第21話 孫と精霊
「ステラ!」
「ピュィィ!!」
ふたりは今日も森の中で自主練をしていた。
最初こそ息が合わず苦戦していたが、今では見事な連携を見せる。
風が巻き、炎が走る。ステラの翼が空気を切るたびに木々の葉が舞う。
そのとき──。
「すごい魔法だな!」
鈴の音のように澄んだ声が、風に乗って届いた。
「えっ?」
思わず辺りを見回す。
けれど、そこには誰の姿もない。
ただ、木漏れ日が差し込むばかり。
「こっちこっち!」
今度は声が足元から響いた。
反射的に視線を落とすと、土の上で淡い光がふわりと浮かび上がる。
小さな光の粒たちが集まり、ゆっくりと形を成していく。
「……え?」
光の中から現れたのは、手のひらほどの小さな少年。
透き通るような肌、きらめく金の瞳。
そして背には、陽の光を映す蝶のような羽。
「あなたは……?」
思わず息を呑むシュエル。
肩の上でステラも「ピュイ?」と首をかしげた。
「ボク? ルクスって言うんだ!」
少年はくるりと空中で一回転し、花びらのような光を舞わせながらにこりと笑う。
「光の精霊さ!」
その瞬間、周囲の空気がふわりと柔らかく光りはじめた。
「せ、精霊……?」
呆然とつぶやくシュエル。
まるでおとぎ話の中の存在が、現実に現れたかのようだった。
◇◇◇
「ここどこ?」
ルクスに導かれ、森の奥へ奥へ──。
最初はちょっと怪しいと思ったけど、ステラが楽しそうに尻尾を振っていたので、
「まあ、大丈夫か」と後を追うことにした。
「こっちこっちー! おっそーい!」
「そんなに急がなくても!」
羽をぱたぱたと鳴らしながら、ルクスは木の枝の間をすり抜けていく。
そのあとを、ステラがぴょんぴょんと軽やかに飛び跳ねる。
「……なんか、私たちだけ迷子みたいになってない?」
「ピュイ!」
ステラは明るく鳴いた。
「楽しそうだなあ。」
思わず、シュエルの頬も緩む。
そんなやり取りをしていると──目の前の景色がぱっと開けた。
「じゃーん! ここが精霊の棲家だ!」
ルクスが両手を広げた先には、光の粒がふわふわ舞う神秘的な空間が広がっていた。
花は淡く輝き、水面はきらきらと光を返し、風の流れさえ光を帯びて見える。
「すごい……前に行ったとことは違うけど、綺麗。」
「えっ、来たことあんの!?
精霊の棲家に!?」
「うん。」
「へぇ〜!それはびっくり!」
驚いたルクスの声に反応して、あちこちから小さな精霊たちが顔を出す。
「だれだれ?」
「わ〜人間だ〜!」
わらわらと押し寄せる精霊たち。
その光景に、シュエルはぽかんと口を開けた。
「……前は、あんなに避けられてたのに。」
「えっ? 避けられてた?」
「うん。前に使い魔探しに来た時は、みんな逃げちゃって……。」
「ふーん……あっ! わかった!」
ルクスがぴょんと空中で跳ねる。
「その時、ドラゴン連れてなかっただろ!」
「え? なんで知ってるの?」
「ドラゴンは嫉妬深いんだぜ〜!」
「え?」
「そーだよ! こっわいんだよ〜!」
「勝手に主に近づいたら食べられちゃうんだもん!」
「きゃー! ドラゴンに食べられる〜!」
「にげろ〜!」
わちゃわちゃと騒ぐ精霊たち。
ステラも「ピュイ!」と一鳴きして、追いかけっこに混ざる。
「そうなんだ。
じゃあ今はステラがいるから、みんな来てくれてるの?」
「ピュイ!」
「うんうん、それもあるけどね!」
