第27話 わし、懐かしい顔に出会う
「手がかりがあるかもしれねぇし、探そうぜ!」
重く沈んだ空気を、ステラの明るい声があっさりと切り裂いた。
その声に、胸の奥がすっと軽くなる。
「……そうじゃな。
魔法陣についても、調べねばならん。」
アレクは気持ちを切り替え、周囲を見渡す。
三人は瓦礫の散らばる部屋を手分けして調べ始めた。
しばらくして──。
「おい! じいちゃん!」
ステラが声を上げた。
「なんじゃ、ステラ?」
ステラが指さした先には、埃をかぶった古びた一冊の本。祭壇のような魔女に乗せられている。
「あれ!なんか怪しくねぇか?」
アレクは慎重に手に取り、表紙を開く。
パラパラとページをめくるにつれ、額の皺が濃くなる。
「……ふむ。これは……。」
「どうなんだよ?」
覗き込むステラに、アレクは呟いた。
「ネファスの秘技について……。
詳細が記されておる。
理論、術式、魔法陣……すべてじゃ。」
「ま、まじか!
じゃあさ、これを調べたら……シュエルの呪いも解く手がかりになるんじゃねぇのか!?」
希望に満ちた声。
ステラの夜空のような瞳がキラキラと輝く。
アレクは一度深く目を閉じ、自分に言い聞かせるようにゆっくりと頷く。
「……うむ。
やってみる価値は、十分にあるじゃろう。」
胸の奥で小さな芽が確かに息づいた。
――これで、シュエルを助けられるかもしれぬ。
一度枯れた希望が、静かに、しかし確かに甦っていくのを感じた。
◇◇◇
そんな二人を、シュエルはそっと見つめていた。
表面上は明るく、振る舞っていた。
だが、胸の奥には、呪いや死への恐怖を抱えていた。
けれど、それ以上に──申し訳なさが強かった。
おじいちゃんに……迷惑ばっかりかけてる。
でも…落ち込んだ顔してたらもっと心配させちゃうよね。
パチンと両頬を叩いて、気持ちを切り替え、二人の元へ歩み寄ろうとした時。
ふと視界の端でキラリとなにかが輝く。
「……なに?」
石畳の隙間に、小さな何かが挟まっている。
土や埃で汚れていたが、繊細な細工が施されたそれは光を失ってはいなかった──。
青い宝石が嵌め込まれたネックレス。
思わず、吸い寄せられるように手を伸ばす。
理由は分からない。
ただ、"手に取らなければいけない"と、本能のようなものが囁いた。
指先がそれに触れた瞬間。
パリンッ!!
乾いた破裂音と同時に、見えない"封"が砕け散った。
「っ……!」
胸の奥で魔力が暴れ、渦を巻き、内側から身体を引き裂こうとする。
一瞬で全身に痛みが走り、シュエルは息を呑んだ。
「く……あっ……!」
小さく漏れる悲鳴。
抑え込まれていた魔力が一気に暴走し、身体の外へと溢れ出す。
淡い光が、黒い靄が、シュエルの周囲に吹き荒れた。
止めることは、もうできない。
◇◇◇
「シュエル!!」
思わず駆け出そうとしたステラの腕を、アレクは咄嗟につかんだ。
「なんで止めるんだよ!!」
振り払わんばかりに睨みつけてくる。
だが、巻き込まれれば助かるものも助からん。
「この魔力は危険すぎる!
無闇に突っ込めば巻き込まれる!」
「でも!じゃあどうするんだよ!!」
ステラが叫ぶ。
そう…このままにはしておけぬ…。
じゃが、なぜじゃ?
わしは信じられぬ思いで歯を噛みしめた。
──ヘクレアの封印が解けておる。
まだ、その時ではないはず。
解く方法すら見つかっておらんというのに。
なぜ今、なんじゃ……!
