第25話 わし、図書館へ
「おじいちゃん。今日はどこに行くの?」
「魔導図書館じゃよ。
その前に、ディアのところへ顔を出していくかの。」
魔導図書館。
魔導都市国家が誇る大図書館で、魔術に関わるあらゆる書が集まると言われる場所だ。
きっとあそこであればシュエルの呪いを解く手がかりがあるはずだ。
ちなみにステラは、今日は留守番である。
「お兄ちゃんに会えるの?
やった!」
嬉しそうにはしゃぐシュエルの手を引き、わしは魔導庁へ向かった。
魔導庁。
全ての魔を統べる場所。
真っ白な巨城が空へ向かってそびえ立ち、外壁には色とりどりの魔道具が埋め込まれ、淡い光を放っている。
ここへ来たのは正直言って数えるほどしかない。
しかも、あまり愉快な思い出ばかりではない。
「憂鬱じゃの……。」
城へ入ると人々の視線が一斉に向けられた。
「……あれはアレク様だ。」
「本物だ……。」
遠巻きに、敬意と畏れの入り混じった眼差し。
なんだかんだ言っても、わしは世界最強のの魔法使い【九つの杖】の一人だ。
慕われておるらしい。
まったく、むず痒いことじゃ。
◇◇◇
ガチャ、と扉を開く。
「よぉ、久しぶりじゃの?」
執務室に足を踏み入れると、山のような書類と格闘するディアの姿があった。
眉間に皺を寄せ、集中していたせいか、わしの声に気づくまで数秒の間があった。
そして顔を上げた瞬間──。
「し、ししょうっ!?」
雷でも落ちたかのような大声が響く。
「うるさいのう。」
「なんでここに!?
急にどうしたんですか!?
言ってくれたら迎えをよこしたのに!!」
怒涛の勢いで畳みかけてくる。
黙って座っておれば威厳ある魔導庁長官なのに、どうしてこう弟子というものは落ち着きがないのか。
「魔導図書館へ行こうと思ってな。
ついでに寄ったんじゃ。」
あくまで、ついでだ。
するとディアは目を丸くしたあと、急に爆発したように詰め寄ってくる。
「なんでですか!!
ついでってなんですか!!
たまには僕に会いに来てくださいよ〜!!
あ、ご飯食べました!?
一緒に行きましょう!!」
ぐいぐいと肩を押され、執務室の外へ連れ出される。
まったく……。
じゃが、ディアもわしの大切な弟子に違いない。
慕われるの悪い気はしない。
たまには会いにきてやるかと密かに思うアレク。
「ちょ、ちょっと!? 長官っ!!」
背後から副官らしき人物が制止の声を上げるが、ディアには一切届いていない。
書類がぱらぱらと宙に舞い、机の端から落ちていく。
「はぁ……全く。」
副官は深々とため息をつくと、散らばった書類を慣れた手つきで拾い始めた。
その姿を見て、わしはふと思う。
……もしや、こいつ、普段からサボっとるのではないか?
すまぬな、ディアの副官よ。
わしの弟子が本当にすまぬ。
心の中でそっと頭を下げるアレクであった。
◇◇◇
三人は魔導庁のすぐ近くにある小さなカフェへ入った。
昼時の店内は食欲をくすぐる香りで満ち、落ち着いた木目の机が並んでいる。
「ここ! ランチも美味しいんですけど、パフェも最高なんですよ!!」
ディアが胸を張って力説する。
「パフェ!?」
その単語に、シュエルの瞳が一瞬でキラキラ輝いた。
椅子の上でぴょこんと体が跳ねる。
「おじいちゃん!
食べていい?」
「ああ、じゃがご飯もちゃんと食べるんじゃぞ?」
「うん!」
シュエルはお子様ランチ、わしはミートソースパスタ、ディアはグラタンを頼んだ。
湯気と一緒にいい匂いが漂ってきた。
シュエルがスプーンを握りしめ、オムライスを口いっぱいに頬張る。
その幸せそうな顔に、思わずこちらも頬が緩む。
「でも、意外ですね!
師匠がパスタなんて頼むなんて!」
ディアが言った。
「なぜじゃ?」
はて。パスタを嫌いだと言った覚えはない。
ディアは首をかしげながら、口を滑らせた。
「え? だって年寄りって……」
ゴツン!!
