第28話 私、魔女として生まれ呪われた
これは国を滅ぼした一人の魔女の物語。
強すぎる魔力を持って生まれてしまった、呪われた子。
薄黄緑の髪が揺れ、伏せたままの視線は窓の外へと向けられていた。
彼女はシュルレリア・ルエーシュ。
ルエーシュ王国の第一王女。
16歳になる少女は、魔法を嫌うこの国に生まれた、たった一人の魔女。
その身には常識外れの魔力を宿し、類い稀ない魔法の才を持っていた。
本来、知識も訓練もなしに魔法を制御するなど不可能だというのに。
彼女がもし、別の国に生まれていれば、"天才"と称えられていたはずだった。
だが、ここでは──。
魔法を持つ者は忌むべき存在。
彼女は呪われた姫と呼ばれ、嫌悪と嘲りの的になっていた。
それでも、戦争の道具としての価値はあったらしい。
彼女は幾度も戦場に送られ、多くの兵士を屠ることを強いられた。
「この国のために働けば……
戦争で多く倒せば……
いつか、きっと……。」
みんなが認めてくれる日が来ると、
子どものような希望にすがっていた。
ふと視線を窓の外の城下町へと移す。
人々が楽しげに笑っている。
あの輪の中に入れたなら──。
どれほど幸せだろうか。
ガチャ、と扉の開く音がした。
「……お母様」
派手なドレスを纏った女性が入ってきた。
吊り上がった瞳、整った鼻筋、小さな口。
人形のような美しさを持つその顔は、怒りに歪み、冷たい棘をまとっていた。
ペルビア・ルエーシュ。
王妃であり、シュルレリアの母。
「ああ……本当に汚らわしい。
呪われた子。」
吐き捨てるような目。
まるで見るだけで穢れると言わんばかりの視線。
「申し訳……ありません」
震える声で返すしかない。
「あなたの価値は他国への兵器。
それだけだと理解しているの?」
鋭い視線が胸を刺す。
「……はい」
「なら、私のかわいいシュリスに近づかないでちょうだい」
シュリス・ルエーシュ。
シュルレリアの妹で、この国の第二王女。
「……はい」
逆らうことはできない。
逆らえばどうなるか、誰よりも知っている。
「はぁ……わかっているのでしょうね。
まあ、いいわ。あれを持ってきなさい」
母が命じると、侍女が即座に鞭を差し出した。
「後ろを向きなさい」
声は冷たく、感情がなかった。
シュルレリアはゆっくりと背を向ける。
次の瞬間──。
バシュッ!!
鞭が背中を裂き、鋭い痛みが骨の奥まで走る。
「……っ!!」
歯を噛みしめ、声を抑えた。
泣けば、叫べばもっとひどくなると知っているから……。
◇◇◇
「姉様!!」
明るい声が部屋に跳ねた。
振り返ると、シュルレリアと同じ青い瞳、薄黄緑の髪を揺らす少女が立っていた。
年齢は8歳で、その表情にはまだあどけなさ残っていた。
シャルレリアの妹のシュリスだ。
咄嗟に背中を隠す。
さっきの痛みがまだ熱を帯びて残っている。
それでも悟られないよう、必死に笑みを作った。
「シュリス。どうしたの?」
彼女は、この城でたった一人、私を“魔女”ではなく“姉”として扱ってくれる存在。
家族として寄り添ってくれる、唯一の味方。
この子がいてくれるから、私はまだ折れずにいられる。
「姉様! 今夜のお祭り、一緒に行こ!」
期待に満ちた目でそう言ってくる。
「……ごめんね。私は行けないの」
言葉を選びながら、そっと目を伏せる。
私が外に出れば、人々は怯え、罵る。
戦勝パレードのあの日の記憶がよみがえる。
「バケモノ」
「呪われた姫」
投げられた石の痛みは、今も忘れられず残っている。