魔力は濃度を増し、濁流のようにシュエルの体を包み込み、小さな身体を押しつぶさんと渦巻いている。
一瞬の迷いも許されん。
行かねば。助けねば。
「……わしが行く。お主はここで待て。」
「っ……でも!」
ステラは悔しそうに唇を噛む。
それでも、わしの表情に何かを感じ取ったのだろう。
一歩、静かに身を引いた。
「絶対……絶対シュエルを助けてくれよ!」
「任せておけ。」
わしは杖を強く握りしめた。
この手で必ず守ると、胸の奥で固く誓う。
愛する弟子を。
愛する孫を。
わしは迷いなく、咆哮する魔力の渦へと身を投じた。
◇◇◇
とある国。
穏やかな日差しの下、人々は笑い、子どもたちは無邪気に走り回っている。
平和そのものの光景が広がっていた。
「……ここは、どこじゃ?」
アレクはゆっくりと立ち上がった。
シュエルの暴走を止めるため、魔力の渦へ飛び込んだ──そこまでは覚えている。
じゃが、次の瞬間にはこの見知らぬ国に立っていた。
辺りを見回すと、さっきまでの惨事が嘘のように、のどかで優しい空気が漂っている。
しかし、胸の奥がざわつく。
どこかで……どこかで見たことがある風景。
ふと脳裏にひらめいた。
「まさか……ルエーシュ王国、か……?」
そう、つい先ほどまでアレクたちがいたはずの国。
瓦礫と化していた街並みの面影が、確かにそこにあった。
だが、おかしい。
この国は二ヶ月前に滅んだ。
生きた人間が歩き、活気あふれる、こんな平和な光景があるはずがない。
アレクは確かに見たのだ。
崩れ落ちた街を──。
その時だった。
「わーっ! 待ってよー!」
「おっそいぞー!」
二人の少年が駆けてくる。
ぶつかると思い、アレクは目をつむった。
しかし、衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開くと、少年たちがアレクの体を──
突き抜けて走り去っていく。
「なんじゃ……これ……。わしの体が……。」
自分の手を見ると、薄く透けている。
そして、先ほどから誰ひとり、アレクに目を向ける者はいなかった。
まるで、存在しないかのように。
「わしは……一体どうなっておるんじゃ……。」
困惑が胸を締めつける。
◇◇◇
「久しぶりね、アレク。」
不意に背後から声がした。
その声を聞いた瞬間、アレクは息を呑む。
優しく、強く、芯の通った声。
幾度となく助けられ、導かれた声。
まさか──そんなはずはない。
彼女はもう、この世にいないはずだ。
恐る恐る振り返る。
長い銀髪。透き通る水晶のような瞳。
陶器めいた白い肌。深紫の帽子とローブに、揺れ光るイヤリング。
神秘的で、だがどこか懐かしい、不思議な気配を纏った女性が、そこに微笑んでいた。
《時占いの魔女》リシュア・ヨモ
「リシュア様……なぜ……あなたが……?」
彼女はふっと柔らかく笑う。
「“様”呼びなんて、昔みたいに姉さんでもいいのよ?」
揶揄うように囁かれ、アレクは思わず顔をしかめた。
「勘弁してくだされ……。」
「あらあら。
何年経っても、あなたは大事な友人の弟子。
困ったら、いつでも頼っていいのよ?」
そう言って、彼女はアレクの頭をそっと撫でた。
「全く……わしが幾つじゃと思っとるんじゃ……。」
「サエルは元気?」
「元気じゃよ。」
「私が死んで、落ち込んでいた?」
「そりゃあ、師を失えば落ち込むじゃろう。
じゃが……あいつも強くなった。
今はもう、大丈夫じゃ。」
「そう……成長したのね。」
彼女は嬉しそうに、懐かしい故郷でも眺めるように遠くを見つめた。
「それで……あなたはなぜここに?
それに、わしの体はどうなっておるんですか?」
「ここは……とある魔女の記憶の中よ。」
「記憶……?」
「ついてきて。」
銀髪を揺らしながら、彼女はゆっくりと歩き出す。
アレクは混乱したまま、その後ろ姿を慌てて追った。
◇◇◇
コツ、コツ──。
リシュアは迷いなく石畳を進んでいく。
たどり着いたのは、王城の一室だった。
だが、そこは驚くほど質素な空間だった。
家具は必要最低限。壁には装飾ひとつない。
王城にある部屋とは思えぬほど、寂しげで、無機質。
さらに、掃除も行き届いていない。
棚の隅や床には薄く埃が積もり、長い間手入れされていないようにすら見えた。
「……ここは、一体?」
アレクが思わず問いかける。
しかし、リシュアは答えない。
ただ、そっと口元に人差し指を当て、
「静かに」と言うように目で合図する。
そしてもう片方の手で、部屋の奥を指し示した。
アレクの視線がそこへ向く。
一人の少女がいた。
十五か十七か、そのあたりの年頃。
背中まで流れる薄緑髪は、淡い光を受けてゆっくり揺れ、飾り気のない質素なドレスが、逆に彼女の清らかな雰囲気を引き立てていた。
少女は窓辺に立ち、ぼんやりと外の街を見下ろしている。
アレクは無意識に息を呑む。
「……誰なんじゃ、この娘は……?」
少女の背中には、どこか見覚えがあるような──
そんな、説明できない感覚があった。
第27話ありがとうございました!
次回は第28話!
とある魔女の物語──。
第一章、完結まで残り3話!!
(の予定です。たぶん…きっと…)
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