ディアの頭にアレクのゲンコツが容赦なく落ちる。
「いたっ!」
「わしはパスタが食べれぬほど衰えてはおらん。
お前さんだって、グラタンを好むような年齢には見えんがの?」
ちょいと仕返しに皮肉を返してやる。
「え〜そんなことないですよ〜。
師匠に比べたら全然! 若いですから!!」
すると、シュエルが首を傾げた。
「お兄ちゃんっていくつなの?」
ディアはスプーンを止め、さらりと笑顔で答える。
「僕かい? 137歳だよ?」
「え? えぇぇぇ!?」
シュエルの口が金魚のようにぱくぱく動いた。
まあ、無理もない。
見た目はどう見ても十代後半から二十代そこらなのだ。
◇◇◇
「ふぅ、寄り道してしまったが……行くかの。」
腹も落ち着き、ディアと別れたアレクとシュエルは魔道図書館へと足を踏み入れた。
「うわぁ……すっごい本の数。」
思わず漏れる感嘆の声。
壁一面、天井すれすれまで本がぎっしり。
しかも棚そのものが、生き物のように音もなく動いている。
「相変わらず壮観じゃのう。
逸れると後が大変じゃから、気をつけるんじゃよ。」
「はーい!」
シュエルは目を輝かせながらも、わしの手をぎゅっと握り直した。
「ねぇ、おじいちゃん。どうやってこの中から本を探すの?」
少し不安げに問いかけてくる。
「それはの──見ておれ。」
わしはシュエルをひょいっと抱き上げ、近くの梯子へ軽々と飛び乗る。
その瞬間──。
ガガガッ!!
梯子が勝手に走り出した。
風が頬を切り、視界が流れていく。
「きゃぁぁぁ!!」
シュエルがしがみつき、声をあげる。
だが、梯子は構わず本棚の間をすいすいと進む。
迷いなく目的の区画へ。
キィッ、と音を立てて止まると、古びた巨大な本棚が目の前にそびえた。
「どうじゃ? すごいじゃろ?」
「すごい!!」
鼻息荒く返事するシュエルに、わしは満足げに頷いた。
「さ、わしは調べ物があるからの。
あまり離れすぎるなよ?
この図書館、気まぐれじゃからな。」
「はーい!」
嬉しさのあまり駆け出しそうになるシュエル。
わしは苦笑しつつ、その小さな背中を見守った。
◇◇◇
見渡す限り、本、本、本――。
果てが見えないほどの書架の森に、シュエルの胸は高鳴っていた。
まるで大冒険の途中みたい。
ワクワクに突き動かされるように、彼女は奥へ奥へと進んでいく。
そのとき──。
「あなたは……?」
ひやりと背筋を撫でるような声が、すぐ背後から落ちてきた。
「え……私はシュエル。」
振り返ると、長い黒髪をふわりと揺らす女性が立っていた。
どこから現れたのかわからない。
まるで気配を感じなかった。
「ふーん。」
彼女はぐいっと顔を近づけ、じっと覗き込んでくる。
瞳は底が見えないような深い闇のような色。
そして──ニコッ、と笑った。
けれどその笑みは温かいものではなく、どこか妖しく冷たい。
「あなた……呪われてるのね。」
「えっ……なんでそれを?」
女性はくすりと喉を鳴らした。
「呪いは、わたしの専門。」
「じゃ、じゃあ……この呪い、解ける?」
謎の女性の言葉に期待してしまうシュエル。
だが──。
「わたしには無理。」
迷いなく返される。
「……」
言葉を失うシュエルを、女性はほんの一瞬だけ優しげに見つめた。
◇◇◇
「シュエル、どうしたのじゃ?
あまり離れるなと言ったであろう?」
慌てて駆け付けてきたアレクが、額に汗をにじませていた。
しかし、その声にシュエルは反応できなかった。
「呪いには“核”がある。
それを、見つけなさい。」
耳元で囁くように告げられ、いつの間にか謎の女性は消えてしまった。
影も気配も残さず。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
ただ一つ。
「核を見つけなさい」という不思議な声だけが、頭の奥にかすかに響いていた。
第25話ありがとうございました!
次回は第26話!
ついにあの国へ!?
次回もぜひお楽しみに!
もし少しでも気に入っていただけたら、
ブクマやコメントで応援してもらえると嬉しいです!
毎週、火曜、木曜、土曜、日曜の午前中8時に投稿中です!