それに、城を勝手に出れば、父からどんな罰が下るか……想像に難くない。
「……そっか」
シュリスの肩がしゅんと落ちた。
胸の奥が強く締めつけられる。
本当にごめんなさい。
けれど、祭りに行くことだけは、どうしてもできないの……。
「じゃあ……おみやげ、買ってくるね」
精一杯明るく言い残し、シュリスは部屋を出ていった。
閉じた扉を見つめながら、シュルレリアはそっと拳を握る。
守りたいものがあるのに、何ひとつ守れない自分が、悔しくてたまらなかった。
◇◇◇
「ん……」
窓から漏れ込む賑やかな音楽に、目を醒ます。
鞭の痛みを少しでも忘れようと横になっていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
まだ、背中がじんじんと熱を持っている。
外を見ると、すでに夜。
闇の中、街には色とりどりのランタンが揺れ、灯りが川の流れのように城下へ続いている。
屋台は賑わい、弾むような笛の音、笑い声。
歌い踊る人々の影が、窓越しにも楽しげに揺れて見えた。
「……いいな。
いつか……私も……」
そう呟く声は、誰にも届かない。
楽しげな夜ほど、孤独は長く、重く感じる。
温もりに満ちた世界を眺めながら、自分だけがそこに届かない。
胸の奥がじわりと締めつけられた。
深く息を吐き、シュルレリアは再びベッドへ戻る。
痛む背中をそっと庇いながら、静かに目を閉じた。
いつか──あの光の中に立てる日が来るのだろうか。
そんな淡い願いを胸に抱いて──。
◇◇◇
月日は流れ、数ヶ月が過ぎた。
その間に、周辺諸国との戦争がいくつも起こった。
戦が起こるたびにシュルレリアは呼び出され、前線へと立たされ、そして勝利をもたらしてきた。
それでも彼女への評価は変わらない。
──呪われた姫。
「お姉様!!」
勢いよく扉が開いた。
「どうしたの、シュリス。」
「ふふっ、お姉様に会いたくて来たの〜!」
ほおを緩ませ、嬉しさを隠しきれない様子。
よほど良いことがあったのだろう。
そう思った矢先、
「……っ!」
シュルレリアの姿を見た瞬間、シュリスの表情が固まった。
「け、ケガしたの!? お姉様!」
「平気よ。」
体のあちこちに巻かれた包帯。
どれだけ強い魔力を持っていても、戦場に出れば傷は避けられない。
まして、彼女を守る騎士は誰ひとりとしていない。
「無理しないでね……お姉様……」
震える声で呟く妹の頭を、シュルレリアはそっと撫でた。
「大丈夫。私には強い魔力があるもの。」
安心させるため、無理にでも笑顔を作る。
だがその空元気を見抜いたのか、シュリスはためらいがちに口を開いた。
「私も……魔力があるんでしょ?
だったら……お姉様と一緒に……。」
「だめよ。」
きっぱりと言い切る。
「魔力が強くても、あなたは魔法の使い方を知らないでしょう?
それに、そんなことが父様や母様に知られたら……」
シュリスにも強い魔力がある。
けれど魔法は使えない。
彼女には魔法を扱う才がなかった。
シュルレアが教えれば使える用になるだろうが、彼女はそれをしなかった。
もし使えたなら、きっと自分と同じ運命に巻き込まれていただろう──。
「……でも……でも……!」
今にも泣き出しそうに駄々をこねるシュリス。
このままでは良くない、とシュルレリアは話題をそらす。
「ねぇ、何か良いことがあって来たんじゃないの?」
明るく問いかけると、
「えっ……あっ! お姉様!!」
シュリスの顔がぱぁっと輝いた。
「うん、なあに?」
「お誕生日おめでとう!
