
まさに“新星”の誕生じゃな。」
◇◇◇
「ねぇ、おじいちゃん? 私は風属性ってこと?」
切り替えの早いのが子どもの良いところじゃな。
先のことをウジウジ考えても仕方ない。
期待に満ちた眼差しを向けるシュエルにわしは深くうなずく。
「そうじゃな。シュエルは風属性のようじゃ。
しかもとんでもない魔力量を持っておる。
いずれ、わしを超える大魔法使いになるかもしれんな。」
「ほんと?!」
「本当じゃよ。
じゃから、魔法の勉強に励むのじゃぞ?」
「やったー! 私、頑張る!」
はしゃぐ姿が無邪気で可愛らしい。
「あ、そうだ。おじいちゃんは何属性なの?」
「わしか? わしに“得意な属性”はないぞ?
全属性が得意じゃからな。」
「えっ……。」
シュエルは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
第3話ありがとうございました!
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次回──孫、まさかの大ピンチ!?
おじいちゃん、老骨にムチ打って全力疾走!
「わしの孫に手を出すとは、よい度胸じゃのう!!」
第4話 わし、走る!




