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第26話 わし、ルエーシュ国へ

窓の外を、シュエルはぼんやりと眺めていた。

遠くを見つめ、どこか上の空。


「おーい、シュエル?」


ステラがシュエルの顔を覗き込む。


最近、よく見る光景だ。


呪いの影響で心が沈んでいるのだろうか……。


アレクは密かに胸を痛めていた。


「シュエル、何があったんだ?」


「……なんでもないよ。」


即座にそう返すシュエル。


だが──。

ステラの目を誤魔化すことはできなかった。


「何でもないわけないだろ!」


ステラがテーブルに身を乗り出す。


「最近ずーっとぼーっとしてるじゃん!」


図星を刺され、シュエルはばつが悪そうに視線を逸らした。


そんなシュエルをステラが許すわけもなく、じろりと睨みつける。


シュエルははぁとため息をつき、ついに観念する。


「……おじいちゃん。

 呪いの“核”って、なに?」


「核じゃと?」


アレクは思わず眉を上げた。


「なぜシュエルがそれを知っとるんじゃ?」


そんなこと教えとらんはずじゃが……。


「図書館で会ったお姉さんが教えてくれたの。」


その一言に、アレクの表情がピリつく。


「ふむ……その女性、とやらが何者かは気になるのう。」


アレクは腕を組む。


「確かに……。

 呪いの解呪方法としては……。

 最も確実な方法と言える……。」


アレクはぶつぶつと呟きながら、深く考え込んでいた。


しばらくして考えがまとまったのか、静かに口を開く。


「呪いの“核”とはな、呪いを他者にかけるための媒介なのじゃ。

 魔法陣であったり、対象が大事にしている品であったり……形は様々。

 じゃが、共通しとるのは“核を壊せば呪いも解ける”という点じゃ。」


「じゃあ……核を壊せば、私の呪いも?」


シュエルの期待を含んだ問いに、アレクは渋い顔をした。


「それがの……。

 シュエルの呪いは普通のものとは異なる。

 正直、核が存在するのかすら断言できぬ。」


「……どういうこと?」


きょとんと首を傾げるシュエル。


アレクは一度深く息を吸い、覚悟を決めたように口を開く。


「ネファスの秘技。……覚えとるか?」


「えっと……。魔力を増幅させる、

 禁じられた魔法……だよね?」


自信のない声でシュエルが答える。

アレクはうなずいた。


「そうじゃ。わしはそう説明した。

 じゃが、一つだけ、言っていなかったことがある。」


「え……? なに?」


アレクは真剣な眼差しでシュエルを見つめた。


「ネファスの秘技は、本来“呪い”ではない。」


「……え?」


シュエルの瞳が揺れる。

ステラも息をのんだ。


「この魔法が禁じられた理由は、呪いだからではないく、発動に“命”を犠牲にするからなのじゃ。」


言葉の重さが部屋の空気を沈ませる。


「本来の効果は、その者の素質に応じて魔力を二〜十倍に“増やす”だけじゃ。

 シュエルのように、刻一刻と魔力が増加し続ける……そんな性質はないのじゃ。」


「じゃ、じゃあ……」


ステラが椅子を押して身を乗り出す。


「なんでシュエルの魔力は止まらず増え続けてるんだよ!!?」


その叫びに、アレクも眉を寄せ、低く答えた。


「そこが──最大の問題なんじゃ。」


しばしの沈黙。

アレクは少し間を置き、続けた。


「……わしとサエルは、一つの仮説を立てた。」


「仮説……?」


「ネファスの秘技は、高度な魔法じゃ。

 長年修行を積んだ魔道士でも扱うのは困難。

 それを魔法嫌いの国の、なんの訓練も積んでおらぬ者たちが……成功させるとは、とても思えん。」


「……確かに。」


シュエルは握った手に力を込めた。


「でも、呪いは実際に……!」


ステラは納得できない様子で詰め寄る。

アレクはゆっくりと首を振った。


「そう──ネファスの秘技を行い、呪いは発生した。……つまりじゃ。」


アレクは重々しく言い放った。


「ネファスの秘技は“失敗”したのではないか。

 そしてその失敗の代償が、魔法の不発ではなく、呪いなのではないだろうか…と。」


空気が一気に冷たくなる。

誰もが言葉を失った。


◇◇◇


「ここが……。」


「……嘘だろ。」


シュエルとステラは、言葉を失った。 


「……凄まじい。」


アレクが低く呟く。


つい二ヶ月前まで国だった場所とは到底信じられない。


荒れ果てた大地。


瓦礫の山が果てしなく続き、折れた塔の残骸が影のように突き立つ。

ここで人が暮らし、笑い、祈り、眠っていた──その痕跡はほとんど失われていた。


ルエーシュ国跡地。


呪いの核を探すため、三人はこの国へ来ていた。


例え呪いが解けなくても、何か手がかりは残っているかもしれない。


それだけを頼りに……。


三人は瓦礫の中を慎重に歩き、かつて王城があったであろう場所へと向かう。


かつての威容は欠片も残っていない。

石も柱も壁も、押し潰され折り重なり、ただの瓦礫の山となっていた。


「おじいちゃん。どこに向かってるの?」


地図を広げ、先頭を進むアレクにシュエルが問いかける。


サエルから受け取った地図だが、今の惨状では位置も地形もほとんど一致しない。


それでもアレクは探知魔法と照らし合わせながら歩みを進める。


「……シュエルの部屋だった場所じゃ。」


「わ、私の……?」


アレクは頷く。


呪いの核。


呪いをかけるために選ばれる媒介は、多くが対象の思い入れの深いものだ。


強い感情──喜び、後悔、憧れ、怒り、願い。


そうした記憶が宿る“場所”や“物”は、呪いに利用されやすい。