これ、私からのプレゼントだよ!」
勢いよく差し出された手。
その中には、小さな箱。
――あぁ、今日が私の誕生日だったのね。
誰にも祝われることのない日。
期待していなかったから、すっかり忘れていた。
「ありがとう。」
そっと箱を開く。
中には、青い宝石がはめ込まれたネックレス。
それは、二人の姉妹の瞳と同じ色に輝いていた。
シュルレリアは慎重に箱からそれを取り出し、身につける。
「どう?似合ってる?」
「うん!とっても綺麗!」
シュリスは迷いなく答えた。
姉妹は優しく微笑み合い、幸せな時間を噛み締めた。
◇◇◇
「なに? ミリタリス国が宣戦布告だと?」
国王ファストゥル・ルエーシュが低く唸るように呟いた。
この国を治める男でありながら、その心は欲で濁り切っている。
利益のためなら、魔女でも悪魔でも平然と利用する。
そんな狡猾さを持つ王の声が玉座の間に落ちた瞬間、空気は一気にこわばった。
「勝てるはずがない……」
「無理だ、あの国には……」
あちこちで貴族たちの不安の声が広がる。
その中で、ひときわ通る声が響いた。
「王よ──ひとつ、良い手がございます。」
前へ進み出たのは宰相。
深いシワに埋もれた口元を、ゆっくりと吊り上げる。
「シュリス様の魔力を、とある魔法で増幅させましょう。
あの"魔女"と同等の力を持たせるのです。
そうなれば、戦力は実質二倍となりましょう。」
「……ほう。」
王の口元に、不気味な笑みが浮かぶ。
その瞳には、父としての情など微塵も感じられない。
彼にとって娘は守るべき存在ではない。
都合よく使える道具のひとつに過ぎなかった。
◇◇◇
「シュルレリア!!」
ガチャンッ――。
勢いよく扉が開き、ペルビアが荒々しく踏み込んできた。
「あなたのせいよ!
あなたのせいで、私のシュリスが!!
あなたに力がないから、あの子が巻き込まれたのよ!!」
怒号が室内に響き渡る。
突然のことに、シュルレリアは目を瞬かせるしかなかった。
──何を言っているの?
状況が掴めない。胸がざわつく。
ペルビアは部屋に入るなり、狂気じみた勢いで責め立てる。
その様子は、もはや常軌を逸していた。
「どういうことですか……?」
かろうじて問い返した声は震えていた。
嫌な予感だけが、じわりと背筋を冷やす。
ペルビアは涙と怒りで顔を歪め、叫ぶ。
「あの子を……シュリスを…
あなたみたいな魔女にする気なのよ!!
魔力を無理やり増やして……
戦場に出すつもりなのよ!!」
──え。
心臓が冷水に沈められたように止まった。
視界が揺れ、足元が抜け落ちるような感覚に襲われる。
まるで、深い暗闇の谷へ突き落とされたかのようだった。
◇◇◇
そこからは、ただ必死だった。
階段を駆け降り、儀式の間へ一直線に向かう。
止めようと立ちはだかる兵士たちを、シュルレリアは容赦なく魔法で吹き飛ばした。
ただ「助けなきゃ」という想いだけが彼女を突き動かしていた。
ようやく辿り着いた時、儀式はすでに始まっていた。
淡くも不穏な光を放つ魔法陣。
その中心で──シュリスが薬で眠らされているのか、ぐったりと横たわっていた。
「シュリス!!」
叫びと同時に、儀式を執り行っていた者たちを魔法で吹き飛ばす。
縺れ込むように魔法陣へ踏み込み、シュルレリアは妹の身体を抱きしめた。
どうして。
どうして…こんな目に遭わなきゃいけないの。
せめて…妹だけでも。
あの子だけは守りたかったのに……。
胸の奥が軋み、世界が暗く沈んでいく。
私が呪いの子だから?
私が生まれたせいで、みんな不幸になったというの?
……もう、どうなってもいい。
死んだって構わない。
そう思った瞬間、彼女の中で、何かが壊れた。
魔法陣は不気味な輝きを増し、魔力が暴風のように渦を巻く。
その中で、シュルレリアは震える腕でシュリスを抱き締め続けた。
「……守れなくて…ごめんね。」
彼女自身のうちに秘められていた強大すぎる魔力が、徐々に彼女自身をを飲み込んでいく。
コツン、と鈍い音が響いた。
青い宝石のネックレスが、彼女の胸元から滑り落ち、冷たい石畳の上で転がる。
優しい姉は、もうどこにもいない。
涙を流しながら、彼女は破壊限りを尽くす。
溢れ出す暴走した魔力が、国を、街を、人々を、
一瞬で瓦礫の山へと変えていった。
この日、世界はひとりの少女を殺した。
第28話ありがとうございました!
次回は第29話!
涙と葛藤、シュエルとアレクの二人の絆が試される?
第一章、完結まで残り2話!!
(の予定です。たぶん…きっと…)
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