第22話 孫、魔力暴走
「はぁ……はぁ……」
夜が明けた。
わしの魔法で、どうにかシュエルの魔力暴走は鎮まった。
だが——
「……熱が、下がらん。」
頬は赤く染まり、呼吸は浅く早い。
回復魔法を何度も施したが、まるで効果がない。
大きく膨れ上がった魔力にジュエルの小さな身体が耐えきれなくなっていた。
このままでは命に関わる……。
「ピュイ……ピュィィ……」
ステラが心配そうに、シュエルの頬をつつく。
その小さな瞳には、不安と焦りが映っていた。
「……すまんな、ステラ。
わしがもっと早う駆けつけておれば……」
アレクは静かに立ち上がる。
外では夜明けの光が森を照らし始めていた。
倒れた木々と、焦げた地面。暴走の爪痕は深い。
——あのまま放っておけば、森ごと消し飛んでおったかもしれん。
「……あやつのところに行くか。」
アレクは決意を固め、杖を手に取る。
◇◇◇
コン、コン。
深い森の奥に澄んだ湖があった。
霧が淡く漂い、空気が魔力を帯びている。
その中心に——巨木をくり抜いて造られた家があった。
外壁には無数のランタン。
小さな炎がゆらゆらと浮かんでいる。
わしは扉を軽く叩いた。
「はい。どなたですか?」
扉の向こうから、柔らかな声。
やがて扉がきぃと開き、ひょこりと小さな少年が顔を出した。
「おお、リクトか。」
「アレクさん?」
少年はぱっと顔を輝かせた。
淡いオレンジ色の髪がふわりと跳ね、青い瞳がやさしく揺れる。
見た目はまだシュエルとは対して変わらない年齢の少年だが、どこか穏やかで落ち着いた雰囲気をまとっている。
「お久しぶりです。
どうしたんすか、こんな時間に?」
「へクレアはおるか?」
リクトは一瞬きょとんとしたあと、部屋の奥を振り向いた。
「……入って」
蝋燭の炎がふっと揺れ、静かな声が奥から響く。
扉の奥から現れたのは、金色の髪をゆるく束ねた女性だった。
薄紫の瞳が淡く光を帯び、どこかすべてを見透かすような静けさをたたえている。
《灯火の魔女》へクレア・トト。
九つの杖のひとりにして、九つの杖一の回復魔法の使い手。
癒しの炎を操るその魔法は、病も呪いも、時に死さえも越えると噂される。
「……気づいておったのか。」
「この森にあなたが入った時に……。
それに……。」
へクレアはゆっくりと視線を向けた。
アレクの腕に眠るシュエルを一目見て、ほんの一瞬だけ眉を寄せる。
「……奥に運んで。」
アレクの胸がどくりと鳴る。
彼女の口調は淡々としているが、その奥には確かな緊張があった。
「……頼む。シュエルを助けてくれ。」
へクレアは無言で頷く。
表情に変化はないが瞳の奥に確かに炎が揺れた。
静かな森の家の中で、わしは杖を握りしめたまま、ただ少女の名を心の中で呼び続けた。
◇◇◇
「どうぞ。」
気を遣って、リクトが紅茶を出してくれた。
カップを受け取ったが、口をつける気にはなれなかった。
へクレアがシュエルを抱えて部屋へ入ってから、すでにかなりの時間が経っていた。
わしはただ、扉をじっと見つめ続けることしかできなかった。
リクトはそんなわしを気遣うように、隣の椅子に静かに座った。
金色がかったオレンジの髪が蝋燭の火に照らされて、柔らかく揺れる。
不安げにカップを握りしめながらも、彼は小さく言った。
「大丈夫です。
師匠なら、絶対になんとかしてくれしますから。」
その声に救われた気がした。
——ガチャリ。
静かな音とともに、扉が開かれる。
現れたへクレアは、ほっと息を吐いていた。
「……終わった。」
「どうじゃ、シュエルは……?」
へクレアはゆっくりとうなずき、「来て。」とだけ告げた。
◇◇◇
部屋の中には、柔らかな蝋燭の明かり。
ベッドの上で、シュエルが静かに眠っていた。
頬には血色が戻り、呼吸も穏やかだ。
それを見て、わしは思わず膝をつき、胸を撫で下ろす。
「助かったのか……」
「今は、ね。」
へクレアの声は静かだが、その瞳の奥にはまだ緊張が残っている。
「アレクさん……この子は何者?」
短く問われ、言葉を失う。
わしの口からは何も返せなかった。
「身体の中の余分な魔力は抜いてあるから…
今は安定してる…けど……この子の魔力……
今も…増え続けてる。」
「増え……続けておる?」
へクレアは小さくうなずいた。
「時占いの魔女——あの方の魔力を感じた…
おそらく彼女の魔法で魔力を封じていた。
でも…それが……解けた。」
彼女は視線を伏せ、言葉を選ぶように続けた。
「いまは、私の魔法で抑えている…けど……
これは、……呪い。」
「……」
アレクは拳を握り締める。
シュエルの出生について──。
避けては通れぬ時が来てしまったのだ。
「……その件は、わしがどうにかしてみせる。
じゃが、すでに増えてしまった分の魔力……。
それをどうにかする手立てはないか?」
へクレアは少し黙り、机の引き出しを開けた。
中から、銀色の光を放つ二つの腕輪を取り出す。
「これを使って。」
「……これは?」
「“アミキティアの腕輪”……。
使い魔と主が対になって装備すると、魔力を共有できる……。
溢れた魔力を使い魔に流せば、主の負担は減る。」
「じゃが、それではステラが──」
「大丈夫。精霊と人間は身体の構造が違う。
むしろ、精霊は魔力を糧にして強くなる。」
その言葉を聞くや否や、ステラが翼を広げてひと鳴きした。
「ピュイピュイ!」
どうやら、すっかりやる気らしい。
「ちょ、まて! 勝手につけるでない!」
だがステラは聞かず、片方の腕輪を掴んで自分の腕にカチリとはめた。
その瞬間、かすかな風が吹き抜け、腕輪が淡く光を放つ。
「ほんとに……危険はないのじゃな?」
アレクの問いに、へクレアは少しだけ目を細めた。
「ないわ。──今のところは。」
その言い方に、わしは思わず眉をひそめる。
今のところ──つまり、彼女の魔法が保っている間だけということだ。
「アレクさん……時間はあまりない…。」
「わかっておる。」
わしは眠る孫の額にそっと手を当てた。
その小さな命の奥に、燃えるような魔力の脈動が確かに感じられた。
──この呪いの正体を突き止めねばならん。
あの子を守るために。
第22話ありがとうございました!
次回は第23話!
ついにシュエルの出生秘話が!?
次回もぜひお楽しみに!
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