「もし残っておるとしたら……。

 そこしかあるまい。」


アレクの声は静かだが、その奥には張り詰めた焦燥があった。


シュエルは瓦礫の山を見上げ、唇を噛む。

今はただの石の塊だ。


けれど、かつてそこには──。


◇◇◇


「ここか……。」


アレクが立ち止まった先には、細かな彫刻が施された扉があった。


煤と埃で黒ずんではいるものの、かろうじて原形を保っている。


ガチャ――。


壊さないよう、そっと扉を押し開ける。


中に広がっていたのは、かつての面影をわずかに残す姫の部屋だった。


高価そうな家具。

花やリボンの装飾が施された壁紙。

それらは本来、可愛らしい空間を彩っていたのだろう。 


しかし今は、壁も窓も崩れ、外の荒野が丸見えになっている。


「ここが……私の、部屋……。」


シュエルは呆然と立ち尽くす。


記憶がなくても、胸の奥で何かがざわめいているようだった。


アレクは小さく息を吐く。


「さて、少女の部屋を家探しするのは気が引けるのじゃが……。」


部屋全体を見渡し、手にしていた杖を軽く床にコツンとつく。


魔力が部屋を走り、残滓を探る。


「……ふむ。ここにはないようだな。」


ステラも匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせ、きっぱり言い切った。


「この部屋じゃないな!」


一人だけ取り残されたように、シュエルはきょとんとする。


「え? なに? おじいちゃんは探知魔法使ったっぽいけど……なんでステラまで分かるの?」


「ん〜……匂いで、なんとなく?」


ステラがふわっとした答えを返す。


本人はいたって真剣で、本当に“なんとなく”なのだろう。


アレクが補足するように言った。


「精霊は魔力に敏感なんじゃ。

 呪いの痕跡などがあればすぐに気づくだろう。」


「そ、そうなんだ……すごい。」


「だろっ!」


胸を張るステラ。


「もう、ステラったら……!」


重苦しかった空気がふっと軽くなり、三人の間に小さな笑いがこぼれる。


◇◇◇


「それで、核見つからなかったけど……。

 これからどうするんだ?」


瓦礫を踏みしめながら、ステラが飄々とした声で尋ねる。


アレクは空を仰ぎ、ゆっくりと答えた。


「そうじゃの。

 もう一つ、手がかりがあるかもしれない場所がある。」


「え?どこ?」


シュエルが不安げに首を傾げる。


アレクは二人に向き直り、真剣な眼差しで続けた。


「──秘技が行われた場所じゃよ。」


風が荒れ地を通り抜け、崩れた石の間を鳴らす。

その一言が、三人を新たな緊張へと導いた。


◇◇◇


三人は崩れかけた階段を、慎重に進み、地下へと降りていった。


瓦礫の山に埋もれながらも、かろうじて形を保っている階段。


踏みしめるたびに、石片がカラリと落ちる。


「シュエル、足場が悪い。

 転ばんように気をつけるんじゃよ。」


「はーい。」


小さく返事をし、シュエルはアレクの後ろをゆっくりとついていく。


そのさらに後ろで、ステラがドラゴンの姿でパタパタと飛びながらついてきた。


力がましたことでドラゴンの姿も以前より大きくなった。とはいえ、まだ人間よりは小柄。


この細い通路では、この姿の方が身軽だった。


足音だけがコツ、コツ……と静かに響く。

やがて階段を抜けると、少し広い部屋に出た。


「……ここか。」


アレクは足を止める。

石畳に覆われた殺風景な空間。

一見すると、通路の途中にある広めのスペースにしか見えない。


だが、中央に刻まれたものがすべてを物語っていた。


怪しく淡く光を放つ、円状に描かれた見たこともない文字列。


そう──魔法陣だ。


「これが……儀式の魔法陣か。」


アレクは重々しく呟く。


「じいちゃん。これ、絶対あやしいよな。」


ステラが警戒しながら言う。


「うむ……わしもそんな気がしておる。

 これが呪いの核か…?」


アレクは深く息を吸い、静かに杖を構えた。


「破壊してみるかの。」


ひょいっと振り下ろされた杖が地面を叩いた瞬間。


バチッ! バチバチバチッ!!


魔法陣が悲鳴を上げるように光を暴発させ、床石ごと砕け散った。

数瞬の後、魔法陣の光は完全に消えた。


「……これで、解けたの?」


沈んだ声でシュエルが尋ねる。


アレクは答えなかった。

いや──答えられなかった。


胸の奥が、ひどく冷たい。


頼む……頼むから解けていてくれ……。


祈るような思いで、アレクはシュエルの体に手をかざし、魔力を探る。


しばらくして、アレクの喉がかすかに震えた。


「……なぜじゃ。」


か細い声だった。


願いは、届かなかった。

呪いは、今もなお、少女の身体の中で渦巻いていた。


「……おじいちゃん?」


アレクの反応で悟ったのだろう。


シュエルが恐る恐る声をかける。


どうにか必死に言葉を搾り出す。


「……だめじゃった。」


励まさねばならない。

祖父として、師として、そうすべきなのは分かっている。


だが、かける言葉が思いつかない。

どんな言葉も大した意味を持たない。


一瞬見えた希望は、砂の城のように崩れ去った。

まるで、振り出しに戻ったかのような気分だった。

第26話ありがとうございました!


次回は第27話!

次回もぜひお楽しみに!


もし少しでも気に入っていただけたら、

ブクマやコメントで応援してもらえると嬉しいです!


毎週、火曜、木曜、土曜、日曜の午前中8時に投稿中です!

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