ルクスがくるっと回って、シュエルの目の前に止まる。
「シュエル、魔力が多いだろ?」
「え? まあ、おじいちゃんには多いって言われたけど……。なんで?」
「精霊は魔力が大きいヤツを好むんだぜ!」
にーっと無邪気に笑うルクス。
「きれーなまりょく!」
「だーいすき!」
「シュエルすき〜!」
精霊たちは笑いながら、シュエルの周りをぐるぐると舞う。
光の輪が幾重にも広がり、ステラも混ざってはしゃぎ回る。
──精霊たちの笑い声が響くその場所は、まるで世界が祝福しているかのように、やさしく輝いていた。
◇◇◇
「む……これは。」
アレクはそっと髭を撫で下ろした。
──静かだ。
あまりにも、静かすぎる。
シュエルの気配が、どこにも感じられない。
つい先ほどまで、この場所で修行しておったというのに。
微かに漂う魔力の残滓。
その奥に、清らかな気配がかすかに混じっている。
「……精霊、か。」
低く呟いた声が、森の静寂に吸い込まれる。
精霊は基本的に悪意を持たぬ存在。
ゆえに、害される心配はない。
だが──彼らは、あまりにも気まぐれだ。
その気まぐれが、時に人間にとって“毒”となる。
「……まったく。」
アレクは額を押さえ、深く息を吐いた。
「気まぐれな奴らめ。うちの孫を、どこへ連れ去ったのじゃ……。」
◇◇◇
「シュエル、シュエル! 魔法使ってみせて〜!」
ひとりの小さな精霊が、ぱたぱたと光の羽を揺らしながら言った。
その周囲には、無数の精霊たちが集まっている。
期待に満ちた瞳が、夜明けの星のようにキラキラと輝いていた。
「いいよ!」
シュエルは軽く息を整え、杖を握り直す。
『ヴェントゥス スルゲ エト ウォルウェ』
風属性初級魔法――《ウィンド・ワール》。
両手を胸の前にかざすと、柔らかな風が生まれた。
それは花畑を駆け抜け、花びらを巻き込みながら小さな旋風を描く。
甘い香りと色とりどりの花びらが舞い、空気が煌めいた。
「わぁ〜っ!」
精霊たちが歓声を上げる。
彼らの笑い声が、鈴の音のように森に響いた。
「もっともっと!」
「今の、もう一回!」
「次はもっとおっきいのがいい!」
重なる声。どんどん高まる期待。
その声に応えるように、シュエルは魔法を重ねていった。
だが──
「ごめんね。これ以上の魔法は使えないんだ。」
「え〜? なんで? まだまだいけるよ!」
「ううん、もう魔力が……」
困ったように微笑むシュエルに、精霊たちは顔を見合わせた。
「でも、まだ魔力にヨユーあるよ?」
「え……?」
小さな沈黙のあと、ひとりの精霊が「はっ」と声を上げる。
「封印されてる!」
「ほんとだ、ほんとだ!」
「すっごくがっちり封じられてる!」
ざわめく精霊たち。
無邪気な瞳が、興味津々にシュエルを覗き込む。
「封印……? なにそれ……?」
シュエルが首をかしげたその瞬間──
「でもね! といたらもっと強くなれるよ!」
「そうそう! わたしたち、といてあげる!」
「え? ちょ、ちょっと待って!」
止める暇もなく、精霊たちは一斉に手をかざした。
光の糸が伸び、絡まり、編まれ──次の瞬間、シュエルの体を包み込む。
ステラの眉がピクリと動いた。
「ま、待って――!」
まばゆい光。風が渦を巻き、花弁のような魔力が散る。
「ガゥッ!!」
ステラが鋭い咆哮を放ち、精霊たちの間に割って入る。
しかし光は止まらない。
──封印が、解けた。
バキィィン!
何かが砕けるような音が響いた。
体の奥底から、力があふれ出す。
熱く、重く、それでいて心地よい力。
まるで世界そのものと繋がったような感覚。
「ピュイ……?」
ステラが不安そうに覗き込む。
「だいじょうぶ……。でも、なんか力が──みなぎってくるの。」
足元の花々がざわめき、風が彼女の髪を撫でた。
「ねぇねぇ! もう一回! 魔法みせて!!」
「うん、いいよ!」
シュエルが杖を構える。
周囲の空気が震え、優しい風がふわりと吹いた。
かすかな詠唱が、歌のように響く。
『ヴェントゥス・コッリゲレ・エト・ウォルウェレ・イン・カエルム!
イン・ドラコネム・コンウェルテ、エト・ホステース・デーレウィ!』
風属性上位魔法――《テンペスト・ドラグーン》。
その瞬間、風が弾けた。
放たれた風が渦を巻き、龍の姿を取る。
雄々しく咆哮する四頭の風龍。
大気を巻き上げ、森を駆け抜けていく。
木々がざわめき、精霊たちが歓声を上げる。
「うそ……今までは一頭しか出せなかったのに……!」
シュエルは目を見開いた。
◇◇◇
「こっちっすね。」
ノクティの案内で、わしは森の奥へと進む。
木々がざわめき、空気中に魔力の濃度が増していく。
「もうすぐ、精霊の棲家っす。気をつけてください。」
「まったく……精霊どもめ。わしの孫を連れ去りおって……」
アレクは杖を握りしめ、深くため息をつく。
「悪気がない分、たちが悪いのう……」
ドンッ!!
地面が揺れ、空気がびりびりと震える。
「なんじゃ、今の魔力は……!?」
老いた目が鋭く光る。
アレクは風を切るように駆け出した。
◇◇◇
「シュエル! シュエル! 次の魔法!」
「うん! いいよ!」
精霊たちに囲まれ、笑顔で魔法を放つシュエル。
その周囲の空気は、嵐の前のようにざわめいていた。
「……なにがおこっとるんじゃ」
木陰から覗くアレクの背筋に、悪寒が走る。
わしの勘が告げておる——止めねばならぬ。
このままでは、取り返しがつかぬ。
「まつのじゃ、シュエル!」
声を張り上げた瞬間——
「え? おじいちゃ——」
バシュウウウゥッ!!!
轟音とともに風が爆ぜる。
空気が歪み、地面の砂が宙に舞う。
シュエルの身体が暴風に包まれ、光の中へ消えた。
「シュエル!!!」
手を伸ばすが、強烈な風圧がそれを弾き返す。
目を開けていられぬほどの暴風。
空が裂け、木々がなぎ倒される。
——魔力暴走。
「なぜじゃ……!」
杖を握りしめ、アレクの声が震える。
「シュエルは訓練を積んでおったはずじゃ……。
それに風は本来、もっと穏やかな属性じゃ……」
風属性は制御が容易なはず。
数ある属性の中でも暴走の危険は少ない。
それなのに、この力は異常だった。
「それにこの膨大な魔力量……ありえん……」
今朝のシュエルとは比較にならぬ量。
この魔力は……わしをも超える。
シュエルの体から吹き出す光。
その輝きはもはや、人間の扱える範囲を超えていた。
「おのれ……!」
アレクは杖を構える。
『スピリトゥス・ウェンティ、アウディ・ウォケム・メアム。イン・ホク・スパティオー、ソルス・エゴ・レグノー。』
静かな詠唱が轟く。
風属性上位魔法――《テンペスト・サンクトゥム》
暴れる風の中に、もうひとつの風が生まれた。
静かで、柔らかく、しかし確かな力を持つ風。
——荒れ狂う嵐を包み込み、抑え込むように。
「……シュエル!」
アレクの右目が眩く光る。
杖の先から魔力が流れ出し、暴風を覆い始めた。
風と風がぶつかり、音もなく空が震える。
——祖父として。
——魔法の師として。
わしは、この子を必ず助け出す。
第21話ありがとうございました!
次回は第22話!
シュエルの暴走は無事止められるのか!?
次回もぜひお楽しみに!
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